奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 そうしている間に、さっきの店員がテーブルをきれいに片づけ、テーブルの上も拭いてくれて、長めの紅茶ポットとカップを両手に、テーブルに戻って来た。

 カップにハーブティーを注ぎ、ほんのりと甘みの残る香りが鼻に届いていた。

 その長めの紅茶ポットに――随分、可愛らしいカバーのようなものをかけ、店員は去っていく。

「これは、何なのでしょう?」
「ティーポットカバーですわ」

「――そう、ですか」

 ああ、そうだった。

 この地は、貴族達では紅茶を飲むことが日常なのに、毎回、毎回、お湯を沸かしては、ポットに紅茶を淹れなければならない作業をするのだった。

 だが、喫茶店などやホテルでも、ハイティー用には、紅茶のポットがテーブルに置かれる場合、可愛らしいティーポットカバーをかけて、ポットを置いておくことが普通だった。

 セシルにとっては、それが当たり前で、珍しいことではない。
 この地では、新発明、だったのを忘れていた。

「こうやって、ポットカバーをかけておくと、お湯が冷めず、テーブルでお茶を注ぐ時に便利なんですのよ。皆様は、新しく入れ直したお茶でなければ、なりませんでした?」

 つい、いつもの癖で、ティーポットカバーのことを忘れていたセシルは、ここに揃っている()()のお坊ちゃま達のことを、すっかり頭に入れていなかったのだ。

「デザートを食べている間くらいなら、熱いお湯も、それほど、ぬるくならないものなのですけれど」
「いえ――どうか、お気になさらないでください」

 セシルの領地にやってくる度に、いつも新しいことを経験していくギルバート達だ。新しいものを目にする、ギルバート達だ。

 今夜の料理も新しいものであれば、このティーポットカバーも新しいもので、それから、ハーブティーも新しい体験なのである。

「無理そうでしたら、すぐに言ってくださいね。紅茶の方に変えてもらいますから」
「いえ、どうか、お気になさらないでください」

 なにも、ギルバート達に“新挑戦”を叩きつけているつもりはないのだが、どうやら、セシルに遠慮して、ギルバートは“初めての経験”を優先させるようだった。

 そこら辺が、本当に真面目な王子サマである。

「この領地では、ハーブティーを奨励していますの。せっかく、ハーブガーデンが、上手(うま)く実をつけるようになりましたものね。活用しなくては」
「そうだったんですか」

「それから、今夜の梨は、果樹園からの収穫したものです。今年は、梨がたくさん()れましてね」
「果樹園で――リンゴ()りを体験しました」

「あら、梨はしなかったんですの?」
「いえ、リンゴだけです」

「もぎたての果実を食べるのはどうでした? 新鮮だったでしょう?」
「ええ、とても良い経験になりました」

 あれも、ギルバート達にとっては、初めての経験だった。

 丸ごとかぶりつく――などと説明されて、さすがに、最初は、あまりに躊躇(ためら)いがあったギルバートとクリストフだった。

 その二人の前で、案内役の男性に、「こうですよ」 と、リンゴに(かぶ)りつく様子を説明されてしまったので、同じようにせざるを得なかった二人だ……。

「やっと、果樹園もハーブ園も、今日この頃では、安定した収穫ができるようになりましたの。ホント、長かったですわぁ……」

 最後の一言は、セシルの呟きだったのだろうが、当初は人口百人程度の農村で、ほとんど何もなかった領地だ。

 確か、観光情報館で読んだ資料の中で、グリーンハウス同様、果樹園は、ほぼ最初の方から、領地の開発の一環だったはずだ。

「確か――グリーンハウスの建設と同時に、果樹園の建設だった、と?」

「ええ、そうです。まず、自給自足できなければ、話になりませんでしたから。それで、王都から、庭師から、果樹園の知識がある者から、なにから全部、知識をかき集めましてね。たくさん借金を作ったものですわ」

