奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 さすがに、食事中だったり、挨拶をしているギルバートの邪魔をするわけにはいかない。

 今はまだ、王子殿下という高位の立場にあるギルバートに、呼ばれもしないのに近寄ってくるわけにはいかない。

 礼儀知らずの令嬢、などと思われては、元も子もないからだ。

 幸い、今夜は騎士達の集まりである。

 副団長を務めているギルバートの立場なら、部下達だって、簡単に近づいてくることはできない。
 他の騎士団の団長や副団長以外なら。

 それなら、ギルバートの元に押し寄せてくるうるさい貴族の令嬢達も、セシルに近寄ってくるうるさい虫も、かなり牽制できることだろう。

 ああ……、これでこの一曲が終わってしまうなど、なんと寂しいことだろうか……。

 ギルバートの感傷を知らないセシルは、ギルバートと向き合って、ゆっくりとお辞儀する。

 そんな些細な動き一つに、仕草に、全てに、目が奪われていく。

 今夜は、もう……、ギルバートの心臓が持たないかもしれない。

「食事などいかがですか? お腹は、空いていらっしゃいませんか?」
「いえ、それほどでも……」

 なにしろ、ストレス過多の夜会で、ヘマもできなくて、気を緩める暇もないので、とてもではないが、お腹が空いて、食事ができるような精神状態ではないのだ。

「では、なにか軽食でもいかがですか?」
「はい」

 セシルをエスコートしながら、ずらりと並べられた料理のテーブルに向かう。

 たくさん並べられた豪華な料理の前で、何も食べないわけにもいかず、適当に、簡単に食べられそうな軽食を自分の皿に乗せ、ギルバートに促され、テーブルの奥の長椅子を勧められた。

 立食形式ではあっても、談話用の椅子や、座って食事ができるテーブルは、会場の隅の方に用意されている。

 フォークもナイフも出されているし、結局は、カトラリーを使っての食事をする貴族が多いのだ。

「ワインでも?」
「いえ、どうか、お気になさらずに」

 頷いたギルバートは、やって来た給仕係に、ブドウジュースを頼んでいた。

「お疲れではございませんか?」
「いいえ。昨日と今日は、ゆっくりと、休ませていただきましたので」

 ギルバートが自分の皿のサンドイッチを口に入れていくのを見て、セシルも、一口を口に入れていく。

「王国に戻ってから、トマトの味付けの料理を食べると、チーズを思い出してしまいました」

 コトレア領で食べた時の料理を、思い出しているのだろうか。

「まあ、そうですの?」
「ええ、チーズは、おいしかったです」

「ふふ。そうですわね」
「あのお店では、季節ごとに、メニューが変わるのですか?」

「普段は、それほどでもありませんの。秋は収穫の時期で、メニューが少し増えますわね」
「他の食事(どころ)でも、そうですか?」

「そうですわね。普段からの味付けなどはあまり変わらず、その時で、野菜が増えたりしますわ」
「ご令嬢は、全部の食事処やレストランを、訪ねられたのですか?」

「もちろんです。観光用の“宣伝”には、自領のことを知っていなくては、できませんもの」
「そのお話から察すると、ご令嬢が、ご自分から“宣伝”なさっているのですか?」

「いいえ。“宣伝”できそうなアイディアなどを、たまに」
「なるほど」

 それでも、領地があれだけ繁栄を見せているのだから、“宣伝”は、きっと、セシルが率先しているものだろう。

 大抵の民など、そんな考えさえ思い浮かばないはずだ。

「実はですね、以前より不思議に思っていたことがございまして。なにか――質問して良いのか判らず、それで、今も、まだ不思議なままなのですが」

「なんでしょう?」

「あの領地では、領地の騎士達も――他にもよく見かけたのですが、なにか、こう、胸の前にぶら下がっていますよね? ご令嬢も、似たようなものをぶら下げていらっしゃいましたが、ご令嬢は背中にかけていらっしゃった」

「ショルダーバッグのことですの?」
「ショルダーバッグ、ですか? あの――こう、胸にかけていたやつでしょうか?」

「ええ、そうです。領地で流行(はや)っていますのよ」
「あれは、何なんでしょう?」

「バッグの一つですわ。人によっては、「ウェストバッグ」 と呼ぶ人もいますけれど、まあ、あの領地では、「ショルダーバッグ」 と呼んでおりますの」

「小さい、バッグを、身に着けるのですか?」

「ええ、そうです。小物などを入れて持ち運びが簡単ですので。例えば、騎士達なら携帯食のスナックなど、後は、食事ができるくらいの小銭や財布、メモ帳も入れると、便利でしょうね」
「メモ帳? それは?」

「これくらいの大きさで、紙を繋げたものですの。鉛筆をそのサイズに合わせて一緒に入れていますので、なにか、覚えておきたいことなど、メモを取る時に便利ですのよ」

 へえ、とギルバートがすぐに興味を引かれていく。

 セシルの領地にはいつも知らない知識が詰まっていって、見慣れないものが盛りだくさんで、話を聞く度に、興味が引かれていってしまうのだ。

「メモ帳は、雑貨屋の“なんでも雑貨屋”で売っておりまして、ショルダーバッグは“便利なかばん屋”で売っておりますの。私は携帯食などに、ヒマワリの種や、ナッツ類を携帯しておりますわ。今年は、カボチャの収穫がたくさんありましたから、カボチャの種も」

「移動中には、そのようなお気遣い、ありがとうございました」
「騎士の皆様、きっと、困惑していらっしゃったでしょうね。なぜ、種を食べるのだろうか、と」

「ええ、そうですね。ですが、いただいたものですので、全員、きちんと食べていました」
「ふふ。本当に、皆様、律儀な方なのですね」

「そんなことはありませんよ。せっかく頂いたものですから。ヒマワリの種も、疲労回復などに?」

「うーん、それはどうでしょうか。たぶん、全体的な栄養なら、そうなるのかもしれませんが、ヒマワリの種は、栄養価が高い植物なのですよ。ドライフルーツやナッツ同様に」

「ドライフルーツ?」
「皆様は、食べませんの?」

「いえ、初めて聞きました」

「うちでは、ブドウを干してレーズンや、アプリコットを干したものなどが多いですわ。今は、アーモンドの生産も少しずつできましたので、ナッツ類なら、アーモンドなど。くるみは、あまりないのですけれど」

「そういったものは、携帯食になるのですか?」
「ええ、そうです。皆様、きっと、お仕事中であれば、ほとんど何も口になさらないことが多いのでは?」

「そうですね」

「領地の騎士も、そう言った傾向があったのですが、スナックの接種は必要なのですよ」

 なにも、休憩してお菓子を食べろ、と言っているのではないのだ。

 体を動かす時は、体内に蓄積された栄養素を必要とするから、エネルギー源がなければ、体を動かす力だって作れないものだ。

「ですが、食べなくても動ける、と無理をするのは、実は、考えている以上に、体に負担をかけてしまっているのです。酷使しても、長続きはしませんもの。ですから、メインの食事と食事の間に、軽いスナックを摂ることは、理に適っています」

< 195 / 202 >

この作品をシェア

pagetop