奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「そうですわね。よろしゅうございました。母君様に、お見せになられますか?」
「はいっ。ははうえに、さしあげるんですっ」
ギルバートが少しだけ後ろを振り返り、サッと、手を振った。
すぐに騎士の一人が姿を現し、一礼をする。
「オスミン、ヘルバート伯爵令嬢にお礼を言って、気を付けて帰りなさい」
「はいっ。あの……」
「はい、なんでございましょう?」
「あの……、はなかんむり、ありがとう……。ぼくは、とてもうれしいですっ」
「それはよろしゅうございました」
「それでは、セシルじょう」
「はい。お会いできて光栄でした、オスミン殿下」
ギルバートとセシルに見送られ、騎士の付き添いで、オスミンが嬉しそうに走り去っていく。
まだ幼い王子殿下には、王国も、治世も、世間も、世界も知らなくて、素直な子供らしい世界が広がっている。
だが、すぐに、そのきれいな世界も濁り、暗く染まっていくのが止められなくても、それが王族の責務だったとしても、あんな幼い子供には、他の選択は許されていないのだろう。
「オスミンと遊んでいただいて、ありがとうございました」
「私も楽しかったですわ。花冠を作るなど、久しぶりでしたもの」
「オスミンにとっては、初めての経験でしたね」
それで、ギルバートの眼差しが、オスミンが去っていった方に向けられた。喜んでいたオスミンの様子が嬉しかったような、そして、その幸せな時が――あまりに限られている事実が寂しかったのか、その瞳は遠くを見つめ、そんな複雑な色を映していた。
「花冠を作ったことはございまして?」
「ありません」
「では、挑戦なさったらいかがです?」
くるっと、ギルバートがセシルを振り返った。
「――なるほど。では、私が上手く花冠を作れましたら、受け取ってくださいますか?」
「まあっ! 王子殿下から花冠を頂くなど、最上級の名誉ではございませんこと?」
「では、失敗しないよう、背一杯の努力をいたします」
わざと大真面目に言い切ってみせるギルバートに、ふふと、セシルも笑んだ。
ギルバートが屈んで、先程のオスミンと同じように、芝生に並んで生えている小さな花を摘みだした。
「どうぞ」
「ご令嬢のハンカチを汚してしまいましたね」
「洗えば済むことですわ」
ギルバートはセシルの好意に甘え、摘んだ花をハンカチの上に落とす。
小さな花々だから、花冠となるとかなりの量がいる。
「これは、庭師に怒られてしまいますね」
「後で、きちんと謝っておいた方がよろしいですわよね」
「うーむ、まあ、内緒、ということで?」
内緒にしても、きれいに揃っている芝生の横の小さな花々に、少々、目立つ穴ができたら、誰でも気づいてしまうことだろう。
それから、丁寧に花を摘み終えたギルバートはセシルと共に、ガーデンに置かれていたベンチに腰を下ろし、ギルバートが自分の太腿の上で花を一つ一つ繋げ行く。
その作業も一つ一つ真剣で、王子サマなのに、手が汚れることを嫌がらず、本当に真面目に作業を続けている。
こういうところは、ギルバートは根が真面目な男性だと、セシルも思う。
礼儀正しくあるのは騎士だからで、王子だからそういった躾もされていることだからで、それでも、律儀で真面目だな、と何度か会っただけでも、セシルにはそんな印象が浮かんでいた。
さすがにオスミンほど時間もかからず、ギルバートの方は、かなり大きな輪でもかなり早く作業を終えていた。
「最後は、茎の方を巻き付けるんですよね」
「ええ、そうです。お手伝いいたしましょうか?」
「いえ、たぶん――大丈夫でしょう」
丁寧に、最後の花の部分を茎で留めることに成功したギルバートは、花輪を持ち上げてみた。
「ああ、少し大きかったかもしれませんね」
自分で納得しているギルバートは、真ん中の花を引っ張って離し、それで調節しながらまたくくりつけていく。
それで、長さの余った部分が、後ろに少し垂れている感じだ。
「即席ですが――まあ、後ろのは、飾りだと思ってください。よろしいですか?」
「最高の名誉を頂いた気分ですわ」
はは、とギルバートが笑いながら、少し屈んでくれたセシルの頭の上に、そっと花冠を乗せてみた。
貴族のご令嬢なのに、芝生からとった花で作った花冠を被らされても、セシルは嫌な顔一つしない。
