奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 かわいい弟には、王族であっても、一応の幸せな結婚を望んで欲しいのは、兄としての贔屓目(ひいきめ)だろうか。

 アルデーラも、子供の時から決められた政治的結婚だったが、それでも、妃であるアデラとは、幼少から、ずっと王宮で一緒に過ごし、育ってきた仲だったから、アルデーラもアデラも、政略結婚であろうと、互いに愛し合うことができた。

 ある意味、王族であり、王太子の立場でありながら、アルデーラの方は、幸せな結婚ができたと言っても過言ではない。

 そのせいか、せめて、末弟のギルバートも、幸せを見つけられるような結婚をして欲しいとは、兄として望んでしまう。

 状況や、政況がそれを許さなくても、兄としては、少し願ってもしまうのだ。

 すぐ下の弟のレイフは――あっちもあっちで、ある意味、結婚が遠いだろう弟ではある。

 頭脳明晰(ずのうめいせき)で、あまりに頭が切れるだけに、並大抵の女性では、全く、レイフの相手にもならないのが目に見えていた。

 政略結婚だろうと、あのレイフの、物も言わせぬ圧力と、付け入るスキをもみせない討論と議論で畳み込まれたら、どんな人間でも、レイフに逆らうことができない、ある意味――最強の偏屈な弟である。

 だから、あの年にもなって、未だに婚約者を持っていないレイフの状況には、アルデーラも全く無視しているし、父である国王陛下も、障らぬ神に祟りなし――と、見て見ぬふりを突き通しているほどだ。

「新年を明ければ、私は国王として即位する」

 あまりに突然に、おまけに突飛な話題を持ち出してきたアルデーラに驚いて、ガバッと、ギルバートが起き上がっていた。

「それは――」
「先日、父上からその承諾を得たのだ。まだ、その情報は伏せて、公開していないが」

「――――父上は、それで、よろしいのですか……?」

 レイフもギルバートも、現状を照らし合わせると、王太子殿下であるアルデーラが、国王として王国を統率するのが、最善だと考えている。

 だが、現国王である父親に、不満があるわけではない。問題があるわけでもない。
 治世は――国王の性格を表しているような、穏やか、ではある。

 表面上は。

 表面下では、そうではない。

 現段階では、王族に匹敵するほどの権力を押さえている“長老派”を、未だ統制することは不可能だ。
 王国内の(うみ)とまで言える、彼らの権力への強欲さは、王族の統治方法を超えるものだ。

 なににつけても意見し、“長老派”の賛成がなくては、政治の決定権も行使できないなど、王族はただのお飾り状態である。

 王族と、貴族達、そして、“長老派”。長い膠着(こうちゃく)状態が続いて、“長老派”の権力だけが肥大していく。

 アルデーラが成人する頃には、今まで、アルデーラが進めてきた密かな改革をやっと推し進め、“長老派”の息がかかった()()近衛騎士団から離れ、全く別の武力を保持し、それを行使できる()()騎士団を設立するまでこじつけた。

 それから、レイフが官僚入りを済ませると、政官側からの抑えもきくようになり、徐々にではあるが、“長老派”の王宮内での権力独占を削り落とすことに、少しずつ成功している。

 “長老派”とは、これから長い戦いになるのは目に見えているが、それでも、国王としての権力がなければ、アルデーラの政策にも、限度があるのだ。

 アルデーラの実力があろうが、最終決断は、国王陛下に委ねられる。
 だから、未だ王太子殿下であるアルデーラには、最後の最後で、決め手となる権力がないことになる。

 まさか――政と武力の統制がバランスの取れている現状でも、そのたった一つの弱点、とでもいえよう問題点を、あっさりと指摘してきたセシルには、本当に、感嘆ものである。

 アルデーラだって、ずっと、その問題に悩んでいた一人であるのは、レイフもギルバートも知っていた。

 父親の国王陛下は、息子として尊敬している。

 特別、問題もみられなく、臣下からも信頼されている父親を押しのけて――アルデーラが即位することは、難しかったのだ。

 だが、セシルに指摘されたからかもしれないが――やはり、兄のアルデーラも、その問題を、真剣に考え直していたようなのである。


「同情や感傷で、一国が治められるのであれば、ある程度、知能のある領民にだって、国王になれることでしょう」


 あれは――きつい一言だった。

 容赦もなく。

 なのに、それを口にする本人は、あまりに淡々として、感情的でもなく、悲観しているのでもなく、(さげす)んでいるのでもない。

 決意と覚悟。
 そして、それをやり遂げる、強い意志と精神。


「穏やかな治世なら、そんなことを要求されずに済むのでしょうが――混乱や動乱の最中、一番に国の被害を受けるのは、誰ですか?」


 もちろん、その答えは、罪もない民だけである。

 あの人は、本当に容赦がない。
 見たくないとか、目を逸らしているとか、そんなことを、一切、許さないあの瞳は、痛いところを簡単に突いてくる。

「父上の治世に問題があったのではないことを、父上も、よく、存じ上げていらっしゃる。だが、現状では――それだけでは、足りぬのだ……」
「はい――」

「それ故、父上は今年で退位なさり、新年を迎え、私が即位することを、承諾してくださった」
「そうですか。――おめでとうございます」

「いや、それはまだだから、来年でいい」

 尊敬している父親を押しのけて、国王という地位につきたいわけではないのだ。
 だが、現状が、いつまでも、そんな生ぬるい感傷を、許さないだけなのだから。

「私が――国王として即位したなら――」

 それから後の言葉を繋げない兄に、ギルバートも黙って待っている。

「それなら――私は、お前の我儘(わがまま)を許しても良い」
「――――えっ?!」

 一瞬、聞き間違えたのかと、ギルバートも聞き返してしまっていた。

「――冗談、ですか?」
「冗談ではない」

「――なぜ、ですか?」
「かの令嬢の能力は、王国の力となる」

 それは、ギルバートだって――異論はない。

 あの能力は認められているだけではなく、絶対に――この王国にだって、役立つものであるのは、疑いようもないのだから。

 それでも、そんな理由で、あの人の自由を、縛り付けることなどできない……。

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