奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「宿場町の方には、よく、こうして食事に来られるのですか?」
「ええ、そうですね。季節ごとにメニューが変わったり、新しいメニューを開発した時など、お声がかかるものですから。味見役なんです」
「それは、楽しそうですね」
「ええ、そうですね」
それにしても、領主であるセシルは準伯爵の位を授かっているが、元は伯爵令嬢でもある。
貴族の令嬢なのに、こんな風に、平民が出入りする食事処に顔を出し、他の民と一緒に食事を取ることも全く問題がなくて、セシルの方も慣れている様子で、それが、ギルバートには不思議でならなかった。
本当に、“普通の貴族のご令嬢”、なんていう肩書が当てはまらない女性だ。
「この領地では、“貴族席”というものはございませんの。特に、食堂や食事処、レストランといった場所では、支払いができるお客様なら、誰でも、自由にお店に入れますし、注文もできます」
「そうなんですね」
「“貴族席”などというものを設けていては、食事の場所まで、気を遣わなければなりませんし、他のお客様だっているのに、貴族を最優先しなければなりませんもの。おいしいものも、おいしくなくなってしまいますわ」
「なるほど」
あまりに耳慣れない発想である。
「商売繁盛の秘訣は、“お客様は神様です”の心得ですものね」
「――お客様は、神様――ですか?」
「ええ、そうです」
「その発想は――初めてです」
「商売繁盛の秘訣です」
「そうですか」
そして、あまりに聞き慣れない発想である。
「あの――よろしかったら、おつぎしましょうか?」
「いえ……」
だが、セシルが手を出すので、ギルバートは、ここでは皿を出すのだろうか? ――と、一応、皿を出してみた。
「全部の品でよろしいですか? なにか、お好きなものは?」
「いえ、全部でお願いします」
それで、さっきのように手際よく、皿の上に、それぞれの料理が乗せられた。
先程より、全部の料理の量が、少し多めになっていた。
――――随分、気の利くご令嬢なんだな。
などと新発見をして、ギルバートは甚く感心していた。
それからしばらくして、全員が食事を満喫し終え、テーブル一杯に注文された料理は、すでに空になっている。
その間も、セシルは料理の説明をしてくれたり、味の説明をしてくれたり、今回だって、予定に入っていなかったギルバート達の訪問なのに、ギルバートはセシルの隣で、(非常に) 楽しい時間を過ごすことができたのだった。
「皆様、足りませんでしたら、もう一皿くらい、注文しましょうか?」
さすが、現役の騎士達である。
少々、多めに頼んでみたつもりだったのに、大きな皿に盛りつけられた料理は、全部、平らげてしまったほどだ。
食欲旺盛で、商売も繁盛である。
「いえ、私はもう十分です」
ギルバートの視線が前に座っている部下に向けられるが、ふるふると、部下達の方も首を振った。
「それなら、デザートはどうです? お腹一杯ですか?」
「それは――」
それで、また、ギルバートの視線が前の二人と、隣のクリストフに向けられる。
三人共何も言わないが――いや、分かっている。デザート程度は、まだ入る余裕があるのだろう。
騎士達は、出された料理はしっかり食べきるし、出された料理を残すことは(滅多に) ない。
なにしろ、いつ何時、急な仕事で呼び出されるか分かったものではないから、ありつける食事の時は、その時間を最大限に活用するのだ。
例え、それがデザートであろうと同じである。
特に、デザートになると、甘い系統のものが出てくることが多い。騎士達だって、甘いものが好きな男は多いのだ。
「もし、ご迷惑でなければ――」
「ええ、迷惑ではありませんわ。皆様、どのくらいの甘さが好みでしょうかしら? チーズとか食べましたから、ちょっとしょっぱかったので、少し、甘い系統のデザートの方がよろしいかしら? すごーく甘いのもありましてよ」
「ご令嬢が勧められるのでしたら、何でも構いませんので」
「あら? ものすごーく甘いのでも?」
「たぶん――大丈夫でしょう」
ギルバートはそこまでの甘党ではないが、クリストフなら――問題ないはずだ。
ふふ、とセシルが笑んで、
「では、半分半分ということにしましょう。――すみませんが、近くの店員を掴まえてくれませんか?」
「はい、わかりました」
クリストフが頼まれたようなので、サッと、室内を見渡してみる。
パチリと、若い女性と目が合ったので、
「あの、すみません」
「はいっ」
それで、すぐに、にこやかに目の合った女性が、テーブルの方に近寄って来た。
