奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *
「料理は、とてもおいしかったです」
あてがわれた客室に戻って来たギルバートの後ろで、なぜかは知らないが、腕を組みながら、クリストフがまずそれを口にした。
「そうだな。初めて食べるものばかりだった」
「そうですね。私も初めて食べるものばかりでした。ですが、とてもおいしいものでした。ご令嬢には、夕食に誘っていただいて、感謝しております」
「そうだな」
「おりますが――せっかくの、二人きりのデートとなるチャンスを台無しにしてしまいまして、申し訳なく思っております」
「思っているのか?」
「いえ、食事は必要でしたから、とても満足しております」
「そうだろうな。それに、デート――って、それはないだろう? 今夜だって、偶然、この地にやって来た私達に、気を遣ってくれたものだろうし」
「そうかもしれませんが、たくさんお話になられたではないですか」
「そうだな」
その点は、ギルバートも思ってもみない好機で喜んでいる。
「ご令嬢は、領地の話になると、普段のあの鋭さが抜けて、随分、気軽に話しかけてくださるんですね」
「そのようだ。それに、とても気の利く女性だということも、発見した」
「ええ、そうですね。貴族のご令嬢なのに、全員の食事の気配りをして、配膳やら、おかわりやら、デザートの注文まで、全てなさってくださいましたからね。本当に、驚きのご令嬢ですねえ」
いやいや、普通の貴族の令嬢なら決してしない行動だろうが、セシルは“謙虚な日本人精神”が身についているだけに、ついつい、お客様などに、気を遣ってしまう習性があるだけなのだ。
「今回は、やっとパーティーの招待も受け入れてくれたようですし、ああ、ホント、一安心ですね」
「まあ、そうだな」
そこで、「やっと」 を強調していたのは、ギルバートも見逃していない。
確かに、「やっと」 だが、セシルからしてみれば、きっと、「仕方なく……」 だったのだろう。
どちらにしても、今回は、セシルがパーティー出席を承諾してくれたので、これで、ギルバートだって、セシルに一生会えなくなるような最悪の事態は、まず、避けられたことになる。
「今回も、絶対に断られるのでは、と懸念していましたので」
「断る理由がないにしもあらず……?」
「どちらなんですか? やはり、最初は断られたのですか?」
「いや、はっきりと断られたわけではなかったんだが、その理由が――うん、まあ、予想もしていなくて、私も驚いてしまった」
「一体、どんな理由だったんですか?」
「田舎貴族、だからと」
「えっ? 田舎、貴族? どなたの話ですか?」
「ご令嬢が、そうおっしゃったんだ」
「いやいや。さすがに、それは、ないでしょう」
クリストフの反応だって、ギルバートと全く同じなものだ。
だから、どこをどうとったら、あのセシルが“田舎貴族”などという形容ができるというのか、ギルバートは不思議でもあるし、納得もいかないのだ。
「王宮でのマナーもなっていなく恐縮だ、とおっしゃられて」
「王宮でのマナー――は、あれは……、まあ、マナーとは言いませんねえ。一応、状況が状況でしたから、良しとしましょう」
無理矢理のこじつけに聞こえなくもないが、はは、とギルバートが空笑いを漏らした。
「いや、ですがねえ、あの豊穣祭でのご令嬢の様相を拝見しましたら、とてもではないですが、“田舎貴族”、なんて誰も思いませんよ」
「私も思わない」
「ええ、そうでしょう? あんな圧倒的な存在感のあるご令嬢など、私だって、初めてですよ」
「そうだな」
「ええ、そうでしょう? ですから、それは、さすがに、断る理由付けにはなりませんね」
「ドレスの問題もあってな」
「なんのドレスです?」
「着ていくドレスを持っていないから、と」
「持っていないんですか?」
「いや、あるとは思うが――王宮での夜会や、パーティー用のドレスではないらしい」
「――じゃあ、あの豊穣祭でのドレスでは、ダメなんですか?」
やっぱり、クリストフだって、ギルバートと同じ反応をするじゃないか。
「そうだろう?」
「そう、おっしゃったんですか?」
「ああ、そうだ。だから、差し支えがなければ、あのドレスで参加していただけないか、と」
「ああ、なるほど。でも、問題があるようには思えませんがねえ」
「私も、そう思う」
「でもまあ、その――さすがに予想外の――理由付けはあったようですが、無事に、パーティーの出席の参加を、承諾してくださいましたからね。良かったですね、ギルバート様」
「ああ、一安心だ」
「それで、一週間の滞在も、承諾してくださったんですか?」
「それについては、文句を言われていない」
アトレシア大王国の護衛がセシルの出迎えをするから、行き来の迎えで大変だろうな……と、きっと(嫌なのに) 気を遣ってくれていたのは、ギルバートもなんとなく察している。
律儀だし、気を遣ってくれている様子は分かってはいても、今回は、ギルバートも(かなり) 私情が入っているだけに、そういったセシルの懸念を利用していると言われればそれまでだが、引けないものには、絶対に、引けない理由があるのだ。
「それにしても、ご令嬢はいつ見ても、いつ来ても、ズボン姿ばかりですね」
「それだけ、動き回る仕事をされているんだろう。執務室以外で、一か所にいらっしゃるところを見たことがない」
「乗馬も簡単になさりますしね。本当に、ご令嬢らしからぬ、ご令嬢ですよねえ」
「そうだな」
だから――ギルバートは、こんなにも、セシルに魅了されてしまっているのかもしれない。
