奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *
ローズガーデンの見学を終えて、三人はまた広大な敷地内のガーデンをゆっくりと散歩していた。
何個めかの噴水を通り過ぎると、可愛らしいベンチがあり、ベンチの上には綺麗な細工のアーチが囲んでいた。
その周囲には、芝生の端を飾るように、小さな花々が揺れている。
「ここも可愛らしい場所ですのね」
なんだか、さっきから通り過ぎて行くガーデン内の造りは、可愛らしい、という印象がすぐに上がって来るものばかりだった。
乙女チックにも当てはまるだろうし、ロマンチックとも当てはまるような、女性が好みそうな、癒されそうな雰囲気が溢れていたのだ。
「きっと、以前の王妃陛下の趣味だったのかもしれません」
「国王陛下の意向ではなく?」
「アトレシア大王国は剣が象徴されている国ですから、王子でも、貴族の子息でも、まず初めに剣技が教えられます。きっと、それがあまりに趣に欠けるものだったので、ガーデンは王妃陛下の意見を取り入れたのでしょう」
周り中が剣を振り回す男性ばかりだから色気もなく、女性らしさを生かして、ガーデンだけはその特徴が一番に反映されていたのだろう。
「芝生の周りの小さな花が揺れていて、蝶々が舞っている様子も、かわいらしいですわ」
「私は、一人きりで座っていると、きっと居心地が悪いと思いますが」
「ふふふ、そうかもしれませんわね」
昨夜と言い、今朝の朝食会と言い、ストレスの溜まる行事に参加ばかりさせられて、心身共に疲れ切っていたセシルだったが、ギルバートの好意でやって来たガーデンの散歩は、とてもリラックスできるものだった。
ただゆっくりと散歩しながら、可愛らしいガーデンの間を通り過ぎ、目が癒されて、心も落ち着いて来る。
「花がたくさんあるので、花冠もたくさんできますわね」
それも、まだ冬の終わりに近い気候なのに、色取り取りの可愛らしい花冠を作れそうである。
「はなかんむり、とはなんですか?」
小さなオスミンが不思議そうな顔をして、とても素直にセシルを見上げている。
「花で作る冠のことです。冠のことは、ご存知ですか?」
「はい。ちちうえも、ははうえも、かんむりをします」
「ええ、そうですね。ただ、花冠は花で作るものですから、女性が好むものになるでしょうか。花冠を頭の上に乗せると、とても可愛らしいのですよ」
「ははうえも、ですか?」
「ええ、そうですね」
その光景を想像してみたのか、オスミンも瞳を輝かせている。
だが、本物の花冠を見たことがないので、一体、それがどんなものなのか、オスミンは分からない。
「少しだけ、このガーデンのお花を借りて、花冠を作ってみては、いけませんでしょうか?」
「はなかんむりを……? でも……」
そんなことをしてしまったら、オスミンはすぐに叱られてしまう。
王子なのにはしたないですよ、と。
「花を摘む時に手が少し汚れてしまうかもしれませんが、後で手をきちんと洗えば問題ありませんよ」
「え……?」
「汚れた部分は、しっかりと洗えば良いのです」
「いい、のですか?」
「私は、そう思います」
「でも……ぼくは、はなかんむりを、つくったことが、ありません……」
「もしよろしければ、私と一緒に作ってみるのは、いかがでしょうか?」
「いいんですかっ?!」
パっと、期待を込めた瞳を向けてオスミンがセシルを見上げて来る。
「さすがに、無断使用は問題になってしまうでしょうから……」
ちらっと、セシルの視線が隣のギルバートに向けられる。
「少しだけ、内緒に、など?」
無理でしょうかしら?
