奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* EPILOGUE *
「私には、二年の猶予が与えられた」
騎士団の雑務と事務を押し付けられ、仕方なく、書類に目を通しているギルバートが、なんの前触れもなく、それを宣言した。
ギルバートの腹心であり、補佐役でもあるクリストフも、仕方なくギルバートに付き合って、書類の整理を手伝っていた。
「なんの猶予ですか?」
「超難題を解決する猶予期間だ」
「超難題?」
訳の判らないことを口にするギルバートに、クリストフも首をひねっている。
「二年とはいえ、その期間だって、何もしなかったら、アッという間に過ぎ去ってしまう。だから、クリストフ、お前の協力が、必然的に必要になってくる」
「私の協力ですか? 私は殿下の補佐役ですから、まあ、無理難題を押し付けられても、文句は言えませんねえ」
気心が知れているだけに、二人きりの時は、クリストフも、ギルバートに対して畏まることもない。
「文句を言っても、協力は必要だ」
「左様で」
今度はどんな仕事を押し付けられるのだろうか――程度、書類を片しながら、クリストフも大した注意を払っていなかった。
超難題――あれ?
今、無理難題、とクリストフが言い直しても、ギルバートはそれを訂正しなかった。
それで、またクリストフが首をひねりかけた時、バッ――と、血相を変えて、クリストフがギルバートを振り返った。
「――ちょっと待ってください。その“超難題”というのは――まさかとは思いますが――かの令嬢――なんてことは……」
「そうだ」
それ以外にあるのか、とでも言いたげな口調だ。
唖然として、クリストフの顎が外れそうに落ちていた。
「――冗談ですか?」
「なんで、冗談なんだ?」
「えっ? ――本気で、本気に、大真面目で言ってるんですか? なぜです?」
「本気もなにも、心底本気で、大真面目に話してるんだが?」
嫌そうに顔をしかめて見返してくるギルバートに、クリストフも言葉も失ったままである。
そのクリストフの様子を冷たく見やって、
「そんなに驚くことなのか?」
「もちろんです」
「許可が下りたのだから、問題はないだろう?」
「――国王陛下、からですか?」
「いや、王太子殿下だ」
「王太子殿下が……。――でも、なぜです?」
その質問に、ギルバートの視線がドアの方に一瞬向けられ、誰の気配もないことから、少し声を落として話し出す。
「新年を迎え、兄上は新国王として即位なされる」
「!!」
クリストフの瞳が飛び上がっていた。
パっ――と、クリストフもギルバートと同じように、後ろのドアを振り返り、気配がないことを確認する。
「――とうとう、動かれるのですね」
「そうだ。その間、国政は動きが落ち着かなくなるだろうし――新体制が整うまで、その間、私の縁談話も、ある程度、牽制することができる。それで、二年の猶予をいただいた」
「なるほど――」
ふむと、クリストフも、近未来に差し迫る王国の変化を考えこんでいく。
「本気なんですか?」
「当然だ。決して望んではいけないと、望めないと、重々に理解していた。諦めていた。でも――心が叫んでいた。だから、私は、もう、他の令嬢とは結婚できない。愛せない。不幸にすると判っていて、政略結婚だろうと、さすがに、他の令嬢の人生を台無しにする覚悟はない」
「それで、猶予、ですか?」
どうやら、王太子殿下も、このギルバートの本気の覚悟を見取り、ギルバートの我儘を聞き入れたようだった。
ギルバートは命令に反したり、意見したりすることはないが、それでも、性格はかなり頑固なほうである。
一度、自分でこうと決めたことには、テコでも折れないし、引かないこともある。――まあ、それは理不尽なことではないので、我儘、というのでもない。
「わかりました。それなら、私も、全力で殿下をサポートしましょう」
「ああ、頼む」
「ですが、隣国ですよ。距離が問題でしょう」
「そうなんだ」
あの――ある意味手ごわい伯爵令嬢が、文通だけで、結婚を承諾するような令嬢には見えない。
おまけに、王家だとか、王族だとか、そんな地位に、一切、興味をみせないだけに、まさに――最強の難関、であろう。
「まず手始めに、国王即位を終えての式典だろう」
「式典には、王国全土からの貴族が、こぞって集まってくるのですよ。おまけに、他国からの賓客、来賓が大勢揃う場で、かのご令嬢が、式典の参加を同意なさるとは思えませんが」
「私も思わない。だから、戴冠式やら、大仰しいイベントでは、ダメだろう」
「絶対無理です」
そんな風に断言しなくても、ギルバートだって――短期間とは言え、セシルの人となりというものを、見る機会があったのだ。
何かの言い訳をつけて、また、招待を断られるのは目に見えている。
「戴冠式の日程は、もう決定したのですか?」
「いや、まだだ。だが、レイフ兄上が、来週までに、ある程度の決定を促(うなが)したいとおっしゃっていた。早々に、即位、戴冠式(たいかんしき)を、年初めに済ませておきたいそうだ」
普通なら、新国王即位ともなれば、その式典の準備から、招待客の選定から、全貴族への正式な通知やら、国政の人員選定・交代やらと、片づける問題が山ほどあがってきて、半年から、一年が、その準備で終わってしまう状態も稀ではない。
騎士団の雑務と事務を押し付けられ、仕方なく、書類に目を通しているギルバートが、なんの前触れもなく、それを宣言した。
ギルバートの腹心であり、補佐役でもあるクリストフも、仕方なくギルバートに付き合って、書類の整理を手伝っていた。
「なんの猶予ですか?」
「超難題を解決する猶予期間だ」
「超難題?」
訳の判らないことを口にするギルバートに、クリストフも首をひねっている。
「二年とはいえ、その期間だって、何もしなかったら、アッという間に過ぎ去ってしまう。だから、クリストフ、お前の協力が、必然的に必要になってくる」
「私の協力ですか? 私は殿下の補佐役ですから、まあ、無理難題を押し付けられても、文句は言えませんねえ」
気心が知れているだけに、二人きりの時は、クリストフも、ギルバートに対して畏まることもない。
「文句を言っても、協力は必要だ」
「左様で」
今度はどんな仕事を押し付けられるのだろうか――程度、書類を片しながら、クリストフも大した注意を払っていなかった。
超難題――あれ?
