奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「なるほど」
「ドライフルーツやナッツなどは、少量でも栄養価が高いですから、それを2~3個など、口に入れるだけで、随分、違ってきますわ。アーモンドなどは、ハイプロテインですし――」
「――――ハイ、プロテイン?」

 おっとっと、つい、いつもの癖が出てしまった。

 それで、誤魔化すような微笑を見せ、セシルも適切な言葉を考え直す。

「アーモンドには、体を作る構成要素が、たくさん含まれているのです。そういった栄養要素を摂ることで、筋力をつける助けになったり、病気などに対抗する免疫機能を助けたりなど、私達が普段から摂取しているものには、色々な栄養価値や要素がたくさんありますの」

 栄養学も発達していないこの世界。
 健康に良いことなど、栄養価が高い食物など、そんな話をしても、ほとんどの人間が、セシルを理解していなかった。

 だから、領地の民も、ほとんどセシルの受け売り、鵜呑(うの)み状態で、なるほど……と、感心して、セシルに勧められた方法を真似している状態だ。

 それでも、素直に聞き入れてくれているので、それはそれで良し、としているセシルである。

「ですから、騎士達など、特に、一日中動き回っているような仕事をする場合、スナックは、とても重要な体力源となりますわね。お腹が空のままでは、体を動かす力となるエネルギーも作ることはできませんもの」

「なるほど」
「アーモンドなどは、栄養価が高いのですが、食べ過ぎても、あまり良いものではありません。何事にも、適度な量が一番いいのです」

「なるほど」
「話が少し逸れてしまいましたが、ショルダーバッグは、そういった小物を入れて、持ち運ぶのに、とても便利ですから」

「領地で開発なさったのですか?」
「ええ、そうです」

 なにしろ、この時代、お貴族様と言えば、荷物を持たないのが常識である。
 侍女や付き人が、全部そういったことを請け負っているから。

 騎士達だって、ポケットにはなにかを突っ込むかもしれないが、基本、剣以外、あまり携帯しない。
 携帯したくないのではなく、そういったバッグがないからだ。

 それで、セシルだって自分で行動することばかりだし、行動範囲が広いだけに、籐のバスケットなど、持ち運びには不便でしょうがなかったのだ。

 領地で流行(はや)っているショルダーバッグは、現代版――とまではいかないが、デザインはそれなりのものである。

 今はまだ、機械での大量生産などできないから、全部、手縫いである。
 それでも、役に立って、すぐに領地でも、一躍流行のヒットを遂げたほどだ。

「ショルダーバッグは、肩から斜めにかけるのが多いですね。見た目が、ふふ、格好よく見えるもので」
「なるほど」

「バッグ側を前に持ってくる方法や、私のように、後ろにぶら下げている方法もあります。騎士達は面倒なので、大抵、前に下げているのが多いみたいですけれど。後は、ウェスト、腰に真っ直ぐに下げる形で、バッグは前側でも後ろ側でも、使い道は色々ですわね」

「なるほど。便利なバッグですね」
「小物を入れておくには、丁度いいサイズなのですよ。移動が多い時は、特に、重宝しております」

「なるほど」

 そんな意味があるとは知らず、“お役立ちグッズ”に、つい、ギルバートも思いを()せらせてしまう。

「“なんでも雑貨屋”には、寄らせていただいたのですが――」
「あまりに摩訶不思議なものばかりでしたでしょう?」

「いえ、あの……、ええ、まあ、そうなのですが」

「ふふ。大抵、初めてあのお店に立ち寄った人は、皆、同じ意見ですのよ。領地では、必要な時に、ボチボチと客層が増えていますが、まだまだ、新しいお客様には、抵抗があるのかしら? 店員には、しっかり説明して、使い方や使い道を教えてさしあげなさいね、と指示してあったのですが」

「いえ、店員は、親切に教えてくれました」

 ただ――ギルバート達の理解がついていけなくて、早々と、お店を退散してしまっただけなのだ。

「メモ帳、もあのお店に?」
「ええ、そうですわ」

「そうですか。騎士達は、ドライフルーツやナッツなどを、自分で作っているのですか?」
「いえいえ。騎士達は、なにしろ若い子達が多いですからね。自炊どころか、ドライフルーツを作るような時間とて、彼らには勿体ないでしょう」

「そうでしょうね。では、お店で販売しているのですか?」

「ええ。今は、色々なものをお店で買えるように、工夫しておりますの」

 自炊、自給自足などは、家があり、家で作れる場所があり、その時間があるのならできることだ。
 あの領地では、全員が多種多様な仕事についていることが多い。

「自家製、自炊といったことは難しいですもの。ですから、お店で簡単に買えるように、手に入れられるように、と工夫しております。産業革命の第一歩、なんてね?」

「――産業、革命……?」
「いえいえ。まだまだ、そんな域には達しておりませんわ」

 まだまだ手作りばかりだし、原始的なことも多い。
 産業革命ができるほど、そこまでの技術も、知識も、発達していないのだ。

「でも、今年は、やっとパン屋ができますわ」

 ふふと、その時ばかりは、セシルも嬉しそうな笑みを浮かべ、語っていく。

「パン屋、ですか? まさか、パンを売る店ですか?」

「ええ、そうです。今までは、自分の家でパンを焼かなければなりませんでしたものね。それは、手間がかかる作業ですし、家事を任される女性には、大変な仕事なのですよ」
「……そう、なのですか?」

「ええ、そうです。家事だけでなく、食事の準備、片付け、その上に、子育て、それに自分達のお店の仕事、または農園などでの肉体労働もありますでしょう? 一日中、働き詰めなのが平民の基準ですけれど、さすがに、そんな状態では、生活向上も望めませんでしょう?」

 主婦は、どこの世界にいても多忙なのだ。

 家の管理、子供達や夫の世話、その上に、自分達の仕事まで終わらなければならない。
 一日中、仕事しているのが普通、というのが定番になっていた。

「ですから、パン屋の設立に成功しましたの。開店までには、あと数か月ほどかかってしまいますが、それでも、パンを購入できるようになりますわ。パンの他にも、簡単にできそうなデザートや焼き菓子なども」

「なるほど。すごいですね」
「今から楽しみですわ」

 ふふ、とセシルはその様子を思い浮かべてか、本当にご機嫌である。

「パン屋なら――ジャムも一緒に売ったらいいかもしれませんわね。それとも、ジャム付きパンの方が、いいのかしら?」

 そして、次の売り上げと、宣伝までも考え始めてしまっているセシルだ。

 ふふ、とギルバートもおかしそうに笑っていた。

「あら? 失礼いたしましたわ。私ったら……すぐに脱線してしまうものでして」
「お気になさらないでください。ご令嬢のお話は、本当に、興味深いものばかりです。ご令嬢のお話は、全然、飽きませんからね」

「摩訶不思議ですし、物珍しいかもしれませんが、時には、奇天烈で、少々、気が狂っているかもしれない、とはよく言われますの」
「はは。そうですか。とても興味深く、聞かせていただいております」

 ギルバートはセシルに気を遣ってか、話題を簡単に出してくれ、話が途切れず、そして、話の聞き上手である。

 そうやって、ギルバートのおかげで、しばらくは、パーティーでの胃痛の原因を少しは忘れて、楽しい会話ができたセシルだった。


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