奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* Е.д 恋の病に苛まされるうら若き王子 *
ギルバート達がコトレア領から戻ってきて、一月が経とうとしていた。
毎日、仕事は多忙で、騎士達の訓練もあり、自分自身の訓練もあり、王宮の護衛も警備も変わらなくて、そうやって、時間だけが過ぎていく。
無駄に、過ぎていく。
あれから――何度、同じ幻像を見たことだろうか。
すぐに、頭の中の記憶が蘇ってきて、目の前にいないのに、触れることさえできないのに、記憶に焼き付いてしまったあの姿が忘れられなくて、もう……毎日が、地獄のようだった。
思い出しては、心臓が潰れそうなほど恋しくなって、会いたくなる……。
会えないのに、会えることもできないのに、会いたくて、恋しくて、あの姿を見たい……。
声が聞きたい……。
ギルバートの前で、あの存在だけがあれば、それだけでいいのに……。
今のギルバートには、触れることさえもできない。
名を呼ぶことだって、許されない。
そして――こんなことを考えるのは、一体、何度目なのだろうか。
何回、苦しめば、ギルバートは、もう、考えなくなるようになるのだろうか。
何十回、あの姿を思い出せば、この胸の苦しみが、薄らいでいくのだろうか。
何百回、呼ぶことを許されないあの名を胸の中だけで繰り返せば、この無駄なだけの時間が、早く過ぎ去っていってくれるのだろうか……。
もう……、重症だった。
息をするのも辛いほど――あの人を求めている。
あの人に会えたら――――
あの人に、触れられたら――――
そして、あまりに空しい自分の渇望に落ち込んで、また行き場がなくなってしまう。
今日も、一体、これで何度目なのだろうか……。
もう、すでに、数えることだって、忘れてしまった――――
なんだか、じぃーっと、上官であるヘインズがギルバートを見上げているようなので、ギルバートの方も、全く表情も変えず、淡々とヘインズを見返す。
「何ですか?」
「いや――。近頃……そうだなあ……、問題があることは?」
珍しく、はっきりとしない口調の上官を前に、ギルバートの態度は全く変わらない。
報告を済ませる為に、ギルバートは上官のヘインズの団長室にやってきていた。
執務室の机に座っているヘインズの前で、ギルバートが書類を片手に起立している。
「今の所、問題は見られませんが。なにか問題が?」
「いや……」
それで、口をゴモゴモとさせながら、また、はっきしりないことを呟いている。
「年末調整の書類は、手伝いませんよ」
その一言に、ヘインズの片眉が嫌そうに上がった。
「もう、新規団員の確認と調整は、終えたはずだろう?」
「ええ、そうですね。ですから、今、その報告を済ませました」
わざわざ、それを強調しなくとも、今、ちゃんと報告を聞いたばかりではないか。
だが、来年から、第三騎士団に入団してくる騎士達の新規隊員の最終確認は、団長であるヘインズの仕事だった。
ヘインズは、今の時期は、年末調整の書類提出も重なって多忙だ。それで、新規隊員の最終確認の仕事は、ギルバートの方に回されていたのである。
今日、この頃、書類仕事が嫌なヘインズの――後片付けではないが、後処理やらなんやらと、大抵、ヘインズの書類仕事が、ギルバートに回されてくる。
それで文句を言ってみても、
「まあ、将来の為だ。今から経験を積んでおくのはいいぞ」
などと、嫌な書類仕事を押し付けてくる張本人である。
気のせいではなく、副団長に就任して以来、ギルバートは、騎士団で、執務室に閉じこもる時間が増えたのではないだろうか。
そうなると、それは全部、目の前にいる上官のヘインズのせいに違いない。
騎士団に入団当初は、外回りも多く、王都の警備で、よく一日中、王都に行かされていたものだ。
もう、今は、王都に行かされることもなくなった。副団長だけに、王宮で、騎士達をまとめていなければならない重責もある。
だが、ギルバートは騎士達の訓練に手抜きはない。時間がなくても、必ず、一日に一度は、訓練の時間を取っているのだ。