セシルには――ギルバートもオスミンも、花冠を教えてくれるような者が周囲にいなかったことも、いたとしても、花を、直接、触らせてくれなかったであろう状況も、手を汚す作業など、はしたない行為であると叱られる環境も、その全てを簡単に理解していたはずである。
「手が汚れてしまいますから、後で、きちんと洗ってくださいね?」
そんな風に、問題が起きてからでも、それは問題ではないんだよと、ああやってオスミンに教えてくれたのは、このセシルが初めてだったはずだ。
初めから全部を禁止ばかりして、許さないでいては、何もできないままだ。
それなら、起きてしまった事から、学んでできることを探した方が、余程、効率的で生産的だ。
「ああ、花畑から舞い降りた、妖精のお姫様みたいですね。とてもきれいだ」
ギルバートがセシルを見つめながら、嬉しそうに瞳を細めていく。
王国の王子サマなのに、“妖精”を信じているなど、可愛らしいギルバートだ。
「花の匂いが、髪の毛についてしまいますね」
「洗えば済むことですわ」
「そうですか。ありがとうございます」
「お礼は私が申し上げるべきですわ。頭がズシリと重くなりまして、首を動かしてはいけない気分でございます」
「はは。落ちても構いませんよ」
「花冠をありがとうございます」
「いえ。それは私の言葉です。生まれて初めて、花冠を作りました。子供臭いと笑われなく、安堵しております」
「童心に返った、ということにしておきましょう?」
「ええ、そうですね」
だから、ギルバートはセシルに――もうゾッコンなのだ。真っ逆さまに恋に落ちて、セシル以外、もう、誰も見えない。
誰も愛せない。
「よくお似合いです」
それで、あまりに素直なままに、ギルバートの笑顔が顔に浮かんでいた。
「……………………」
さすがに……、これだけの美貌を持つ王子サマから、キラキラと、目に眩しく輝かしいほどの満面の笑みを向けられたら、普通の婦女子など、一発で卒倒ものではないだろうか。
この破壊力……。
きっと、自分では全く自覚なしなのは、疑いようもない。
笑顔の安売りはよくないのでは? ――とは、さすがに、セシルも、それは口に出せない。
そんなこんなで、二人は、随分、穏やかな、のんびりとした午前中を過ごし、密かに大喜びなギルバートの隣で、親切にも、セシルは部屋に戻るまで、花冠をつけたままでいてくれたのだ。
「はいっ。ははうえに、さしあげるんですっ」
ギルバートが少しだけ後ろを振り返り、サッと、手を振った。
すぐに騎士の一人が姿を現し、一礼をする。
「オスミン、ヘルバート伯爵令嬢にお礼を言って、気を付けて帰りなさい」
「はいっ。あの……」
「はい、なんでございましょう?」
「あの……、はなかんむり、ありがとう……。ぼくは、とてもうれしいですっ」
「それはよろしゅうございました」
「それでは、セシルじょう」
「はい。お会いできて光栄でした、オスミン殿下」
ギルバートとセシルに見送られ、騎士の付き添いで、オスミンが嬉しそうに走り去っていく。
まだ幼い王子殿下には、王国も、治世も、世間も、世界も知らなくて、素直な子供らしい世界が広がっている。
だが、すぐに、そのきれいな世界も濁り、暗く染まっていくのが止められなくても、それが王族の責務だったとしても、あんな幼い子供には、他の選択は許されていないのだろう。
「オスミンと遊んでいただいて、ありがとうございました」
「私も楽しかったですわ。花冠を作るなど、久しぶりでしたもの」
「オスミンにとっては、初めての経験でしたね」
それで、ギルバートの眼差しが、オスミンが去っていった方に向けられた。喜んでいたオスミンの様子が嬉しかったような、そして、その幸せな時が――あまりに限られている事実が寂しかったのか、その瞳は遠くを見つめ、そんな複雑な色を映していた。
「花冠を作ったことはございまして?」
「ありません」
「では、挑戦なさったらいかがです?」
くるっと、ギルバートがセシルを振り返った。
「――なるほど。では、私が上手く花冠を作れましたら、受け取ってくださいますか?」
「まあっ! 王子殿下から花冠を頂くなど、最上級の名誉ではございませんこと?」
「では、失敗しないよう、背一杯の努力をいたします」
わざと大真面目に言い切ってみせるギルバートに、ふふと、セシルも笑んだ。
ギルバートが屈んで、先程のオスミンと同じように、芝生に並んで生えている小さな花を摘みだした。
「どうぞ」
「ご令嬢のハンカチを汚してしまいましたね」