あまりになにもかもが違って、なにもかもが新鮮で、それで驚きで、ただ圧倒されているだけなのだから。
「料理は、とてもおいしかったです」
あてがわれた客室に戻って来たギルバートの後ろで、なぜかは知らないが、腕を組みながら、クリストフがまずそれを口にした。
「そうだな。初めて食べるものばかりだった」
「そうですね。私も初めて食べるものばかりでした。ですが、とてもおいしいものでした。ご令嬢には、夕食に誘っていただいて、感謝しております」
「そうだな」
「おりますが――せっかくの、二人きりのデートとなるチャンスを台無しにしてしまいまして、申し訳なく思っております」
「思っているのか?」
「いえ、食事は必要でしたから、とても満足しております」
「そうだろうな。それに、デート――って、それはないだろう? 今夜だって、偶然、この地にやって来た私達に、気を遣ってくれたものだろうし」
「そうかもしれませんが、たくさんお話になられたではないですか」
「そうだな」
その点は、ギルバートも思ってもみない好機で喜んでいる。
「ご令嬢は、領地の話になると、普段のあの鋭さが抜けて、随分、気軽に話しかけてくださるんですね」
「そのようだ。それに、とても気の利く女性だということも、発見した」
「ええ、そうですね。貴族のご令嬢なのに、全員の食事の気配りをして、配膳やら、おかわりやら、デザートの注文まで、全てなさってくださいましたからね。本当に、驚きのご令嬢ですねえ」
いやいや、普通の貴族の令嬢なら決してしない行動だろうが、セシルは“謙虚な日本人精神”が身についているだけに、ついつい、お客様などに、気を遣ってしまう習性があるだけなのだ。
「今回は、やっとパーティーの招待も受け入れてくれたようですし、ああ、ホント、一安心ですね」
「まあ、そうだな」
そこで、「やっと」 を強調していたのは、ギルバートも見逃していない。
確かに、「やっと」 だが、セシルからしてみれば、きっと、「仕方なく……」 だったのだろう。
どちらにしても、今回は、セシルがパーティー出席を承諾してくれたので、これで、ギルバートだって、セシルに一生会えなくなるような最悪の事態は、まず、避けられたことになる。
「今回も、絶対に断られるのでは、と懸念していましたので」
「断る理由がないにしもあらず……?」
「どちらなんですか? やはり、最初は断られたのですか?」
「いや、はっきりと断られたわけではなかったんだが、その理由が――うん、まあ、予想もしていなくて、私も驚いてしまった」
「一体、どんな理由だったんですか?」
「田舎貴族、だからと」
「えっ? 田舎、貴族? どなたの話ですか?」
「ご令嬢が、そうおっしゃったんだ」
「いやいや。さすがに、それは、ないでしょう」
クリストフの反応だって、ギルバートと全く同じなものだ。
だから、どこをどうとったら、あのセシルが“田舎貴族”などという形容ができるというのか、ギルバートは不思議でもあるし、納得もいかないのだ。
「王宮でのマナーもなっていなく恐縮だ、とおっしゃられて」
「王宮でのマナー――は、あれは……、まあ、マナーとは言いませんねえ。一応、状況が状況でしたから、良しとしましょう」
無理矢理のこじつけに聞こえなくもないが、はは、とギルバートが空笑いを漏らした。
「いや、ですがねえ、あの豊穣祭でのご令嬢の様相を拝見しましたら、とてもではないですが、“田舎貴族”、なんて誰も思いませんよ」
「私も思わない」
「ええ、そうでしょう? あんな圧倒的な存在感のあるご令嬢など、私だって、初めてですよ」
「そうだな」
「ええ、そうでしょう? ですから、それは、さすがに、断る理由付けにはなりませんね」
「ドレスの問題もあってな」
「なんのドレスです?」
「着ていくドレスを持っていないから、と」
「持っていないんですか?」
「いや、あるとは思うが――王宮での夜会や、パーティー用のドレスではないらしい」
「――じゃあ、あの豊穣祭でのドレスでは、ダメなんですか?」
やっぱり、クリストフだって、ギルバートと同じ反応をするじゃないか。
「そうだろう?」
「そう、おっしゃったんですか?」
「ああ、そうだ。だから、差し支えがなければ、あのドレスで参加していただけないか、と」
「ああ、なるほど。でも、問題があるようには思えませんがねえ」
「私も、そう思う」
「でもまあ、その――さすがに予想外の――理由付けはあったようですが、無事に、パーティーの出席の参加を、承諾してくださいましたからね。良かったですね、ギルバート様」
「ああ、一安心だ」
「それで、一週間の滞在も、承諾してくださったんですか?」
「それについては、文句を言われていない」
アトレシア大王国の護衛がセシルの出迎えをするから、行き来の迎えで大変だろうな……と、きっと(嫌なのに) 気を遣ってくれていたのは、ギルバートもなんとなく察している。
律儀だし、気を遣ってくれている様子は分かってはいても、今回は、ギルバートも(かなり) 私情が入っているだけに、そういったセシルの懸念を利用していると言われればそれまでだが、引けないものには、絶対に、引けない理由があるのだ。
「それにしても、ご令嬢はいつ見ても、いつ来ても、ズボン姿ばかりですね」
「それだけ、動き回る仕事をされているんだろう。執務室以外で、一か所にいらっしゃるところを見たことがない」
「乗馬も簡単になさりますしね。本当に、ご令嬢らしからぬ、ご令嬢ですよねえ」
「そうだな」
だから――ギルバートは、こんなにも、セシルに魅了されてしまっているのかもしれない。
あまりになにもかもが違って、なにもかもが新鮮で、それで驚きで、ただ圧倒されているだけなのだから。