それで――毎回、毎回、鬼のごとき、手抜きもなく、厳しく、しっかりと、ギルバートに訓練される第三騎士団の(悲惨な……) 騎士達。
さすが、“鬼の副団長”と異名をとるほどの器である(部下達は、その異名さえも、怖くて呼べないのだが……)。
訓練で手抜きするような騎士がいると、ギルバートの――背中から、ゴアーッっと、猛火が吹き荒れる。
その迫力を見た騎士達は――冷や汗を流すなんて、そんな次元ではなくて、(本気で) 怖くて、ギルバートになど逆らえない……。
そして、次についた異名が、“鉄仮面”である。
鉄仮面のごとく、一切、絶対、氷のような無表情が崩れず、冷徹な副団長と変わる。
どちらも、迫力のある――あだ名だった……。
そして、どちらも――怖くて呼べない異名だった……。
「今日の書類整理は終えましたので、もう、手伝いませんよ」
ギルバートに先を越されて牽制されてしまい、ヘインズも面白くなさそうな表情が、すぐに、顔に出てしまう。
年末調整の書類を終えたら、来期の新規隊員達の騎士団入団準備に、第三騎士団の予算プラン、予算割り、おまけに、新年を明けてからは、王宮での新年の催しの警護割り当てやらなんやらと、更に確認しなければならない仕事も、書類も、山積みなのだ。
「他に用件がなければ、これで、失礼します」
そして、もう、今日は手伝ってやらないぞ、という言葉の通り、ギルバートなど、さっさと、この執務室から退散しようとしているではないか。
「ああ、ギルバート」
「何でしょう?」
そして、表情も動かず、態度も変わらず、今まで見慣れて来た“鉄仮面”もどきの、ギルバートが目の前にいる。
それなら、ヘインズが最近耳にしている噂は、ただの噂だけなのだろうか?
「ああ――そのだな、なにか問題がある、など?」
「ありません。書類の確認以外なら」
別に、部下に少しくらい仕事を押し付けたって、いいではないか。
そうでなければ、何の為に上官になったというのだ。
「いや――それ、以外では?」
「ありません」
「そうか……」
ギルバート自身が、問題なし、と口にしている以上、それ以上、ヘインズも問い詰められない。
あの副団長は、悩み事があるんじゃないか……なんて噂は、やはり、噂話だったのだろうか。
毎日、仕事は多忙で、騎士達の訓練もあり、自分自身の訓練もあり、王宮の護衛も警備も変わらなくて、そうやって、時間だけが過ぎていく。
無駄に、過ぎていく。
あれから――何度、同じ幻像を見たことだろうか。
すぐに、頭の中の記憶が蘇ってきて、目の前にいないのに、触れることさえできないのに、記憶に焼き付いてしまったあの姿が忘れられなくて、もう……毎日が、地獄のようだった。
思い出しては、心臓が潰れそうなほど恋しくなって、会いたくなる……。
会えないのに、会えることもできないのに、会いたくて、恋しくて、あの姿を見たい……。
声が聞きたい……。
ギルバートの前で、あの存在だけがあれば、それだけでいいのに……。
今のギルバートには、触れることさえもできない。
名を呼ぶことだって、許されない。
そして――こんなことを考えるのは、一体、何度目なのだろうか。
何回、苦しめば、ギルバートは、もう、考えなくなるようになるのだろうか。
何十回、あの姿を思い出せば、この胸の苦しみが、薄らいでいくのだろうか。
何百回、呼ぶことを許されないあの名を胸の中だけで繰り返せば、この無駄なだけの時間が、早く過ぎ去っていってくれるのだろうか……。
もう……、重症だった。
息をするのも辛いほど――あの人を求めている。
あの人に会えたら――――
あの人に、触れられたら――――
そして、あまりに空しい自分の渇望に落ち込んで、また行き場がなくなってしまう。
今日も、一体、これで何度目なのだろうか……。
もう、すでに、数えることだって、忘れてしまった――――
なんだか、じぃーっと、上官であるヘインズがギルバートを見上げているようなので、ギルバートの方も、全く表情も変えず、淡々とヘインズを見返す。
「何ですか?」
「いや――。近頃……そうだなあ……、問題があることは?」
珍しく、はっきりとしない口調の上官を前に、ギルバートの態度は全く変わらない。