「――大変だったことでしょう」

 そうやって口だけで同情はできるが、当時の状況を想像できるだけで、本当の意味でその時代を知らないギルバートには、セシルがどれだけの努力をつぎ込んで、自給自足ができるようになるまでの――開発と発展を成し遂げたのか、もう、考えにも及ばなかった。

「今は、やっと、自給自足程度の収穫が、できるようになりましたものね」
「果樹園も、多種多様の種類が育てられていましたが」

「ええ、そうですわね。もう、片っ端から、なんでも挑戦しましたの」
「片っ端から? 全部ですか?」

「ええ、そうです。乾季に強い種類。冷気に強い種類。簡単に育つ苗。長持ちして実りがいい苗。雨季でも生き延びる苗。虫よけができる種類。夏でも収穫可能な果樹。考えつくもの全部です。ですから、グリーンハウスの建設と同時に、全部、植えさせました」

「そうですか」

「しっかり実がついてくるまでは、数年かかったのですけれど、今は、樹木が落ち着いてきて、しっかりと根を張ったようですから、毎年の収穫が安定してきましたの」

 飢えないことが最優先。
 そして、生活の維持が次の優先。

 そのどれも、しっかりと生き抜いて、最後まで生き延びる。
 ただ、それだけの指針を目標に、いつでも、どこでも、セシルがしていることだった。

 成し遂げたことだった。

「あら? (なし)のタルトが、とてもおいしそうね」

 運ばれてきたデザートを見て、セシルも嬉しそうだ。

「皆様、タルトは、お食べになったことなど?」
「ありません。アップルパイなどはありますが」

「では、この黄色の部分も、ご存じなくて?」
「はい。では、タルトの説明をお願いいたします」

 すでに新しいことを学ぶ“生徒”状態になって、ギルバートも真面目にセシルに向く。

 ふふ、とセシルが微笑をみせ、
(なし)のタルトは、まず(なし)をカラメルソースでからめますの。カラメルソースは、砂糖と水を溶かしたもので、甘みを増しますし、少し茶色くなっていますでしょう? それがカラメルソースです。そして、カスタードクリームを下に敷き、パイ生地で焼くものです」

「カスタードクリームは聞いたことがありますが、パイに入っているのは、初めて食べます」
「卵、小麦粉、牛乳を混ぜ合わせたものです」

 そうやって簡単に説明しながらも、セシルは手慣れた様子で、サービングナイフを使って、きれいに切り分けられたタルトを皿に盛りつけていく。

 ホールタルトを注文したので、皿の横にちょっとだけクリームが乗っているのとは違い、クリームボールが用意されていて、スプーンですくったクリームも皿の横に飾っていく。

「はい、皆様、どうぞ召し上がってください」
「ありがとうございます」

 それで、全員がデザートフォークを取り上げる。

 その間、セシルは、ナイフで、アップルエンチラーダの長いスライスを切り込むようで、それを別の皿に盛りつけていく。

 最後に、パウンドケーキをスライスして、アップルエンチラーダの隣に乗せてくれた。

「こちらもどうぞ。アップルエンチラーダが、この中で、一番、甘いかもしれませんわ。ハーブティーを飲まれるなら、甘さが緩和されて、丁度いいかもしれませんね」

「ありがとうございます」

 タルトはほんのり甘さがあって、(なし)の食感もあっておいしいものだった。

 アップルエンチラーダは――少々、ギルバートには甘すぎたので、すぐにハーブティーに手を伸ばす。
 はちみつ入りで、ほんのりと苦いのか、ほんのりと甘いのか、不思議な味ではあるが、デザートと一緒だったので、すぐに飲み干すことができる。

「ご令嬢は――お料理にとても詳しいのですね」
「私の趣味です」

「そう、ですか」
「おいしいものを食べられることは、幸せなことでしょう?」

「そう、かもしれませんね」
「ええ、そうですわ。おいしい、と感じられるのは、心にも、生活にも、ある程度、ゆとりがなければできませんもの」

「確かに」
「生活維持の次は、生活向上です」

「それは?」
「次の十年計画の最終目標です」

「すごい、ですね」
「順番に。一つずつです」
「なるほど。すごいですね」



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