奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「あの――これは……?」
「コトレアの領地で滞在している間、ご令嬢には、大変お世話になりました。そのお礼と言えるものではございませんが、どうか受け取ってはいただけないでしょうか?」
また、この状況も、困った状況である……。
本人は、真摯に感謝の気持ちで贈り物を用意したのかもしれなかったが、それでも、今の状況は――どう見てもマズイ状況なのである。
薄い箱の大きさから見ても、きっと中身は――宝石かアクセサリーの類に違いない。
そうなると、親切や感謝で贈られるような、もらえるような度合いの贈り物ではないだろう。
一般的に言っても、見知らぬ赤の他人に、宝石など贈りはしないものだ。見知った知り合いにも、贈らないだろう。
宝石など、この時代では、高価の部類に入るのだ。デパートやお店に行って、気軽に買えるような代物なのではない。
だから、せめて、ある程度、親しい相手に対して贈られるものである。
でも、セシルは、そこまで親しい関係の人間ではない。
男性が女性に宝石を送るなど――どう見ても、誤解される光景ではないか。
おまけに、その相手が第三王子殿下ともなれば――その誤解が、更に、嫌な方向にまっしぐらに向かってしまうのは、目に見えている。
どうしようか……と、迷っていても、淑女の嗜みとして、好意から贈られたものを無下に押し返すこともできない。
その相手が王子ともなれば、なおさらだ。
だが、気軽に受け取ることも憚れて、どうしようか……、本当に困った状況である。
「お礼なら――訓練もしていただきましたし……」
「訓練など、常日頃からの日課同様で、とてもではありませんが、お礼に値するものではないでしょう」
「そのようなことはございませんが……」
「ご令嬢には、私達の都合で、何度もご迷惑をおかけしてしまいましたし、その上、領地では、そんな我々を快く歓迎してくださりました。この程度では、とてもお礼を返せれるものではございませんが」
「――――私のような者が、そのような贈り物を、本当に、いただいてもよろしいのでしょうか……」
「受け取っていただけたら、私もとても嬉しく思います」
ああ……、もう逃げ道がない。
王子殿下にここまでの好意をみせられたら、送り返すことは、本当に失礼になってしまう。
仕方なく、セシルはギルバートの手から小箱を受け取った。
「ありがとうございます……。開けてみても……、構いませんでしょうか?」
「ええ、構いません」
そっと、箱の蓋をあけていくと、光沢のある滑らかな赤い布が出てきた。それも、そっと外してみて、
「――まあっ……、なんて美しい……」
箱の中には、銀でできたネックレスが入っていた。
首元の部分が薄い三日月の型になり、銀のパネルではなく、三日月の中は流れるように繊細な花模様が描かれていたのだ。
繊細な銀の上には、オールドヨーロピアンカットの小さなダイアモンドが、所狭しと埋め込まれ、その中央にはめられた藍の宝石。
親指の爪ほどは軽く超えているであろう大きさのブルーサファイアが、静かに中央にはめこまれている。
光を吸い込んでしまうほどの深い藍色。でも、ほんのりと淡く、温かな反射をみせて。
精巧で、繊細なデザインのネックレスだった。
もう、そのネックレスは、一級品の特注で、王国を代表するほどの宝石彫刻師が手掛けた作品、と言っても過言ではないほどの、超逸品だった。
それが分かってしまって、セシルの方だって眩暈がしそうである……。
「……ありがとうございます。このような美しい贈り物を頂いて、恐縮でございます……」
「お気に召されたようで、安心致しました」
ああ……、もう逃げ道はないのに、この場で粗相をするわけにもいかない……。
本当に困った状態である……。
セシルは少しだけ後ろを向き、
「これをつけてくれないかしら?」
パっと顔を上げた二人の侍女は、セシルの手の上に乗っている箱に視線を向ける。
「……か、かしこまりました――」
「アーシュリン、あなたは、マイレディーの髪を押さえていてくれませんか?」
「はいっ、かしこまりました……!」
自分が生きてきた中で、こんな高価で、美しくて、繊細な宝石など見たことがないだけに、アーシュリンは、完全に恐縮してしまっている。
そんな緊張した状態で、この高価なネックレスを落としてしまったら、傷つけてしまったら――顔面蒼白ものである。
