奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
セシルが口を挟む前に、ギルバートが、その点だけは、しっかりと強調してみせた。
あまりに大真面目に言い切られて、あまりに真剣に、セシルに言い聞かせるようなギルバートの態度に、セシルもパタパタと瞬きをしてしまった。
「まあ……。そのようにおっしゃっていただきまして、ありがとうございます」
「あのですね、お世辞ではないんですが。あなたの領地にある施設など、私は生まれて初めて見ました。衛生管理だって、王都だからと言って、端から端まで、その管理が行き届いているわけでもありません。祭りはあっても、豊穣祭のように、領民が一丸となって祝う祭りなどありません。領民全員から、あれほどの支持を受けていらっしゃる領主など、見たこともありません。ですから、あなたの領地は、はっきり言いまして、ものすごい特別だと思っております」
そして、今度は、ものすごい勢いで、締めくくられてしまった。
その迫力に、勢いに、セシルも、少々、驚いてしまう。
ギルバートは隣国なのに、なぜか、ものすごく、セシルの領地のことを、賞賛(絶賛)してくれているのだ。
「あ、りがとう、ございます……。そのようにおっしゃっていただいて、私も、とても嬉しく思います。他国のお方の感想を聞かせていただき、なんだか、嬉しいです……」
最後の一言は、セシルの本音だったのだろう。
なんだか――稀に見ぬ、セシルがほんの微かに照れているような様子に、ギルバートの眼差しが、ジッと、固定されたまま、セシルを凝視してしまっていた。
そんな――表情を初めて見たので、ギルバートは、つい、あまりに可愛らしい……などと、口走ってしまうところだったのだ。
変なことを、口走るわけにはいかない。
それで、ギルバートが、一度だけ、咳払いをし、そこで背筋を伸ばし姿勢を正す。
「ご令嬢、あなたにお会いできて、とても光栄でした」
「私も、皆様にお会いできて、とても光栄でした。道中、お気をつけて」
「ありがとうございます」
それで、ギルバートを含めた全員が、姿勢を正し、礼儀正しく、騎士の一礼をした。
ギルバートが馬に乗り上げて行くと同時に、残りの全員も、簡単に馬に乗り上げて行く。
「では、失礼いたします」
その挨拶を最後に、ギルバート達の馬が動き出していた。
後ろ髪惹かれる思いで、ギルバートは絶対に後ろを振り返ってはいけない。振り返れない。
きっと、セシルは、ギルバート達が門を過ぎ去っていくまで、見送ってくれているのだろうが、それでも、今、振り返ってしまったら……もう、立ち去れなくなってしまう。
軽快に門を通り過ぎ、邸へと続く一本道を、軽く駆け出していく。
通行門では、書類を渡し、ギルバート達の滞在日程が書き足されていた。
それから、大通りの一本裏の馬車道を走り抜け、領門で書類を渡し、そこで、ギルバート達は、コトレア領から完全に去っていたことになる。
それから、軽快な足並みで、自国のアトレシア大王国に向かって行く。
最初の陸続きの国境までは、コトレアから、馬車で3時間ほどの距離がある。
早足で駆けている騎馬のギルバート達なら、数時間もしないで、すぐに、アトレシア大王国の最初の国境に到達する。
アトレシア大王国の国境側まで、一気に飛ばしても、疲れは感じない。
そこから長距離になるが、その程度の移動も、気にはしていない。
そして、アトレシア大王国の最初の国境地の名前が立てられた標識を、簡単に走り去っていた。
いきなり、ズシリと、錘が一気に襲い掛かって来たかのような錯覚がして、はっ……と、ギルバートが息を呑んでいた。
「……はっ……」
胸に何かが入り込んだかのような、身体の中から、何か、強く圧迫されたかのような感覚に、一瞬、息が苦しくなったのだ。
なんで…………。
こんな気持ちを感じているのだろう……。
ギルバート達の馬は、今、国境を越えた。
もう、地理的にも、国的にも、完全に、あの領地とは関係のない土地に入ってきてしまった。
目で見える境界線が、あるわけでもない。
ノーウッド王国とアトレシア大王国の国境など、なんとなくある境界を歩いて超えるだけでも、隣国に到着するようなものだ。
それなのに、今、ギルバートが国境を越えた瞬間、あまりに言い難い痛みに襲われて、胸が苦しくなったのだ。
馬の足を止めず、軽快に疾走していく。
馬の足が止まらず、前に進めば進むほど――ギルバートの背後からは、あの場へ続く道が遠ざかっていく。
遠ざかっていく距離の分だけ、セシルとの繋がりが消え去っていくかのようだった。
段々と、距離が遠ざかっていく。
もう――二度と会えない距離になっていく。二度と会えない立場、だから……。
ああ…………。
なぜ、こんな思いが浮かんでしまうのだろう……。
まさか、このギルバートが――一人の女性に焦がれ、そして、会えない事実に、胸が締め付けられるほどに、痛い。
ギュッと、手綱を強く握りしめた。
もう、会えない――
会うことなど、できない――
二度と、会うことなどできない、許されない存在だから。立場だから――
ああぁ…………。
信じられないほどの虚無感だけが襲ってくる。
ぽっかりと、胸の真ん中に穴が開いたかのように、何もなくて、それなのに、あの人に会えない事実が、辛すぎる。
こんな風に――誰かを激しく思う日がやってくるなど、ギルバートだって、今まで、一度だって考えたことはなかったのに。
ギュッと、また手綱を強く握りしめる。
離れれば、離れて行くほど、もう二度と、会うこともできない。
あの姿を見ることもできない。
これは――もう、ギルバートの人生も終わったかもしれない……。
