奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *


「トリネッテ、そのように攻撃的な眼差しを向けているなど、行儀が悪いではないか」

 ギルバートとセシルが去った後、全く普段と態度も変わらず、レイフがツラッとそんなことを口に出した。

 ピクッと、トリネッテの肩が少しだけ飛び上がるが、ツンとしたまま、
「そんなことありませんわ」

「トリネッテ、かの令嬢がこの地にいる間、うるさく嗅ぎ回るのはやめなさい」

 かっ、とトリネッテの目が大きく見開いていた。

「――そんなこと、しませんわっ」

 少し憤慨している様子のトリネッテを前に、レイフはその静かな――なにもかもを見通してしまうような――瞳をトリネッテに向けるだけだ。

 すぐに、トリネッテは居心地が悪そうに、パっと顔をそむける。

 トリネッテは末姫なだけに、兄弟全員から可愛がられている。おまけに、末姫でも、かなり遅くにできた第一王女ということもあって、今は退位した元国陛下や王妃からも、溺愛されて育ってきた。

 その為、少々、気位が高く、我儘(わがまま)ではないが、王女としての立場や権力を、すぐに使ってしまう傾向があった。

 それで、周囲の者達があまり(いさ)めることもせず、注意しない時は――行き過ぎてしまう傾向もある。

 アルデーラとレイフとはかなり年齢が離れているせいもあって、トリネッテが成長する過程で、二人はすでに、国の(まつりごと)や軍事に深く入り込んでいたので、ほとんど一緒に遊んだ記憶がない。

 妹としても、王女としても、兄の二人は尊敬している立派な王子だ。

 今は国王陛下となられ、宰相の任も務めなさる二人には、きちんと礼儀を取って接しているつもりだ。

 だが、ギルバートはすぐ上の兄で、年は五歳も離れていても、若い時から騎士団に入団していたギルバートは、上の二人の兄達よりも、ある程度、自由な時間があったせいか、末妹で末姫のトリネッテをよく遊んでやっていたのだ。

 基本的に、ギルバートは子供が好きである。
 甥のオスミンとも、剣の稽古を進んでつけてあげているし、今はよちよち歩きのイングラムも、たまに一緒に遊んでやっている。

 だから、まだ小さなお姫様のトリネッテも可愛がっていたのは、ギルバートである。

 その大好きな兄が、突然、どこぞとも知れぬ他国の令嬢を王宮に連れてきて、おまけに、ひっきりなしに、あの令嬢に付き添っているのだ。

 トリネッテだって、去年開かれた夜会に出席していたので、あまりに見たこともないような奇天烈なひどいドレスを着て、顔を出したセシルのことは覚えている。

 「なんなのこの女、みすぼらしい!」 ――と、即座に思ったことだ。

 だが、そのトリネッテの軽蔑に対し、その考えを真っ逆さまに覆す事件。

 令嬢でありながら、剣を振り、おまけにあの場にいた貴族に蹴りかかるなんてっ!

 トリネッテは身の安全の為に、すぐに騎士達に囲まれてあの場から連れ出され、自室においやられてしまったから、その後、あの会場で一体何があったのか、どうなったのか、トリネッテの知り得ないことだった。

 後に、事件が落ち着いた頃、アルデーラから“長老派”の粛清を始めるから、トリネッテはこれから何に対しても警戒を強めるように、と厳しい指示を受けただけだった。

 あの事件で出会ったセシルは衝撃的だったが、あれはあれで終わった事件であり、隣国の令嬢なのだから、もう二度と会うことはないと考えていた。

 それなのに、新年明けて、それも新国王即位のお祝いの一環として開かれたパーティーに、()()、あの令嬢が顔をだしてきたのだ。

 それも、第三王子のギルバート自らがエスコートまでして!

 あの光景を見たトリネッテは、自分の目が信じられず、目を疑ったものだ。

 トリネッテの大好きなギルバートが――好意を寄せる令嬢なんて、絶対に許せない。

 今まで、ギルバートは婚約や結婚話を避けていたのに、なぜ、今になって、突然、あの伯爵令嬢などを連れてくるのか、トリネッテには納得がいかなかった。

「トリネッテ、二度は言わない。わかったね?」

 兄のレイフは、今まで一度だって、声を上げたことがない。怒ったこともない――あったとしても、見たことがない。

 レイフとギルバートは、冷静沈着という点はとてもよく似ていたが、レイフの冷静さは、その頭脳明晰からくる頭のキレからくるものだということは、トリネッテも気が付いていた。

 だから、人より何倍も早く物事を理解するし、情報を処理するし、情報を処理するだけの知識もあるし、レイフは口でかなうような相手ではないことを、トリネッテは十分に理解していた。

 いつも、なにもかもを見透かしたようなその静かな瞳が、ただ、じーっと、相手を観察しているのだ。

 トリネッテはレイフを嫌っていない。兄として尊敬しているが――少々、苦手なのである。

 子供の時から、このレイフだけは、いつもトリネッテを(いさ)めてくる兄だった。

 だが、怒りはしない。叱りもしない。怒鳴りつけもしない。

 ただ、静かに、時には淡々と、そうやって、トリネッテの悪い行動や行き過ぎた言動を(いさ)めていたのは、レイフだった。

 アルデーラは十歳も離れているだけに、トリネッテからしては、一番上の兄はいつも大人の男性という扱い方になってしまって、それと同時に、対するアルデーラは、レイフがトリネッテを諫めているのを、ただ静観しているばかりだ。

 だから、トリネッテには、レイフが少し苦手なのだ。

「トリネッテ?」
「――――わかり、ました……」

「お前が嫉妬する気持ちは、分からないでもないが」
「――嫉妬、じゃありません……」

 そうかな? と、レイフの片眉がおもしろそうに上がる。

 それを見ない振りをして、トリネッテはまだそっぽを向いている。

「だが、かの令嬢に近づくことも、うるさく探り出すことも、私が許さないよ」
「――そんなこと、しませんっ……!」

「新国王即位を終え、国政も情勢も浮足立っている。そのような場で、他国の令嬢を嗅ぎまわるような愚行をみせたのなら、その隙を突いて、お前も、すぐに、その足元をすくわれることになるだろう。そして、そのような愚行で、かの令嬢にまで、危険を及ぼす可能性が出てきてしまう。お前個人の我儘で、そのような結末を出すことは許されない。それをきちんと踏まえて、行動するように」

「――――わかり、ました……」

 結局最後は、いつものようにレイフに(いさ)められて、トリネッテは、しゅん……と、首を垂れた。

「一つ言っておくが、かの令嬢は、お前の年にはすでに一領地を治め、領主としての責務を果たしていた。そして、その立場と責任の重さを誰よりも理解し、領地の繁栄を導いた、唯一の貢献者とも言える。そのような令嬢を相手に、今のお前が同じことをできるか、考えてごらん? それが、かの令嬢とお前の違いだ」

 更に追い打ちをかけるように、そんなことをわざわざ指摘しなくてもいいのに、レイフまで、あの令嬢の味方であることを示唆するなんて……。

 おもしろくなくて、聞きたくないことでも、そんな子供じみた理由で拗ねるトリネッテを見逃すほど、レイフは甘い兄ではない。

「――――わかり、ました。わたくしは、かの令嬢に、一切、近づきませんし、近寄りもしませんわ」
「そうだね。それが最善だ」

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