報告を済ませる為に、ギルバートは上官のヘインズの団長室にやってきていた。
執務室の机に座っているヘインズの前で、ギルバートが書類を片手に起立している。
「今の所、問題は見られませんが。なにか問題が?」
「いや……」
それで、口をゴモゴモとさせながら、また、はっきしりないことを呟いている。
「年末調整の書類は、手伝いませんよ」
その一言に、ヘインズの片眉が嫌そうに上がった。
「もう、新規団員の確認と調整は、終えたはずだろう?」
「ええ、そうですね。ですから、今、その報告を済ませました」
わざわざ、それを強調しなくとも、今、ちゃんと報告を聞いたばかりではないか。
だが、来年から、第三騎士団に入団してくる騎士達の新規隊員の最終確認は、団長であるヘインズの仕事だった。
ヘインズは、今の時期は、年末調整の書類提出も重なって多忙だ。それで、新規隊員の最終確認の仕事は、ギルバートの方に回されていたのである。
今日、この頃、書類仕事が嫌なヘインズの――後片付けではないが、後処理やらなんやらと、大抵、ヘインズの書類仕事が、ギルバートに回されてくる。
それで文句を言ってみても、
「まあ、将来の為だ。今から経験を積んでおくのはいいぞ」
などと、嫌な書類仕事を押し付けてくる張本人である。
気のせいではなく、副団長に就任して以来、ギルバートは、騎士団で、執務室に閉じこもる時間が増えたのではないだろうか。
そうなると、それは全部、目の前にいる上官のヘインズのせいに違いない。
騎士団に入団当初は、外回りも多く、王都の警備で、よく一日中、王都に行かされていたものだ。
もう、今は、王都に行かされることもなくなった。副団長だけに、王宮で、騎士達をまとめていなければならない重責もある。
だが、ギルバートは騎士達の訓練に手抜きはない。時間がなくても、必ず、一日に一度は、訓練の時間を取っているのだ。
それで――毎回、毎回、鬼のごとき、手抜きもなく、厳しく、しっかりと、ギルバートに訓練される第三騎士団の(悲惨な……) 騎士達。
さすが、“鬼の副団長”と異名をとるほどの器である(部下達は、その異名さえも、怖くて呼べないのだが……)。
訓練で手抜きするような騎士がいると、ギルバートの――背中から、ゴアーッっと、猛火が吹き荒れる。
その迫力を見た騎士達は――冷や汗を流すなんて、そんな次元ではなくて、(本気で) 怖くて、ギルバートになど逆らえない……。
そして、次についた異名が、“鉄仮面”である。
鉄仮面のごとく、一切、絶対、氷のような無表情が崩れず、冷徹な副団長と変わる。
どちらも、迫力のある――あだ名だった……。
そして、どちらも――怖くて呼べない異名だった……。
「今日の書類整理は終えましたので、もう、手伝いませんよ」
ギルバートに先を越されて牽制されてしまい、ヘインズも面白くなさそうな表情が、すぐに、顔に出てしまう。
年末調整の書類を終えたら、来期の新規隊員達の騎士団入団準備に、第三騎士団の予算プラン、予算割り、おまけに、新年を明けてからは、王宮での新年の催しの警護割り当てやらなんやらと、更に確認しなければならない仕事も、書類も、山積みなのだ。
「他に用件がなければ、これで、失礼します」
そして、もう、今日は手伝ってやらないぞ、という言葉の通り、ギルバートなど、さっさと、この執務室から退散しようとしているではないか。
「ああ、ギルバート」
「何でしょう?」
そして、表情も動かず、態度も変わらず、今まで見慣れて来た“鉄仮面”もどきの、ギルバートが目の前にいる。
それなら、ヘインズが最近耳にしている噂は、ただの噂だけなのだろうか?
「ああ――そのだな、なにか問題がある、など?」
「ありません。書類の確認以外なら」
別に、部下に少しくらい仕事を押し付けたって、いいではないか。
そうでなければ、何の為に上官になったというのだ。
「いや――それ、以外では?」
「ありません」
「そうか……」
ギルバート自身が、問題なし、と口にしている以上、それ以上、ヘインズも問い詰められない。
あの副団長は、悩み事があるんじゃないか……なんて噂は、やはり、噂話だったのだろうか。