奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 そんな中、会場の中から、感動したような叫びが上がった。

「――……マイレディー……!!」
「……マイレディーっ……!」

 誰かが感動したように叫んでいて、それから、誰かが泣き出した。

 それにつられたかのように、そこら中から、セシルの名が(とどろ)き渡り、大歓声が飛び上がる。

「……マイレディーっ……!」
「――マイレディーっ……!!」

 うわぁっ――と、また一斉に大歓声が(とどろ)いていた。感涙したかのように、泣き出す群れも、そこら中にいる。
 大声で歓声を張りあげていた数秒前、そして、今は、感涙しきって、泣き出している群衆。

 そのどの光景をとっても、あまりに信じられない光景で、ものすごい熱狂が会場中に広がっていた。

 うわぁぁっ――と、大地を(とどろ)かすほどの大歓声が沸き上がり、その会場一体、ものすごい熱狂を見せていた。

 壇上に立つセシルは、その大熱狂の中、どこまでも深く静かなその藍の瞳を向け、口元に魅惑的な微笑を浮かべ、ゆっくりと会場全体を見渡した。

 そのセシルの視線が、ふいっと、後ろに控えている執事や侍女たちに向けられた。

 心得ているような態度で、執事が手に持っている、なにか山積みになっているトレーを持ちながら、セシルの側に寄って来た。

 それで、視線を戻したセシルの眼差しが――一瞬だけ、シリルの方に投げられたのだろうか?

 ハッと、シリルが我に返ったのか、少しだけギルバートに向いた。

「すみませんが、少し、失礼させていただきます」
「いえ、私のことはお構いなく」
「ほんの少しですので」

 それを言うや否や、シリルが立ち上がり、すぐ向こう側のベンチに腰を下ろしている両親の前にやっていく。

「父上」
「え……? ――ああ、そうだったね……」

 シリルの呼びかけで、目が覚めたようなヘルバート伯爵のリチャードソンは、隣にいる妻に、そっと、腕を差し出した。

「さあ、行こうか」
「……ええ、ええ。そうでしたわね」

 リチャードソンにエスコートされながら立ち上がったレイナを連れて、ヘルバート伯爵夫妻が、なんだか、壇上の方に上がっていくのだ。
 その後に、シリルも続いて。

 三人の様子をただ黙って見ているギルバートの視線の前で、伯爵家の三人が、壇上のセシルの前に立っていた。

「おめでとう、セシル。私も、とても嬉しく思うよ」
「ありがとうございます、お父様」

 セシルはトレーの上――山積みになっている山の上から、一つ小さな塊を摘まみ上げ、手を出した父親の手の中に落とした。

 それを受け取ると、リチャードソンがゆっくりと膝をつく。

 一歩、セシルが前に出て、そのドレスの裾が、ユラリと、滑らかに揺れた。

 肩に手を置きながら、少しだけ屈んで行くセシルの唇の先が、ゆっくりと、父親のリチャードソンの額の上の髪に届いていた。

「次の一年も(すこ)やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」
「ありがとう」

 その言葉を受け取ったリチャードソンが、またゆっくりと立ち上がる。

 次に、母親のレイナが前に出て来た。

「セシルさん、本当におめでとうございます。わたくしも、とても嬉しく思いますわ」
「ありがとうございます、お母様」

 セシルは、次の小さな塊を、レイナの手の中に落とす。
 母親の方は膝をつくことはなく、それでも、前屈みになるように、少し頭を垂れた。

 セシルがそっと寄っていき、先程と同じように額の上の髪にセシルの唇が届く。

「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」
「ありがとうございます」

 母親の順が終わり、シリルが同じように前に出て来た。

「姉上、おめでとうございます。私も、とても嬉しく思っております」
「ありがとう、シリル」

 シリルは父親とは少しだけ違い、手袋を履いている両手を前に差し出していた。
 その上に、セシルが持っている小さな塊が乗せられる。

 スッと、シリルもその場で膝をついていた。

「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」
「ありがとうございます」

 礼を終えたシリルが、スッと、身軽に立ち上がっていた。

 なにか――同じことを繰り返す三人の動作を見ていたギルバートにも、儀式的な要素を感じ取って、とても不思議だった。

 三人が、ゆっくりと壇上から下りてくる。

 そうすると、壇上の下にいた後夜祭の係員らしき者達が、一斉に、階段状のベンチに座っている領民の方に散っていった。

「――さあ、こちらから、順々に――」

 一番端のベンチから、領民達を誘導しているようだった。

 一番端にいたのは――きっと孤児院の子供達だったのだろう。数人の大人に付き添われたたくさんの子供達が、嬉しそうに、ベンチを速攻で降りていく。

 そして、そんな子供達が、壇上に、次々と、上がっていくのだ。

「マイレディー!」
「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」

 一番初めに壇上に上がれた小さな女の子が、誇らしげに、何かを手の平に受け取り、屈んだセシルの口付けを受けていた。
 そして、次の子供も同じように。

 そんな中、シリルが戻ってきて、また、先程、座っていたギルバートの隣に腰を下ろした。

 ギルバートはまだ壇上を見上げながら、無意識のうちに、その問いが口から出ていた。

「――これは、何ですか?」
「この地では、『祝福』 の儀式、と呼んでいます」

「『祝福』 の儀式?」
「はい。この領地では、年に一度、豊穣祭の時に、領主から領民全員に、『祝福』 が与えられるのです」

「そのような儀式が――」

 そんな儀式が、領地や地方にあるなどと、ギルバートは聞いたこともなかった。

 その習慣がこの領地だけだとしても、領民一人一人に『祝福』 が与えられるなど、なんと、幸運な儀式なのだろうか。

 なんと、うらやましい習慣なのだろうか。

 そんな風に、領民一人一人に時間を割き、そして、一人一人の『祝福』 を祝ってくれる領主など、一体、どれほどいるというのだろうか?

 領民思いの領主。そうでない領主。領地は治めていても、後はどうでもよいまま、放ったらかしの領主。
 多種多様だ。

 そんな中で、こうして、領民一人一人に、自らが『祝福』 を授ける領主なんて、ギルバートは聞いたことがなかった。

 見たことさえなかった。

 『祝福』 を受けとっていく領民の顔が、本当に嬉しそうだった。

 赤ちゃんを抱き上げている母親だって、自分より先に、赤ちゃんの『祝福』 を与えられて、この一年、まさにその一瞬を待っていたかのような、本当に幸せそうな顔をしている。

 壇上に上がる為、並んでいる領民達も、ソワソワと、待ちきれない様子だ。

 その誰もが全員、領主からの『祝福』 を待っている。

「――すごい、ですね……。このような儀式を見るのは、私も初めてです」

「この『祝福』 の儀式は、最初は、冷夏が続いた年の翌年、領民が困窮(こんきゅう)していても、それでも諦めず、一人一人が頑張った褒美に、姉上が領民に作ってくれたものなのです」

「ご令嬢が!?」

 微かに目を丸くしたギルバートが、シリルを振り返った。

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