奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「その後は、領内からの部署ごとの報告が済まされる為、その報告会があり、終わったのが10時頃でしょうか? 我々は、長旅で疲れているだろうからと、部屋を用意していただいたのですが、どうやら、その後も書類の整理があったらしく、いつお休みになられたのか、私も存じ上げないことです。ですが、私が滞在している間も、いつも多忙で、顔色も優れず、体調を壊さないかと、少々、心配していたのですが……」

 それでも、体力と根性で、あの怒涛(どとう)の催しを乗り切ったのだろうか。

 すごいことである。

「なるほど」

「あの地では、年に三度ほど、繁忙期(はんぼうき)という時期があるらしいのですが、それは、三月の種植えの時、十月初めに催される豊穣祭、そして、年末の三度だという話なのです。その繁忙期は――まあ、寝る暇もないほど多忙で、それもいつものことらしいのですが、あの方の仕事が、いつもの倍以上に膨れ上がるそうです」

「随分、詳しいのだな」
「教えていただきましたから。領地の統治方法など、隠していることでもなく、知っている者なら誰でも知っていることだから、と」

「そうか」
「それで、興味があるのなら視察を許してもよい、と言われ、是非にと、お願いしてしまった次第なのです」

 まあ、その気持ちも解らなくはない。

 アルデーラだって、機会が与えられたのなら、一体、どんな方法を取れば、あのような――少数だけの精鋭部隊を作りあげ、おまけに、その大半が、まだ子供で出来上がっているのか、その秘密を聞いてみたいものである。

 道理で、王太子殿下の代理で、ただの遣いとしてギルバートをコトレアまで送ったのに、この仕事の鬼が、十日ほどの休暇を願い出てきたわけである。

 さすがに、手放しで、


「さあ視察をどうぞ」


などと勧められたら、ギルバートだって、興味の方が勝って、断ることなどできやしなかったことだろう。

「それで、見たこともない、聞いたこともない、今まで経験したこともない経験をした、と?」
「はい」

 ギルバートは、この上ないほど素直に頷いた。

「兄上は、ご存知でしたか?」
「なにをだ?」

「あの領地は、元は百人足らずの農村で、領地と呼べるほどの大きさでもなければ、ただ、その区画が領土とされていた程度だったそうなのです。ですが、今では、人口も、その数倍以上に跳ね上がり、千人程の人口まで増えたそうです」

 ほうとは、アルデーラも頷くが、セシルが治める領地は、まだかなり小さな町のようである。

「まだ、小さな町――というほどの部類になるのでしょうが、それでも、あの領地を見る限り、劇的な変革を遂げた領地であるのは間違いありません。更に驚くことが、今の人口とて、半数以上が子供で成り立っているのです」

「子供? それで、領地を統括していると?」

「ええ、そうです。驚きでしょう? それも、人口の大半以上が、他の領土から引き抜いてきた人材であったり、王都や近隣の街の――それも、スラム街から引き取ってきた孤児ばかりなのです」

「なんとっ――!?」

「驚きでしょう? それなのに、領地内ではイザコザがあるわけでもなく、犯罪率も数えるほどで、町並みは整然として、領土内――あの領地には、外観部に宿場町を設置していますが、領城(りょうじょう)――今は邸とされている領内は、通行門を越えなければ、領内に入ることはできません」

 それは、アルデーラも報告を受けていたことだ。

 だから、領土内部までの調査は難しく、潜入した場合、すぐに見つかってしまう恐れがあるだろう――との懸念で、詳しい調査の続行はできなかったのだ。

「領内の整備も整い、あの地では、全てが全て潤滑(じゅんかつ)で無駄がなく、そして、何においても、効率性が最優先されています。そのおかげで、まだ小さな町であっても、町自体が、とてもスムーズに機能しているのです。その大半が、子供だったとしても」

「なるほど」
「たったの八年で、あそこまでの町並みを築き上げた手腕は、私も、素直に感嘆せざるを得ません」

「レイフが聞きたがりそうな話だな」

「そうですね。レイフ兄上なら、あの地の統治方法、運営方法に、とても興味ももたれるのではないでしょうか。私とて、そこまで(まつりごと)に関与しているわけではありませんが、興味の引かれることを学びましたから。実に、驚くものばかりでした」

 かの令嬢に惚れ込んでいるギルバートの贔屓目(ひいきめ)だとしても、今のギルバートは、あまりに、素直にあの領地を褒め上げている。

 本人は、わざと誇張している様子もなければ、自分が経験したままの()()を話しているようなのだ。

「あのような土地は、私は見たこともありません。正直な話ですが――隣国などとは思えないほど、そうですねぇ……、全く未知の異国に来てしまったような錯覚さえ起こすほどの、こう――画期的な領地なのです」

「そうか」

 そこまで絶賛するほどの価値があったなら、アルデーラだって、噂の領地を、この目で見て、確かめてみたいものだ。

 身動きが取れない立場であるから、それは無理でも、残念なことである。




 それで、その夜は久しぶりの兄弟の――ギルバートの領地での近況報告が続いて、夜が更ける頃まで、その会話が続いていたという話だった。




「さあ、ギルバート、話したまえ」

 昨夜は、王太子殿下であるアルデーラに呼ばれたばかりなのに、なぜか、今夜は、次の兄のレイフに、ギルバートは呼び出されていた。

 王宮でレイフの居住している館の方にやって来て、レイフの私室に通されたギルバートは、大手を振って、お酒やら、つまみやらをテーブルの上にごっそりと並べて、ギルバートを待っていたレイフに、大歓迎されていたのだ。

「レイフ兄上……。私も、明日は、仕事があるのですが」
「それがどうした?」

 全くそれを問題にしていないレイフに、ギルバートも脱力ものだ。

 きっと、昨日、ギルバートがアルデーラに説明したセシルの領地での話を、今日、アルデーラから聞いて、一気に興味が沸いたレイフは、早速、と弟を呼び出したのに違いない。

「さあ、ギルバート、話したまえ」
「そうですか…………」

 この状態になったレイフを止められる者は、誰もいない。

 自分の興味が沸いたものには、直進するほどの勢いと速さで、普段の集中力が、一気にその点に集中される。

 そして、自分の気を満たすまで、絶対に諦めないし、放してもくれない。
 ある意味、レイフに掴まると――レイフが満足するまでは、しつこく追いかけてきても、まだ足りないのである。

「その前に、おめでとう。お前も、ようやく、運命の女性を見つけられたじゃないか。良かったなあ」
「ありがとう、ございます……」

 本当に喜んでいるのかどうか怪しいものだが、そこら辺の行動をするレイフには、口を挟まないのが一番なのだ。

「さあ、しっかり、話したまえ」
「はあ、わかりました……」

 もう、完全に、諦めるより他はなかった……。

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