奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

* А.в 慰労会と称して *

「うわぁ……! マイレディー、とてもよくお似合いですっ!」

 ドレスの着替えを終え、(仕方なく) 薄いお化粧も終えたセシルを眺め、ほうぅ……と、感嘆したようにアーシュリンが溜息を吐いた。

「昨年の豊穣祭でも着たドレスでしょう?」

 別に、セシルの格好も、姿も、去年と全く変わりはしないはずだ。

「そうですけれど――。でも、でも、でも、マイレディー、とても素敵ですっ!」

 その意気込みを隠しもせず、アーシュリンが力説する――なにに力説しているのか不明だ。

「「でも」 が多すぎますよ。そのような言葉を使ってはいけません」
「はいっ」

 オルガに諌められても、浮かれてやまないアーシュリンは、にこにこしたまま、セシルを見つめている。

「マイレディー、とてもよくお似合いでございます」
「ありがとう」

 静々と、オルガも頭を下げたオルガが顔を上げ、鏡越しで、セシルと目があった。すぐに、うれしそうに微笑みを投げる。

「とてもおきれいでございます、マイレディー」
「ふふ、ありがとう、二人とも」

 コトレアの領地にいる領民は全員、領主であるセシルを尊敬しているし、敬慕している。
 セシルがいたから、今の領地の繁栄があることを、一番に感じている。

 セシルは普段から行動力があるから、大抵、物事を解決するのに、行動するのが早い。領地内の視察も頻繁で、他領に赴いて、色々な見分を広めてくることも多い。

 そういった活動的な仕事が多いせいか、セシルの普段着ている洋服は、動きやすい洋服が多い。

 おまけに、


「着易さ、動き易さを重視し、シンプルであっても、エレガントに」


 というセシルの指示があるので、セシルが着ている洋服の基準は、ほぼ全て、上記の条件を満たしているものばかりである。

 領内にいる時も、ほとんどズボンだし、スカートを履いている時でも、奇抜な――セシルが考案した――デザインをお針子たちが手直ししたり、作ったりして、その洋服を着ているセシルは、ほとんど誰の手助けもいらず、自分一人で着替えをしている。

 そんな自立している領主さまには惚れ惚れするものなのだが、それでも、そんな領主さまの傍で仕えている侍女たちには、物寂しいものなのだ。

 セシルの容貌は、見た目だけなら完璧である。

 美しい癖のない銀髪がサラサラと肩を流れ、その銀髪にかたどられた小さな顔に、目の覚めるような深い藍の瞳。

 唇がかすかに濡れたように色づいて、ほんのりとした色気を(かも)し出しながらも、その印象は儚げな美女である。

 細身でスタイルもよく、長い手足が伸びて、そのアラバスターの肌は、陶器のような滑らかさだ。
 出るところもでていて、女性らしい柔らかな稜線を描く体型は、通り過ぎる老若男女を問わず、惹き付けてしまうほどである。

 それなのに!

 イベントや催しなど、公式の場以外で、セシルは、ドレスを着る機会がほとんどないため、世話をしている侍女達だって、セシルを飾り付けるチャンスがほとんどないのだ。

 ドレスだけではなく、どんなアクセサアリーだって、きっと似合うのに、邪魔になるからと、仕事をしている時は、ほとんどアクセサリーを身に着けない。

 では、いつ、セシルが仕事をしていない時があるのか?

 そんな時があるはずもないっ!

 だから、隣国アトレシア大王国から夜会のパーティーに招待され、王国にやってくることになった(本人はものすごく嫌々に) 時、セシルは(ものすごーく仕方なく) ノーウッド王国の王都に戻り、ドレスやら、お茶会用の洋服やら、小物やらなにやらと、新調する羽目になってしまったのだ。

 オーダーメイドの特注は時間がかかってしまうので、それでも、サロンやブティックで揃えられるものは揃え、全く余計な、山のような買い物をする羽目になっていた。


「急がせて悪いわね……」


 セシルは申し訳なさそうに誤っていたが、お針子たちや邸の侍女達は、きゃあっ! ――と、叫ばんばかりに大喜びだったのだ。

 急いで手直しをしなければならない仕事だろうと、今回は、大義名分なしに、好きなだけ、セシルを飾り付けられる理由があるのだ。

 もう、勤務の時間外の仕事だろうと、お針子たちなど、せっせと張り切って、手直しにかかっていたほどだ。

 前回は、せっかく隣国の王国から招待されていたのに、あまりに――奇天烈なドレスの注文をされて、ガックリと、肩を落としていたお針子達だっただけに、今回、アトレシア大王国にやって来るまで、お針子達の張り切りようといったら、意欲満々、意気揚々としたものだったのだ。

 セシルが鏡台の椅子から立ち上がり、応接用の長椅子の方に移動していく。

 そこで控えていたフィロが、スッと、立ち上がった。

「マイレディー、とてもお綺麗です」
「ありがとう、フィロ」

「今夜は、この部屋に、食事を運んでもらうようにお願いしたから、みんなでゆっくり羽でも伸ばしてね」

「本当に、お一人で行かれるのですか?」
「一人じゃないわ。騎士団の副団長様が、エスコートしてくださるもの」

 それも、第三王子殿下という、ものすごい“高位”の肩書までついて。

「さすがに、公式な夜会に、私一人の連れを、ゾロゾロとは連れていけないでしょう?」
「ですが、以前も、公式の夜会だったはずですが」

「そうね。でも、今回は慰労会も兼ねて――という名目があっても、新国王即位のお祝いがメインでしょうから、他国の人間が呼ばれもしないのに、夜会になど、参加できないわ」

「わかりました」
「大丈夫よ、心配しなくても」

 コンコン――

 部屋の扉がノックされたので、ドアの横に控えていたイシュトールとユーリカの視線が向けられた。

「お通しして」

 ユーリカがゆっくりとドアを開けていくと、ドアの向こうにギルバートが立っていた。
 その後ろにはクリストフと、二人の騎士も控えている。

 イシュトールとユーリカが、ギルバートの姿を見て、一礼をした。

 さすがに、他国の騎士に礼や敬礼を取る必要なかったが、ギルバートは騎士でも、第三王子殿下である。

 非礼、無礼を働いて、王宮に滞在しているセシルの立場を悪くすることなどできやしない。

 ギルバートは部屋の中にゆっくりと入ってきた。

 オルガとアーシュリン、そしてフィロの三人も頭を下げて、礼をみせる。

「そろそろ時間になりましたので、よろしいでしょうか?」
「はい、準備はできておりますので」

 セシルの前まで歩いてきたギルバートが、失礼にならない程度に、サッと、セシルの上から下まで視線を動かした。

「とてもお綺麗ですね」
「ありがとうございます」

「今夜は、騎士団、騎士達への(ねぎら)いという目的の夜会ですので、会場には、すでに騎士達、騎士達の身内などが揃っています。ヘルバート伯爵令嬢は、他国からの招待客ですので、まず初めに、国王陛下への挨拶を済ませる手順が組まれております」

「わかりました」
「その後は、夜会を好きに楽しんでください」

「ありがとうございます」

 好きに楽しめるような――場ではないだろうに。

「それと――会場に行く前に、ご令嬢にお渡ししたいものがございまして」

 スッと、手に持っていた薄い小箱のようなものを、ギルバートがセシルの前に差し出してきた。

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