「失礼いたします……」 と、声が震えているアーシュリンが、セシルの長い髪の毛をそっと束ねていく。
首元が空き、すっきりとしたその場に、オルガも丁寧に、静々と、一寸のミスもないように、箱の中から取り上げたネックレスを、セシルの首にかけていく。
慎重に、留め金も止め終わり、ホッと、一安心しそうだった。
髪の毛が下ろされ、乱れがないように整えてもらったのを待ち、セシルの視線がギルバートに向けられる。
ギルバートはセシルの首元をじっと見つめていて、それで、その視線が、ゆっくりとセシルの顔に戻ってくる。
「とてもよくお似合いですね」
嬉しそうに、それ以上に、感嘆したように、ギルバートの瞳が細められていた。
「ありがとう、ございます……」
ズシリと、首元が一気に重く感じられるのは、気のせいではないだろう……。
「では」
スッと腕を出され、セシルもその腕に手をかける。
持っていた箱をオルガに手渡し、
「それでは、行ってくるわ」
「「いってらっしゃいませ、マイレディー」」
全員が丁寧にお辞儀して、セシルを見送った。
部屋を進み開けられた扉の向こうで、クリストフと二人の騎士が控えていた。
ギルバートとセシルを見るなり、スッと、三人が一礼する。
さあ、晩餐会へと、いざ出陣(?)――ものすごく気乗りはしないが……。
扉が閉まり、廊下での気配がずーっと向こうに消えていった頃、アーシュリンがいきなり、バッと、両手で口を押え込んだのだ。
「きゃ、きゃあああああぁぁぁぁぁぁっ……!!」
突然、口の中で、もごもごさせて悲鳴を上げるアーシュリンに、全員がどビックリ。
「一体、何やってんの?」
フィロとアーシュリンは同い年である。
アーシュリンの方が、ずっと以前より領地にやって来ていたので、その点では、先輩かもしれないが、同年代の孤児である。
全部のその長い悲鳴を上げ終えたのか、手を外したアーシュリンが、うふふふふふふ、と笑い出す。
「気持ち悪い。何やってんの」
「だってねえ? そうでしょう?」
「なにが?」
「だって、私なんか、あんな高価なアクセサリーなんて、見たことないのよっ! もう、見た瞬間に、失神しそうになったんだからっ」
「ええ? 何で?」
「なんで、じゃあないわよっ!」
疑わしそうなフィロに向かって、アーシュリンが叫んでいた。
「コトレアの領地で滞在している間、ご令嬢には、大変お世話になりました。そのお礼と言えるものではございませんが、どうか受け取ってはいただけないでしょうか?」
また、この状況も、困った状況である……。
本人は、真摯に感謝の気持ちで贈り物を用意したのかもしれなかったが、それでも、今の状況は――どう見てもマズイ状況なのである。
薄い箱の大きさから見ても、きっと中身は――宝石かアクセサリーの類に違いない。
そうなると、親切や感謝で贈られるような、もらえるような度合いの贈り物ではないだろう。
一般的に言っても、見知らぬ赤の他人に、宝石など贈りはしないものだ。見知った知り合いにも、贈らないだろう。
宝石など、この時代では、高価の部類に入るのだ。デパートやお店に行って、気軽に買えるような代物なのではない。
だから、せめて、ある程度、親しい相手に対して贈られるものである。
でも、セシルは、そこまで親しい関係の人間ではない。
男性が女性に宝石を送るなど――どう見ても、誤解される光景ではないか。
おまけに、その相手が第三王子殿下ともなれば――その誤解が、更に、嫌な方向にまっしぐらに向かってしまうのは、目に見えている。
どうしようか……と、迷っていても、淑女の嗜みとして、好意から贈られたものを無下に押し返すこともできない。
その相手が王子ともなれば、なおさらだ。
だが、気軽に受け取ることも憚れて、どうしようか……、本当に困った状況である。
「お礼なら――訓練もしていただきましたし……」
「訓練など、常日頃からの日課同様で、とてもではありませんが、お礼に値するものではないでしょう」
「そのようなことはございませんが……」
「ご令嬢には、私達の都合で、何度もご迷惑をおかけしてしまいましたし、その上、領地では、そんな我々を快く歓迎してくださりました。この程度では、とてもお礼を返せれるものではございませんが」
「――――私のような者が、そのような贈り物を、本当に、いただいてもよろしいのでしょうか……」
「受け取っていただけたら、私もとても嬉しく思います」
ああ……、もう逃げ道がない。