セシルの瞳が、そう、語っていた。
「では、内緒でやってみようか」
「ほんとうですかっ、おじうえ?」
「ああ、内緒にしよう」
「ないしょ、ですね」
ふふと、頬を盛り上げて、オスミンが本当に嬉しそうだ。
「では、少しだけお花を摘ませてもらいましょう」
そよそよと揺れている小さな花々の元に寄って行き、セシルはドレスのスカートを膝の下に入れながら、その場に屈んでみた。
「このハンカチの上に、お花を摘んでみたいのですが、私、一人では無理があるかもしれません……」
「ぼくも、てつだいます」
「よろしいのですか?」
「はい、もちろんです!」
「では、よろしくお願いしたします。――これくらいの長さの花を、こう、茎の部分から取ってみてくださいますか?」
はいと、お行儀良い返事を返し、オスミンが緊張した様子で、セシルの隣にしゃがみ込む。
そろそろと手を伸ばし、生まれて初めて、花を手折ってみた。
「あっ、とれた……!」
「お上手ですね。花冠を作るには、もう少し必要ですので、お願いできますか?」
「はい、わかりました」
それから、小さな手で、一生懸命花を摘むオスミンの隣で、セシルの膝上に置いたハンカチの上には、小さな花々が乗って行く。
「これくらいで大丈夫だと思います。オスミン殿下、ありがとうございました」
「これで、はなかんむりが、できますか?」
「はい、できます」
それで、オスミンの目の前で、セシルが二つの花を取り上げてみせ、それをどう繋げるか、オスミンに分かるように説明していく。
二つ目も同じようにして、三つ目も。
少し長さができると、オスミンにも花を繋げていくように勧めてみた。
セシルが花冠の最初の方を手で押さえ、オスミンが必死に花を繋げてみる。
まだ、小さな手で、不器用に、それでも、一生懸命、真剣に、オスミンは花を繋げて行った。
「丁度いい長さになったと思いますの」
「これで、いいんですか?」
「はい。これから、この最初の部分と、最後の部分を一緒に繋げていきますね」
「どうやって、ですか?」
「見ててくださいね」
端の茎を花に絡ませるようにと、セシルがオスミンの前で最後の調整をしてみせてあげている。
オスミンの前で屈んでいるセシルの長い髪の毛が、パサリと、肩から滑り落ちてきた。
自分の目線がセシルと同じになって、目の前に、サラサラと癖のないセシルの髪の毛がそっと揺れていて、その光景を見ているオスミンが素直に口にした。
「セシルじょうのかみは、とてもきれいですね。ひかりにうつって、キラキラと、とてもきれいです」
「まあ、ありがとうございます」
少し顔を上げ目線を合わせたセシルが、ふふと、笑みを浮かべる。
「セシルじょうは、とてもきれいなれいじょうなのですね」
「まあ、ありがとうございます」
「ぼくは、セシルじょうのように、キラキラとした、とてもきれいなれいじょうは、みたことがありません」
「ふふ。きっと、たくさんお会いなさりますわ」
いや、そんなことはないはずだ。
ギルバートの贔屓目があったとしても、ギルバートにとっては、セシル以上に美しいご令嬢など、見たことがない。
「ほら? できましたわよ。最後の部分は、花の茎の部分を長目にしまして、しっかりと巻き付ければよろしいのですよ」
「うわぁ……! これが、はなかんむりですかっ?」
「ええ、そうです。とても可愛らしいでしょう?」
「はいっ! ははうえのかんむりなのですっ」
「きっと、とてもお喜びになられると思いますわ」
「すごいですっ」
生まれた初めて自作した花冠である。
オスミンの頬が盛り上がり、嬉しさが止められないと、その表情がとても子供らしく素直だった。
「自分で作ったものは、嬉しさもひとしおでございましょう?」
「ひとしお? それはなんですか?」
「もっともっと嬉しくなる、という意味ですわ」
「はいっ。ぼくは、うれしいですっ」
ローズガーデンの見学を終えて、三人はまた広大な敷地内のガーデンをゆっくりと散歩していた。
何個めかの噴水を通り過ぎると、可愛らしいベンチがあり、ベンチの上には綺麗な細工のアーチが囲んでいた。
その周囲には、芝生の端を飾るように、小さな花々が揺れている。
「ここも可愛らしい場所ですのね」
なんだか、さっきから通り過ぎて行くガーデン内の造りは、可愛らしい、という印象がすぐに上がって来るものばかりだった。
乙女チックにも当てはまるだろうし、ロマンチックとも当てはまるような、女性が好みそうな、癒されそうな雰囲気が溢れていたのだ。
「きっと、以前の王妃陛下の趣味だったのかもしれません」
「国王陛下の意向ではなく?」
「アトレシア大王国は剣が象徴されている国ですから、王子でも、貴族の子息でも、まず初めに剣技が教えられます。きっと、それがあまりに趣に欠けるものだったので、ガーデンは王妃陛下の意見を取り入れたのでしょう」
周り中が剣を振り回す男性ばかりだから色気もなく、女性らしさを生かして、ガーデンだけはその特徴が一番に反映されていたのだろう。
「芝生の周りの小さな花が揺れていて、蝶々が舞っている様子も、かわいらしいですわ」
「私は、一人きりで座っていると、きっと居心地が悪いと思いますが」
「ふふふ、そうかもしれませんわね」
昨夜と言い、今朝の朝食会と言い、ストレスの溜まる行事に参加ばかりさせられて、心身共に疲れ切っていたセシルだったが、ギルバートの好意でやって来たガーデンの散歩は、とてもリラックスできるものだった。
ただゆっくりと散歩しながら、可愛らしいガーデンの間を通り過ぎ、目が癒されて、心も落ち着いて来る。
「花がたくさんあるので、花冠もたくさんできますわね」
それも、まだ冬の終わりに近い気候なのに、色取り取りの可愛らしい花冠を作れそうである。
「はなかんむり、とはなんですか?」
小さなオスミンが不思議そうな顔をして、とても素直にセシルを見上げている。
「花で作る冠のことです。冠のことは、ご存知ですか?」
「はい。ちちうえも、ははうえも、かんむりをします」
「ええ、そうですね。ただ、花冠は花で作るものですから、女性が好むものになるでしょうか。花冠を頭の上に乗せると、とても可愛らしいのですよ」
「ははうえも、ですか?」
「ええ、そうですね」
その光景を想像してみたのか、オスミンも瞳を輝かせている。
だが、本物の花冠を見たことがないので、一体、それがどんなものなのか、オスミンは分からない。
「少しだけ、このガーデンのお花を借りて、花冠を作ってみては、いけませんでしょうか?」
「はなかんむりを……? でも……」
そんなことをしてしまったら、オスミンはすぐに叱られてしまう。
王子なのにはしたないですよ、と。
「花を摘む時に手が少し汚れてしまうかもしれませんが、後で手をきちんと洗えば問題ありませんよ」
「え……?」
「汚れた部分は、しっかりと洗えば良いのです」
「いい、のですか?」
「私は、そう思います」
「でも……ぼくは、はなかんむりを、つくったことが、ありません……」
「もしよろしければ、私と一緒に作ってみるのは、いかがでしょうか?」
「いいんですかっ?!」
パっと、期待を込めた瞳を向けてオスミンがセシルを見上げて来る。
「さすがに、無断使用は問題になってしまうでしょうから……」
ちらっと、セシルの視線が隣のギルバートに向けられる。
「少しだけ、内緒に、など?」
無理でしょうかしら?