今、無理難題、とクリストフが言い直しても、ギルバートはそれを訂正しなかった。
それで、またクリストフが首をひねりかけた時、バッ――と、血相を変えて、クリストフがギルバートを振り返った。
「――ちょっと待ってください。その“超難題”というのは――まさかとは思いますが――かの令嬢――なんてことは……」
「そうだ」
それ以外にあるのか、とでも言いたげな口調だ。
唖然として、クリストフの顎が外れそうに落ちていた。
「――冗談ですか?」
「なんで、冗談なんだ?」
「えっ? ――本気で、本気に、大真面目で言ってるんですか? なぜです?」
「本気もなにも、心底本気で、大真面目に話してるんだが?」
嫌そうに顔をしかめて見返してくるギルバートに、クリストフも言葉も失ったままである。
そのクリストフの様子を冷たく見やって、
「そんなに驚くことなのか?」
「もちろんです」
「許可が下りたのだから、問題はないだろう?」
「――国王陛下、からですか?」
「いや、王太子殿下だ」
「王太子殿下が……。――でも、なぜです?」
その質問に、ギルバートの視線がドアの方に一瞬向けられ、誰の気配もないことから、少し声を落として話し出す。
「新年を迎え、兄上は新国王として即位なされる」
「!!」
クリストフの瞳が飛び上がっていた。
パっ――と、クリストフもギルバートと同じように、後ろのドアを振り返り、気配がないことを確認する。
「――とうとう、動かれるのですね」
「そうだ。その間、国政は動きが落ち着かなくなるだろうし――新体制が整うまで、その間、私の縁談話も、ある程度、牽制することができる。それで、二年の猶予をいただいた」
「なるほど――」
ふむと、クリストフも、近未来に差し迫る王国の変化を考えこんでいく。
「本気なんですか?」
「当然だ。決して望んではいけないと、望めないと、重々に理解していた。諦めていた。でも――心が叫んでいた。だから、私は、もう、他の令嬢とは結婚できない。愛せない。不幸にすると判っていて、政略結婚だろうと、さすがに、他の令嬢の人生を台無しにする覚悟はない」
「それで、猶予、ですか?」
どうやら、王太子殿下も、このギルバートの本気の覚悟を見取り、ギルバートの我儘を聞き入れたようだった。
ギルバートは命令に反したり、意見したりすることはないが、それでも、性格はかなり頑固なほうである。
一度、自分でこうと決めたことには、テコでも折れないし、引かないこともある。――まあ、それは理不尽なことではないので、我儘、というのでもない。
「わかりました。それなら、私も、全力で殿下をサポートしましょう」
「ああ、頼む」
「ですが、隣国ですよ。距離が問題でしょう」
「そうなんだ」
あの――ある意味手ごわい伯爵令嬢が、文通だけで、結婚を承諾するような令嬢には見えない。
おまけに、王家だとか、王族だとか、そんな地位に、一切、興味をみせないだけに、まさに――最強の難関、であろう。
「まず手始めに、国王即位を終えての式典だろう」
「式典には、王国全土からの貴族が、こぞって集まってくるのですよ。おまけに、他国からの賓客、来賓が大勢揃う場で、かのご令嬢が、式典の参加を同意なさるとは思えませんが」
「私も思わない。だから、戴冠式やら、大仰しいイベントでは、ダメだろう」
「絶対無理です」
そんな風に断言しなくても、ギルバートだって――短期間とは言え、セシルの人となりというものを、見る機会があったのだ。
何かの言い訳をつけて、また、招待を断られるのは目に見えている。
「戴冠式の日程は、もう決定したのですか?」
「いや、まだだ。だが、レイフ兄上が、来週までに、ある程度の決定を促(うなが)したいとおっしゃっていた。早々に、即位、戴冠式(たいかんしき)を、年初めに済ませておきたいそうだ」
普通なら、新国王即位ともなれば、その式典の準備から、招待客の選定から、全貴族への正式な通知やら、国政の人員選定・交代やらと、片づける問題が山ほどあがってきて、半年から、一年が、その準備で終わってしまう状態も稀ではない。