王子殿下にここまでの好意をみせられたら、送り返すことは、本当に失礼になってしまう。
仕方なく、セシルはギルバートの手から小箱を受け取った。
「ありがとうございます……。開けてみても……、構いませんでしょうか?」
「ええ、構いません」
そっと、箱の蓋をあけていくと、光沢のある滑らかな赤い布が出てきた。それも、そっと外してみて、
「――まあっ……、なんて美しい……」
箱の中には、銀でできたネックレスが入っていた。
首元の部分が薄い三日月の型になり、銀のパネルではなく、三日月の中は流れるように繊細な花模様が描かれていたのだ。
繊細な銀の上には、オールドヨーロピアンカットの小さなダイアモンドが、所狭しと埋め込まれ、その中央にはめられた藍の宝石。
親指の爪ほどは軽く超えているであろう大きさのブルーサファイアが、静かに中央にはめこまれている。
光を吸い込んでしまうほどの深い藍色。でも、ほんのりと淡く、温かな反射をみせて。
精巧で、繊細なデザインのネックレスだった。
もう、そのネックレスは、一級品の特注で、王国を代表するほどの宝石彫刻師が手掛けた作品、と言っても過言ではないほどの、超逸品だった。
それが分かってしまって、セシルの方だって眩暈がしそうである……。
「……ありがとうございます。このような美しい贈り物を頂いて、恐縮でございます……」
「お気に召されたようで、安心致しました」
ああ……、もう逃げ道はないのに、この場で粗相をするわけにもいかない……。
本当に困った状態である……。
セシルは少しだけ後ろを向き、
「これをつけてくれないかしら?」
パっと顔を上げた二人の侍女は、セシルの手の上に乗っている箱に視線を向ける。
「……か、かしこまりました――」
「アーシュリン、あなたは、マイレディーの髪を押さえていてくれませんか?」
「はいっ、かしこまりました……!」
自分が生きてきた中で、こんな高価で、美しくて、繊細な宝石など見たことがないだけに、アーシュリンは、完全に恐縮してしまっている。
そんな緊張した状態で、この高価なネックレスを落としてしまったら、傷つけてしまったら――顔面蒼白ものである。
「失礼いたします……」 と、声が震えているアーシュリンが、セシルの長い髪の毛をそっと束ねていく。
首元が空き、すっきりとしたその場に、オルガも丁寧に、静々と、一寸のミスもないように、箱の中から取り上げたネックレスを、セシルの首にかけていく。
慎重に、留め金も止め終わり、ホッと、一安心しそうだった。
髪の毛が下ろされ、乱れがないように整えてもらったのを待ち、セシルの視線がギルバートに向けられる。
ギルバートはセシルの首元をじっと見つめていて、それで、その視線が、ゆっくりとセシルの顔に戻ってくる。
「とてもよくお似合いですね」
嬉しそうに、それ以上に、感嘆したように、ギルバートの瞳が細められていた。
「ありがとう、ございます……」
ズシリと、首元が一気に重く感じられるのは、気のせいではないだろう……。
「では」
スッと腕を出され、セシルもその腕に手をかける。
持っていた箱をオルガに手渡し、
「それでは、行ってくるわ」
「「いってらっしゃいませ、マイレディー」」
全員が丁寧にお辞儀して、セシルを見送った。
部屋を進み開けられた扉の向こうで、クリストフと二人の騎士が控えていた。
ギルバートとセシルを見るなり、スッと、三人が一礼する。
さあ、晩餐会へと、いざ出陣(?)――ものすごく気乗りはしないが……。
扉が閉まり、廊下での気配がずーっと向こうに消えていった頃、アーシュリンがいきなり、バッと、両手で口を押え込んだのだ。
「きゃ、きゃあああああぁぁぁぁぁぁっ……!!」
突然、口の中で、もごもごさせて悲鳴を上げるアーシュリンに、全員がどビックリ。
「一体、何やってんの?」
フィロとアーシュリンは同い年である。
アーシュリンの方が、ずっと以前より領地にやって来ていたので、その点では、先輩かもしれないが、同年代の孤児である。
全部のその長い悲鳴を上げ終えたのか、手を外したアーシュリンが、うふふふふふふ、と笑い出す。
「気持ち悪い。何やってんの」
「だってねえ? そうでしょう?」
「なにが?」
「だって、私なんか、あんな高価なアクセサリーなんて、見たことないのよっ! もう、見た瞬間に、失神しそうになったんだからっ」
「ええ? 何で?」
「なんで、じゃあないわよっ!」
疑わしそうなフィロに向かって、アーシュリンが叫んでいた。