セシルの瞳が、そう、語っていた。
「では、内緒でやってみようか」
「ほんとうですかっ、おじうえ?」
「ああ、内緒にしよう」
「ないしょ、ですね」
ふふと、頬を盛り上げて、オスミンが本当に嬉しそうだ。
「では、少しだけお花を摘ませてもらいましょう」
そよそよと揺れている小さな花々の元に寄って行き、セシルはドレスのスカートを膝の下に入れながら、その場に屈んでみた。
「このハンカチの上に、お花を摘んでみたいのですが、私、一人では無理があるかもしれません……」
「ぼくも、てつだいます」
「よろしいのですか?」
「はい、もちろんです!」
「では、よろしくお願いしたします。――これくらいの長さの花を、こう、茎の部分から取ってみてくださいますか?」
はいと、お行儀良い返事を返し、オスミンが緊張した様子で、セシルの隣にしゃがみ込む。
そろそろと手を伸ばし、生まれて初めて、花を手折ってみた。
「あっ、とれた……!」
「お上手ですね。花冠を作るには、もう少し必要ですので、お願いできますか?」
「はい、わかりました」
それから、小さな手で、一生懸命花を摘むオスミンの隣で、セシルの膝上に置いたハンカチの上には、小さな花々が乗って行く。
「これくらいで大丈夫だと思います。オスミン殿下、ありがとうございました」
「これで、はなかんむりが、できますか?」
「はい、できます」
それで、オスミンの目の前で、セシルが二つの花を取り上げてみせ、それをどう繋げるか、オスミンに分かるように説明していく。
二つ目も同じようにして、三つ目も。
少し長さができると、オスミンにも花を繋げていくように勧めてみた。
セシルが花冠の最初の方を手で押さえ、オスミンが必死に花を繋げてみる。
まだ、小さな手で、不器用に、それでも、一生懸命、真剣に、オスミンは花を繋げて行った。
「丁度いい長さになったと思いますの」
「これで、いいんですか?」
「はい。これから、この最初の部分と、最後の部分を一緒に繋げていきますね」
「どうやって、ですか?」
「見ててくださいね」
端の茎を花に絡ませるようにと、セシルがオスミンの前で最後の調整をしてみせてあげている。
オスミンの前で屈んでいるセシルの長い髪の毛が、パサリと、肩から滑り落ちてきた。
自分の目線がセシルと同じになって、目の前に、サラサラと癖のないセシルの髪の毛がそっと揺れていて、その光景を見ているオスミンが素直に口にした。
「セシルじょうのかみは、とてもきれいですね。ひかりにうつって、キラキラと、とてもきれいです」
「まあ、ありがとうございます」
少し顔を上げ目線を合わせたセシルが、ふふと、笑みを浮かべる。
「セシルじょうは、とてもきれいなれいじょうなのですね」
「まあ、ありがとうございます」
「ぼくは、セシルじょうのように、キラキラとした、とてもきれいなれいじょうは、みたことがありません」
「ふふ。きっと、たくさんお会いなさりますわ」
いや、そんなことはないはずだ。
ギルバートの贔屓目があったとしても、ギルバートにとっては、セシル以上に美しいご令嬢など、見たことがない。
「ほら? できましたわよ。最後の部分は、花の茎の部分を長目にしまして、しっかりと巻き付ければよろしいのですよ」
「うわぁ……! これが、はなかんむりですかっ?」
「ええ、そうです。とても可愛らしいでしょう?」
「はいっ! ははうえのかんむりなのですっ」
「きっと、とてもお喜びになられると思いますわ」
「すごいですっ」
生まれた初めて自作した花冠である。
オスミンの頬が盛り上がり、嬉しさが止められないと、その表情がとても子供らしく素直だった。
「自分で作ったものは、嬉しさもひとしおでございましょう?」
「ひとしお? それはなんですか?」
「もっともっと嬉しくなる、という意味ですわ」
「はいっ。ぼくは、うれしいですっ」