なんだか、偶然にしては出来過ぎなほど簡単に、素早く、店員と目が合ったものだ。
「デザートを注文したいのだけれど?」
「はい、マスター。メニューをお持ちいたしますか?」
「それはいいわ。今夜のスペシャルなんて、ある?」
「はい、マスター。今夜は、梨のタルトがスペシャルです。今年は、梨の収穫がたくさんできましたから」
「ええ、そうね。梨のタルト、おいしそうねえ」
「みなさまでしたら、まだホールのまま残っていますよ」
「あら、そうなの? それなら、ホールタルトもらおうかしら」
「はい、かしこまりました」
「それから、アップルエンチラーダが一つ。アップルとシナモンのパウンドケーキなんて?」
「はい、まだ残っています。スライスですが」
「じゃあ、スライスを二つ。皆様には、ハニー入りのカモミールティーを。私は、カモミールとペパーミントのミックスハーブティーで。ハニーはいらないわ」
「かりこまりました。すぐにお持ちいたします」
「ありがとう」
にこっと、笑みをみせた女性が、クリストフの前にある丸い筒の中に入っている紙に、何かを書き込んでいく。
「こちらの食器を、お下げしてもよろしいですか?」
「ええ、よろしく」
「かしこまりました」
店員が手慣れた様子でテーブルの上の皿などを重ねていき、かなりの量なのに、両手に抱えて、テーブルを去っていく。
「皆様には、ハーブティーを注文してしまいましたが、他の飲み物の方が、よろしかったかしら?」
「いえ、お気になさらないでください」
それでも、ギルバート達は、ハーブティーなど飲んだ経験もない。
「それほど、ひどいものではないんですのよ。カモミールは、よく、鎮静効果があって、安眠に効くと言われていますけれど、消化促進にも役立ってくれますのよ」
「そうですか」
「今夜は、少し濃い目の料理を食べましたものね。デザートもヘビーですから、飲み物は、軽めのものを頼みましたの」
「そうですか。ありがとうございます」
消化促進――たしかに、今夜は、チーズなどの多い食事をした。
だが、鎮静効果で安眠――は、明日、領地を発って、また王国に戻るギルバート達への――気遣いだろう。
――――本当に、気の利く女性なんだなあ……。
そうやって、会話の延長上で、話の延長上で、なにげなく、全くわざとらしくなく、誰も気づかないうちに気遣いができて、それを見せびらかさなくて。
また、セシルの好感度が、更に、グッと上がってしまう。
「ええ、そうですね。季節ごとにメニューが変わったり、新しいメニューを開発した時など、お声がかかるものですから。味見役なんです」
「それは、楽しそうですね」
「ええ、そうですね」
それにしても、領主であるセシルは準伯爵の位を授かっているが、元は伯爵令嬢でもある。
貴族の令嬢なのに、こんな風に、平民が出入りする食事処に顔を出し、他の民と一緒に食事を取ることも全く問題がなくて、セシルの方も慣れている様子で、それが、ギルバートには不思議でならなかった。
本当に、“普通の貴族のご令嬢”、なんていう肩書が当てはまらない女性だ。
「この領地では、“貴族席”というものはございませんの。特に、食堂や食事処、レストランといった場所では、支払いができるお客様なら、誰でも、自由にお店に入れますし、注文もできます」
「そうなんですね」
「“貴族席”などというものを設けていては、食事の場所まで、気を遣わなければなりませんし、他のお客様だっているのに、貴族を最優先しなければなりませんもの。おいしいものも、おいしくなくなってしまいますわ」
「なるほど」
あまりに耳慣れない発想である。
「商売繁盛の秘訣は、“お客様は神様です”の心得ですものね」
「――お客様は、神様――ですか?」
「ええ、そうです」
「その発想は――初めてです」
「商売繁盛の秘訣です」
「そうですか」
そして、あまりに聞き慣れない発想である。
「あの――よろしかったら、おつぎしましょうか?」
「いえ……」
だが、セシルが手を出すので、ギルバートは、ここでは皿を出すのだろうか? ――と、一応、皿を出してみた。
「全部の品でよろしいですか? なにか、お好きなものは?」
「いえ、全部でお願いします」
それで、さっきのように手際よく、皿の上に、それぞれの料理が乗せられた。
先程より、全部の料理の量が、少し多めになっていた。
――――随分、気の利くご令嬢なんだな。
などと新発見をして、ギルバートは甚く感心していた。
それからしばらくして、全員が食事を満喫し終え、テーブル一杯に注文された料理は、すでに空になっている。
