奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 エスコートされてやって来た場所は、小さな噴水がある。

 それほど大きくなく、丸い池も2mほどあればいいものではないだろうか。そして、花模様の噴水から、これまた小さな水が噴き出ていた。

「少し、水の中を覗いてみてください」

 セシルとオスミンが言われた通りに、噴水の中を覗くように見下ろしていた。

「ここにも花が……!」
「うわぁ……! みずのなかに、はながあります、おじうえっ」
「かわいいだろう?」

 この時ばかりは、セシルとオスミンの返事が二人共しっかりとハモっていた。

 それがおかしくて、ギルバートもくすくすと笑っている。

「こうやって、()き通る水を見ていたら、水の中で花が咲いているみたいですわ」
「そうですね。夜には見えませんが、日差しの明るいうちは、こうやって水の中の花も見えるんです」

 噴水の水飛沫が日差しにキラキラと反射して、小さく揺れる水面から覗く花々が、水の中で静かに揺れているような光景だ。

 下を向いているセシルの癖のない銀髪が肩から落ちて、セシルは無意識でその髪をそっと耳にかけていた。

 キラキラと明るい日差しに反射して、サラサラと落ちるセシルの長い銀髪が白い肌を囲い、長いまつ毛の下で水面を見詰めている深い藍の瞳が優しく揺れ、その儚げな印象をより一層儚げに見せてしまっている。

 それなのに、瞬きする動きや、ふと、無意識で髪の毛を指で梳いた仕草がほんのりと色っぽく、ギルバートの視線を奪って、離さない。

 こうやって、手を取り、エスコートしているのに、触れてはいけないような、あまりに優美な姿が、ギルバートの目を釘付けにしていた。

 朝から胸が一杯で、ドキドキと早まる鼓動が収まらず、今日一日、ギルバートの心臓は持つのだろうか。

「……この先には、ローズガーデンがあるのですが、そちらもいかがですか?」

 きちんと声を出したはずなのに、知らず、囁きを漏らしていたようなギルバートだ。

 セシルに見惚れて、このままずっと、セシルを見ていたい……なんて、ギルバートの思いだけがとめどもなく溢れてくる。

 顔を上げたセシルがギルバートの方に向き、微かにだけ、その瞳が嬉しそうに細められていく。

 あの――豊穣祭で見たようなセシルの笑顔ではなかったが、それでも、ギルバートに感謝しているその静かで優しい感情が、深い藍の瞳に映っていて、その瞳を見詰めているギルバートは、あまりに嬉し過ぎて、つい、嘆息がこぼれてしまいそうだった。

「ありがとうございます」
「……いいえ。きっと、ローズガーデンも気に入っていただけると思います……」

「このように、副団長様のお時間を取ってしまいまして、お仕事の邪魔になど……」
「そんなことは全くありませんので、どうか、お気になさらないでください」

 セシルは国王陛下直々に招待された来賓だ。ゲストとしてもてなされるのに、なにも問題はない。

 そして、国王陛下に招待されたゲストだけに、その身の安全が最優先される。

 それ以上に、セシルは敵側に警戒された他国の令嬢としても、危険がせまっているかもしれない。
 護衛は必須だ。

 だから、国王陛下に代わり、王子殿下であるギルバートがゲストのもてなしをし、騎士団であるから護衛も欠かさない。

 その全ての理由も、条件も、ギルバートが満たしていた。

 それで、ギルバートの上官である団長のハーキンも、(渋々)ギルバートが仕事を離れていることを許可したのだ(ギルバートに、ほぼ、言いくるめられて)。

 噴水を越えると、もう、すぐそこに、広大な敷地に広がった美しいガーデンが視界に飛び込んで来た。

 春咲きの花達が小さな蕾をつけて、温かな春の訪れを待っている。
 その周りにはきれいに刈られた芝生が続き、冬用に植えられた青色や白色の花々が咲き誇っている。

 その間をゆっくりと通り過ぎて行くセシルの周りでは、まだ薄い冬の花の匂いが鼻に届き、白と青のコントラストが目に眩しいほどに清廉な輝きをみせていた。

 向こうの方に見えるのは、先程と違った大きな噴水が置かれ、その先の方にもまた噴水が見える。

 大きく立ち上がる水飛沫を飛ばし、遠目からでも明るい日差しを浴びて、とても美しい光景だった。

「……なんて、素晴らしいガーデンなんでしょう……」

 さすが、王族専用のガーデンだ。

 一般貴族が立ち入れないその場所は、穢れなく、清らかで、それでいて、鮮やかなほどに輝いている花々が咲き誇っている。

「ここは、朝露(あさつゆ)のガーデンと言います」
「ガーデンに名前がついているのですか?」

「ええ、そうです。セクションごとに分かれていて、一応、春夏秋冬を表せられるように、花々が植えてあるんです」
「とても、素敵ですのね」

 よく手入れされたガーデン内を歩くだけで、透き通った空気がきれいで、花々の匂いが風に乗り、現実世界から隔離されたその空間だけが、清らかに時が止まっているかのようだった。

 “朝露(あさつゆ)のガーデン”は、冬から春にかけてのガーデンなのかしら?

 それとも、まだ完全に目覚めていない春を表しているのかしら?

 そのどちらにしても、お伽話の世界に飛び込んだように清廉で、あまりに美しい光景が広がっていた。

「おじうえ、セシルじょう。みてください。しろと、あおいろで、きれいです!」

 嬉しそうに、少し小走りで前を駆けて行くオスミンも、周り中が白と青の花だけに囲まれて、驚いているのと、喜んでいるのと、その素直な感情が子供らしい顔に映っていた。

「オスミン、あまり急ぎ足で駆けては、転んでしまうかもしれないよ」
「はい、おじうえ!」

 言うことをちゃんを聞いているオスミンは、くるりと、後ろからついてくるギルバートとセシルを振り返った。

 嬉しそうに笑っている顔が、ふと、そこで止まっていたのだ。

「あっ……」

 オスミンのその様子を見て、ギルバートが不思議そうに首を傾げてみせた。

「どうしたんだい、オスミン?」

 小さなオスミンは不思議そうに顔を上げて、セシルを見詰めている。

「……セシルじょうと、はなばたけが、いっしょです」
「え?」

 その意味が理解できず、セシルも少し首を倒してしまっていた。

「ご令嬢と花畑が一緒?」

 パタパタと瞬きをしたギルバートも、隣を歩いているセシルを振り返っていた。

 足を止めたセシルを、ジッと、ギルバートが静かに観察する。

「あっ……」

 そこで、ギルバートもなにかに気が付いたようだった。

「確かに……。あなたの着ているドレスと、そして、その深い藍の瞳です。ここに咲いている花々と一緒で、あなたが花畑から突然舞い降りて来たかのように、とてもきれいですね」

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