奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「ご令嬢は……、なににおいても、前向きでいらっしゃるのですね」
「そうでしょうかしら?」

「そのようにお見受けいたしました。普通なら、感想――は良いとしても、意見など言われてしまっては、あまりいい気はしないのではないかと思いまして」

「そうですわね。意見、ともなれば、やはり、良し悪しの両方で、意見が出てくることが多いでしょうから」
「ええ、そうですね。ですが、ご令嬢は、そのどちらの意見もきちんと耳を貸し、無視されず、聞き入れていらっしゃるように、お見受けしましたもので」

「悪口などは、聞いているだけで、耳から素通りさせますけれど、そうでないのなら、悪い方の意見であっても、文句を言うだけの理由があるのかもしれませんもの。もしかしたら、一人だけが、そう文句を言っているのではないかもしれませんしね。それなら、改善しなければならない問題もあったのかもしれませんわ。ですから、感想や意見は、積極的にお願いし、確認したいと考えておりますの」

 そう言った行動こそが前向きで、悪いことを問題ともせず、いつでも前に進んでいけるセシルの力なのに。

「ご令嬢のようなお方にお会いしたのは、私も、本当に、初めてのことです……」
「まあっ。誉め言葉として、受け取っておきますわ。ありがとうございます」

 誉め言葉ではなくて事実なのに、セシルはただ嬉しそうに笑んでいる。

 こういった――気軽な会話も、今日で終わりだ。
 今日で、出会ったこの縁は、切れてしまう。

 朝食を終え、セシルの両親がテーブルを離れて行く。

 そして――ズシリと、ものすごい重い(おもり)が伸し掛かったように、立つこともできないギルバートの心境など、誰一人、知る者はいないだろう……。


* * *


 コトレア領にやって来た時に、持ってきている簡単な旅支度と荷物は、すでに、馬の背にしっかりと乗せられている。

 邸の前にはギルバート達の馬が寄せられていて、ずっと、セシルの使用人達に世話をしてもらっていた馬は、毛並みも良く、今朝も食事を済ませて、気分よさげだ。

 随分、丁寧に扱ってもらっていたようだ。

「皆さんには、本当にお世話になりました。突然、押しかけてしまった我々に、なにからなにまで、とても良くしていただきました。もう一度、ご令嬢には、心から感謝申し上げます」

 馬の手綱を取り、ギルバート達の見送りにやって来てくれたセシルに、ギルバートがスッと頭を下げた。

「いいえ。私達も、他国のお方を、ゲストとしてお迎えしたのは、初めてですもの。良い機会に恵まれて、嬉しく思いますわ」

 こうやって、本当に、セシルは初めからずっと寛大だった。

 アトレシア大王国には迷惑だけをかけられて、アトレシア大王国の関係者とは、もう二度と会いたくもないだろうし、関わり合いにもなりたくないだろうに、そんな素振りを、一切、見せたことはなかった。

 アトレシア大王国での仕打ちについて、ギルバート達に文句を言ってきたことはなかった。

 もう、あれはあれで過去のこと、とセシルの頭の中では区切りがついているかのように、セシルは、いつでもどこでもあっさりとしたものだった。

「ご令嬢……。我々は、このような寛大な厚意を授かっておきながら、ご令嬢にお礼もできず、お返しするものは……なにもありません。申し訳ありません……」

 少し小声で、セシルにだけ聞こえるかのように、ギルバートがそれを漏らし、随分、気落ちしているような様子のギルバートの顔を、セシルは見上げていた。

 晩餐会の招待は、時期も、状況も、あまりに無理だということで、それは反故(ほご)となってしまった。

 そうなれば、セシルのお礼だったはずなのに、世話されるだけ世話されたギルバート達は、セシルに、全くのお礼を返せていない状態になる。

 厚意だけを貰っておいて、なにもお礼ができていないなど、随分、ひどい立場だ。

「副団長様」
「はい……」

「まあ、今まで、色々とありましたけれど、その分、しっかりとケジメはつけていただきましたもの。ですから、蒸し返すこともしませんし、副団長様も、それ以上、心配なされる必要もありませんわ」

 ケジメ――なんて、セシルは、ブレッカでも、王宮でも、請求書の分の支払いを受け取って、それだけではないか。

 だから、お金の清算でさっさと済ましただけのセシルは、もう、その件については繰り返す必要もないのだろうが、セシルの身が危険にさらされた危険料だって、請求してきても、誰一人、文句は言えないのに。

「……申し訳、ありません……」

 アトレシア大王国で起きた事件は、ギルバートのせいではないし、ブレッカでの仕打ちは、あの無能集団のせいで、その後は、王太子殿下によって、厳しい懲罰を受けたであろうから、セシルは、あんな無能集団をいつまでも気にしているほど、暇な人間ではない。

 二度と関り合いになることもなければ、会うこともない無能集団など、もう、頭の隅にだって、記憶していない。

「気になさらないでください。過去のことを振り返って、悔やむことはあるかもしれませんが、あの件は、別に、私が悔やむことでもありませんしね。はっきり言って、覚えているだけ、時間の無駄ですので、すっきり、きっぱり、忘れることにしていますの。無駄ですから」

 そして、(容赦もなく) すっぱり、きっぱりと、セシルは切り捨てているほどの、思い切りも良い。

「……ご令嬢は、寛大でいらっしゃいます……」
「皆様が、ただ威張り散らすだけの貴族でいらしたら、今頃、すぐに、邸から叩き出していましたわ」

 それを聞いて、ギルバートの方が微かに青ざめてしまった。

「その、ような行為を、した覚えはないのですが――してしまったのでしょうか……?」

「もちろん、皆様は礼儀正しくいらっしゃって、こんな田舎の令嬢に、いつも礼を見せてくださいましたわ。ですから、皆様を、ゲストとして招待したのです」

「田舎、って……。到底、田舎に見えませんが」
「見えませんか? アトレシア大王国の王都に比べたら、ものすごい田舎ではありませんこと?」

「いえ……。それは、人口の差で言えばそうかもしれませんが、この領地は、どう見ても、田舎、などとは見えません。それから、これは、別に、お世辞ではありませんので」

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