なぜなら、ギルバートは気が付いてしまったからだ。
あの人以外の女性など、決して、愛することはできない、と。
あまりに大真面目に言い切られて、あまりに真剣に、セシルに言い聞かせるようなギルバートの態度に、セシルもパタパタと瞬きをしてしまった。
「まあ……。そのようにおっしゃっていただきまして、ありがとうございます」
「あのですね、お世辞ではないんですが。あなたの領地にある施設など、私は生まれて初めて見ました。衛生管理だって、王都だからと言って、端から端まで、その管理が行き届いているわけでもありません。祭りはあっても、豊穣祭のように、領民が一丸となって祝う祭りなどありません。領民全員から、あれほどの支持を受けていらっしゃる領主など、見たこともありません。ですから、あなたの領地は、はっきり言いまして、ものすごい特別だと思っております」
そして、今度は、ものすごい勢いで、締めくくられてしまった。
その迫力に、勢いに、セシルも、少々、驚いてしまう。
ギルバートは隣国なのに、なぜか、ものすごく、セシルの領地のことを、賞賛(絶賛)してくれているのだ。
「あ、りがとう、ございます……。そのようにおっしゃっていただいて、私も、とても嬉しく思います。他国のお方の感想を聞かせていただき、なんだか、嬉しいです……」
最後の一言は、セシルの本音だったのだろう。
なんだか――稀に見ぬ、セシルがほんの微かに照れているような様子に、ギルバートの眼差しが、ジッと、固定されたまま、セシルを凝視してしまっていた。
そんな――表情を初めて見たので、ギルバートは、つい、あまりに可愛らしい……などと、口走ってしまうところだったのだ。
変なことを、口走るわけにはいかない。
それで、ギルバートが、一度だけ、咳払いをし、そこで背筋を伸ばし姿勢を正す。
「ご令嬢、あなたにお会いできて、とても光栄でした」
「私も、皆様にお会いできて、とても光栄でした。道中、お気をつけて」
「ありがとうございます」
それで、ギルバートを含めた全員が、姿勢を正し、礼儀正しく、騎士の一礼をした。
ギルバートが馬に乗り上げて行くと同時に、残りの全員も、簡単に馬に乗り上げて行く。
「では、失礼いたします」
その挨拶を最後に、ギルバート達の馬が動き出していた。
後ろ髪惹かれる思いで、ギルバートは絶対に後ろを振り返ってはいけない。振り返れない。
きっと、セシルは、ギルバート達が門を過ぎ去っていくまで、見送ってくれているのだろうが、それでも、今、振り返ってしまったら……もう、立ち去れなくなってしまう。
軽快に門を通り過ぎ、邸へと続く一本道を、軽く駆け出していく。
通行門では、書類を渡し、ギルバート達の滞在日程が書き足されていた。
それから、大通りの一本裏の馬車道を走り抜け、領門で書類を渡し、そこで、ギルバート達は、コトレア領から完全に去っていたことになる。
それから、軽快な足並みで、自国のアトレシア大王国に向かって行く。
最初の陸続きの国境までは、コトレアから、馬車で3時間ほどの距離がある。
早足で駆けている騎馬のギルバート達なら、数時間もしないで、すぐに、アトレシア大王国の最初の国境に到達する。
アトレシア大王国の国境側まで、一気に飛ばしても、疲れは感じない。
そこから長距離になるが、その程度の移動も、気にはしていない。
そして、アトレシア大王国の最初の国境地の名前が立てられた標識を、簡単に走り去っていた。
いきなり、ズシリと、錘が一気に襲い掛かって来たかのような錯覚がして、はっ……と、ギルバートが息を呑んでいた。
「……はっ……」
胸に何かが入り込んだかのような、身体の中から、何か、強く圧迫されたかのような感覚に、一瞬、息が苦しくなったのだ。
なんで…………。
こんな気持ちを感じているのだろう……。
ギルバート達の馬は、今、国境を越えた。
もう、地理的にも、国的にも、完全に、あの領地とは関係のない土地に入ってきてしまった。
目で見える境界線が、あるわけでもない。
ノーウッド王国とアトレシア大王国の国境など、なんとなくある境界を歩いて超えるだけでも、隣国に到着するようなものだ。
それなのに、今、ギルバートが国境を越えた瞬間、あまりに言い難い痛みに襲われて、胸が苦しくなったのだ。
馬の足を止めず、軽快に疾走していく。
馬の足が止まらず、前に進めば進むほど――ギルバートの背後からは、あの場へ続く道が遠ざかっていく。
遠ざかっていく距離の分だけ、セシルとの繋がりが消え去っていくかのようだった。
段々と、距離が遠ざかっていく。
もう――二度と会えない距離になっていく。二度と会えない立場、だから……。
ああ…………。
なぜ、こんな思いが浮かんでしまうのだろう……。
まさか、このギルバートが――一人の女性に焦がれ、そして、会えない事実に、胸が締め付けられるほどに、痛い。
ギュッと、手綱を強く握りしめた。
もう、会えない――
会うことなど、できない――
二度と、会うことなどできない、許されない存在だから。立場だから――
ああぁ…………。
信じられないほどの虚無感だけが襲ってくる。
ぽっかりと、胸の真ん中に穴が開いたかのように、何もなくて、それなのに、あの人に会えない事実が、辛すぎる。
こんな風に――誰かを激しく思う日がやってくるなど、ギルバートだって、今まで、一度だって考えたことはなかったのに。
ギュッと、また手綱を強く握りしめる。
離れれば、離れて行くほど、もう二度と、会うこともできない。
あの姿を見ることもできない。
これは――もう、ギルバートの人生も終わったかもしれない……。
なぜなら、ギルバートは気が付いてしまったからだ。
あの人以外の女性など、決して、愛することはできない、と。