奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 向こうの方から、先程の騎士がすぐに戻って来たようで、大きなパンを抱えて、それをギルバートに手渡していた。

 大きなパンは半分に切られ口が開いていて、その上には――たくさんの、串刺しのお肉が乗っている。

 これは……この時代、この世界でよく見かける、パン式の皿ではないだろうか。

 この時代、この世界、屋台での食事は皿などを出さない場所が多い。皿を出したとしても、すぐにその場で食べて、返却できなければならないからだ。

 安価な紙で包むこともない。まだまだ、紙は高価な代物に分別されているから。

 そうなると、前世(なのか現世) の大昔、中世でも、皿の代わりに、硬い、硬い、パンが出てきたことは有名だ。
 パンが皿代わりになり、その上にお肉などが乗せられているのだ。

 ギルバートの手の中にある串刺しのお肉の皿が、きっと、硬い、硬い、パンなのだろう……。

「こんなものですが、どうぞ」
「では、いただきます」

 串を一つ取り上げて、一口噛んでみる。

 お腹が空いて来た頃だったので、塩味のあるお肉はおいしいものだった。

 ギルバートはパンを自分の膝の上に置き、ギルバート自身も串を一つ取り上げた。

 モグ、とは一切れ口には入れたようだが、すぐに、残念そうに顔がしかめられ、それで、無言で、モグモグと、ギルバートはお肉を食べている。

「……あの、副団長様には、味が合いませんでしたの……?」
「いえ、そんなことはありません……」

 つい、白けた表情が顔に出てしまっていたようだった。

「いえ……、そうではないのですが……。ただ、ご令嬢の領地で食べたお肉は、とても美味(おい)しかったです。豊穣祭で食べた串刺しのお肉も、とても美味(おい)しかったです」
「まあっ……」

 まさか、ギルバートが今食べたお肉と、領地で食べたお肉を比べていたなど、セシルも思いもよらなかった。

「炭火で焼かれていて、お肉が美味(おい)しかったです。クリストフと一緒に、あのような味付けがあったお肉は初めて食べました……」

 それで、もうあのお肉を食べられない事実に、しょんぼりと残念がっているのだ。
 まるで、お預けをくらった子犬が、しょんぼりと落ち込んでいるかの様相だ。

 くすくすと、つい、セシルの口元から笑いが漏れてしまった。

「炭火で焼くから、おいしくなっているのです」
「そうなのですか?」
「ええ、そうです。炭火効果で、外はカリッと、中はふわっと焼き上がるのです」

 遠赤外線と近赤外線の効果だ。
 だから、外は水分を含まずカリカリと焼き上がる。中は、ふわっとジューシーに。

 ああ、日本の焼き鳥が思い出されてしまう……!

「炭火で焼いている間、お肉の油が垂れ、炭の上に落ちてしまいます。それが、煙となり、お肉を燻煙(くんえん)する形になり、更に味が深まるのですよ」
「そのような技術が……。あのような美味しいお肉は、初めて食べました……」

 そして、更に残念そうに落ち込んで行くギルバートだ。

「もっと食べられないのが、非常に、残念です……」

 ()()()、とまで強調してくれるなんて、セシルの領地での食事も、ギルバートは大層気に入ってくれたようである。

「味付けがしてあって……」
「お肉に味が染み込んでいて、ジューシーでおいしいものでしょう?」
「はい」

 そして、あまりに素直に、大真面目に返事をするギルバートだ。

「あれは、マリネードと言う方法で、ソースや、果実の汁、またはハーブなどにお肉を付け込んでおく方法なのです。そのソースの種類などによっても、硬いお肉を分解する効果がありまして、数時間程漬けておきますと、舌がとろけるほどに柔らかくなることもあるのですよ」

「なるほど」

「それに、数時間も漬けておきますと、ソースなどがお肉に染み込み、焼き上がったお肉にも味が染み込んでいて、とてもおいしいものです」

 それで、領地では“串刺しのお肉”という感じで紹介されているが、実は、焼き鳥にかなり近い食事を提供している。

 セシルの領地ではお醤油はないから、ハーブやら、塩・こしょう、または、果実の汁を混ぜたトマトソースなど、少々、西洋っぽい焼き鳥にはなってしまっているが。

 確かに、今もらったランチの串刺しお肉は、焚火(たきび)で直に焼いたものだろう。だから、外側が少しドライになっている。

 中身が焼けるまで焼き過ぎて、中側も水分が抜けている感じだった。

 それでも、セシルはお腹が空きだしていたので、少し乾いたお肉を食べていると思えば、問題はない。

薪木(まきぎ)などの直火でお肉を焼く場合、やはり、中まで火が通るように、少し時間をかけてしまうと思うのです。その間に、外側はかなりドライになってしまうのかもしれませんわ」
「そう、かもしれませんね……」

 そして、はあぁ……と、かなりやるせなさそうに、ギルバートが長い溜息(ためいき)をこぼす。

「残念です……。あのお肉は、とても美味しかったですから……」
「そのような好評を聞けて、私も嬉しく思います」

「ご令嬢の領地の食事は、どれもこれも、全て美味しいものでした。ご令嬢の手が加わっているからだと、お聞きしましたが、だからこそ、食べたことのない料理でも、とても美味しかったです」

「私の趣味です。おいしいものを食べられることは、とても幸せなことですもの」
「本当に、ご令嬢がおっしゃる通りです……」

 まさか、このギルバートが、料理一つのことで、ここまで恋しくなってしまうなど、誰が想像できようか。

 生まれた時から王子で、食事など、最高級のものばかりが出されて育って来た。
 最高級の材料で、最高級の料理人が料理して、最高級の料理が出されてきたはずだ。

 それなのに、セシルの領地で食べた、珍しい料理ばかりが思い出されて、あの味が恋しいなぁ……と、お腹が空いてしまうと、つい、考えてしまうことになるとは。

「あぁ……、せめて、あの中の一品だけでも、誰かが作ってくれたのなら……」
「そのようにおっしゃっていただいて、私も嬉しく思います。ですが、今日のランチ、私はおいしくいただいております」
「そうですか?」

 それで、あからさまな猜疑の眼差しだ。
 そこまで疑わしく考えなくてもいいのに。

「はい。お腹が空いてきましたし、塩味がきいていて、おいしいものです」
「そうですか? ご令嬢の領地とは比べ物にならないと思いますが」

「ご飯は勝ち負けではありませんもの。お腹が空いた時に食べられるものは、なんでもおいしいものですし、それに、こういう味付けも嫌いではありません」

 お世辞で言ってくれたのかもしれないが、セシルは屋台で買って来たただの串刺しのお肉でも文句は言わず、そして、嬉しそうに食べてくれている。

 ほっこりと、ギルバートも嬉しくなって、ランチを終わらせていた。


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