その間も、セシルは料理の説明をしてくれたり、味の説明をしてくれたり、今回だって、予定に入っていなかったギルバート達の訪問なのに、ギルバートはセシルの隣で、(非常に) 楽しい時間を過ごすことができたのだった。
「皆様、足りませんでしたら、もう一皿くらい、注文しましょうか?」
さすが、現役の騎士達である。
少々、多めに頼んでみたつもりだったのに、大きな皿に盛りつけられた料理は、全部、平らげてしまったほどだ。
食欲旺盛で、商売も繁盛である。
「いえ、私はもう十分です」
ギルバートの視線が前に座っている部下に向けられるが、ふるふると、部下達の方も首を振った。
「それなら、デザートはどうです? お腹一杯ですか?」
「それは――」
それで、また、ギルバートの視線が前の二人と、隣のクリストフに向けられる。
三人共何も言わないが――いや、分かっている。デザート程度は、まだ入る余裕があるのだろう。
騎士達は、出された料理はしっかり食べきるし、出された料理を残すことは(滅多に) ない。
なにしろ、いつ何時、急な仕事で呼び出されるか分かったものではないから、ありつける食事の時は、その時間を最大限に活用するのだ。
例え、それがデザートであろうと同じである。
特に、デザートになると、甘い系統のものが出てくることが多い。騎士達だって、甘いものが好きな男は多いのだ。
「もし、ご迷惑でなければ――」
「ええ、迷惑ではありませんわ。皆様、どのくらいの甘さが好みでしょうかしら? チーズとか食べましたから、ちょっとしょっぱかったので、少し、甘い系統のデザートの方がよろしいかしら? すごーく甘いのもありましてよ」
「ご令嬢が勧められるのでしたら、何でも構いませんので」
「あら? ものすごーく甘いのでも?」
「たぶん――大丈夫でしょう」
ギルバートはそこまでの甘党ではないが、クリストフなら――問題ないはずだ。
ふふ、とセシルが笑んで、
「では、半分半分ということにしましょう。――すみませんが、近くの店員を掴まえてくれませんか?」
「はい、わかりました」
クリストフが頼まれたようなので、サッと、室内を見渡してみる。
パチリと、若い女性と目が合ったので、
「あの、すみません」
「はいっ」
それで、すぐに、にこやかに目の合った女性が、テーブルの方に近寄って来た。
なんだか、偶然にしては出来過ぎなほど簡単に、素早く、店員と目が合ったものだ。
「デザートを注文したいのだけれど?」
「はい、マスター。メニューをお持ちいたしますか?」
「それはいいわ。今夜のスペシャルなんて、ある?」
「はい、マスター。今夜は、梨のタルトがスペシャルです。今年は、梨の収穫がたくさんできましたから」
「ええ、そうね。梨のタルト、おいしそうねえ」
「みなさまでしたら、まだホールのまま残っていますよ」
「あら、そうなの? それなら、ホールタルトもらおうかしら」
「はい、かしこまりました」
「それから、アップルエンチラーダが一つ。アップルとシナモンのパウンドケーキなんて?」
「はい、まだ残っています。スライスですが」
「じゃあ、スライスを二つ。皆様には、ハニー入りのカモミールティーを。私は、カモミールとペパーミントのミックスハーブティーで。ハニーはいらないわ」
「かりこまりました。すぐにお持ちいたします」
「ありがとう」
にこっと、笑みをみせた女性が、クリストフの前にある丸い筒の中に入っている紙に、何かを書き込んでいく。
「こちらの食器を、お下げしてもよろしいですか?」
「ええ、よろしく」
「かしこまりました」
店員が手慣れた様子でテーブルの上の皿などを重ねていき、かなりの量なのに、両手に抱えて、テーブルを去っていく。
「皆様には、ハーブティーを注文してしまいましたが、他の飲み物の方が、よろしかったかしら?」
「いえ、お気になさらないでください」
それでも、ギルバート達は、ハーブティーなど飲んだ経験もない。
「それほど、ひどいものではないんですのよ。カモミールは、よく、鎮静効果があって、安眠に効くと言われていますけれど、消化促進にも役立ってくれますのよ」
「そうですか」
「今夜は、少し濃い目の料理を食べましたものね。デザートもヘビーですから、飲み物は、軽めのものを頼みましたの」
「そうですか。ありがとうございます」
消化促進――たしかに、今夜は、チーズなどの多い食事をした。
だが、鎮静効果で安眠――は、明日、領地を発って、また王国に戻るギルバート達への――気遣いだろう。
――――本当に、気の利く女性なんだなあ……。
そうやって、会話の延長上で、話の延長上で、なにげなく、全くわざとらしくなく、誰も気づかないうちに気遣いができて、それを見せびらかさなくて。
また、セシルの好感度が、更に、グッと上がってしまう。