「洗えば済むことですわ」
ギルバートはセシルの好意に甘え、摘んだ花をハンカチの上に落とす。
小さな花々だから、花冠となるとかなりの量がいる。
「これは、庭師に怒られてしまいますね」
「後で、きちんと謝っておいた方がよろしいですわよね」
「うーむ、まあ、内緒、ということで?」
内緒にしても、きれいに揃っている芝生の横の小さな花々に、少々、目立つ穴ができたら、誰でも気づいてしまうことだろう。
それから、丁寧に花を摘み終えたギルバートはセシルと共に、ガーデンに置かれていたベンチに腰を下ろし、ギルバートが自分の太腿の上で花を一つ一つ繋げ行く。
その作業も一つ一つ真剣で、王子サマなのに、手が汚れることを嫌がらず、本当に真面目に作業を続けている。
こういうところは、ギルバートは根が真面目な男性だと、セシルも思う。
礼儀正しくあるのは騎士だからで、王子だからそういった躾もされていることだからで、それでも、律儀で真面目だな、と何度か会っただけでも、セシルにはそんな印象が浮かんでいた。
さすがにオスミンほど時間もかからず、ギルバートの方は、かなり大きな輪でもかなり早く作業を終えていた。
「最後は、茎の方を巻き付けるんですよね」
「ええ、そうです。お手伝いいたしましょうか?」
「いえ、たぶん――大丈夫でしょう」
丁寧に、最後の花の部分を茎で留めることに成功したギルバートは、花輪を持ち上げてみた。
「ああ、少し大きかったかもしれませんね」
自分で納得しているギルバートは、真ん中の花を引っ張って離し、それで調節しながらまたくくりつけていく。
それで、長さの余った部分が、後ろに少し垂れている感じだ。
「即席ですが――まあ、後ろのは、飾りだと思ってください。よろしいですか?」
「最高の名誉を頂いた気分ですわ」
はは、とギルバートが笑いながら、少し屈んでくれたセシルの頭の上に、そっと花冠を乗せてみた。
貴族のご令嬢なのに、芝生からとった花で作った花冠を被らされても、セシルは嫌な顔一つしない。
セシルには――ギルバートもオスミンも、花冠を教えてくれるような者が周囲にいなかったことも、いたとしても、花を、直接、触らせてくれなかったであろう状況も、手を汚す作業など、はしたない行為であると叱られる環境も、その全てを簡単に理解していたはずである。
「手が汚れてしまいますから、後で、きちんと洗ってくださいね?」
そんな風に、問題が起きてからでも、それは問題ではないんだよと、ああやってオスミンに教えてくれたのは、このセシルが初めてだったはずだ。
初めから全部を禁止ばかりして、許さないでいては、何もできないままだ。
それなら、起きてしまった事から、学んでできることを探した方が、余程、効率的で生産的だ。
「ああ、花畑から舞い降りた、妖精のお姫様みたいですね。とてもきれいだ」
ギルバートがセシルを見つめながら、嬉しそうに瞳を細めていく。
王国の王子サマなのに、“妖精”を信じているなど、可愛らしいギルバートだ。
「花の匂いが、髪の毛についてしまいますね」
「洗えば済むことですわ」
「そうですか。ありがとうございます」
「お礼は私が申し上げるべきですわ。頭がズシリと重くなりまして、首を動かしてはいけない気分でございます」
「はは。落ちても構いませんよ」
「花冠をありがとうございます」
「いえ。それは私の言葉です。生まれて初めて、花冠を作りました。子供臭いと笑われなく、安堵しております」
「童心に返った、ということにしておきましょう?」
「ええ、そうですね」
だから、ギルバートはセシルに――もうゾッコンなのだ。真っ逆さまに恋に落ちて、セシル以外、もう、誰も見えない。
誰も愛せない。
「よくお似合いです」
それで、あまりに素直なままに、ギルバートの笑顔が顔に浮かんでいた。
「……………………」
さすがに……、これだけの美貌を持つ王子サマから、キラキラと、目に眩しく輝かしいほどの満面の笑みを向けられたら、普通の婦女子など、一発で卒倒ものではないだろうか。
この破壊力……。
きっと、自分では全く自覚なしなのは、疑いようもない。
笑顔の安売りはよくないのでは? ――とは、さすがに、セシルも、それは口に出せない。
そんなこんなで、二人は、随分、穏やかな、のんびりとした午前中を過ごし、密かに大喜びなギルバートの隣で、親切にも、セシルは部屋に戻るまで、花冠をつけたままでいてくれたのだ。