奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「せっかくの、ロマンチックとなる機会に、こぶ付きのデートですか?」
「ロマンチックって……」
セシルを迎えに行く前に、あまりに白けた様子でクリストフが指摘して来た。
「昼間も、護衛というこぶ付きでしたが、夜もこぶ付きですか?」
「オスミンの約束の方が先だっただけだ……」
別に、ギルバートは意図して、オスミン付きの――デートなど、考えたわけではない。
ただ、丁度良い機会だから、セシルも一緒に誘ったのだ。
だから、少しだけ、夜もセシルと一緒にいられることになったのだ。
「せっかく二人きりになるチャンスですのに」
「二人きりって……。護衛がついてくるのだから、二人きりにはならないだろう?」
「いえ、私は藪の中にでも身を隠し、気配を殺し、絶対に姿を出しません」
「そこまでしなくてもいい」
そこまでのロマンチックな状況じゃないのだ。
大袈裟にし過ぎだ……。
「ですが、せっかくのデートですよ」
「デートって……」
一緒に観光することはできたが、あれは、デートと言わないはずだ。
セシルの“おもてなし計画”の一つで、多大な恩を受けて、その恩返しでもある。
「未婚の令嬢が未婚の男性と一緒に行動し、公共の場で落ち合い、公共の施設などを訪れ、一緒に食事をし、一緒の時間を満喫する。デート、以外にあるのですか?」
「……そういう、定義なのか?」
「そうです」
クリストフは、一体、どこからそんな定義を身に着けて来たのか、あまりに怪しいものである。
「デート中に、手を繋ぐことはできませんでしたが、一緒の時間は過ごせたでありませんか」
「手を繋ぐって……、できるわけがないだろうが、そんなこと」
「えぇえ。まだまだ親密な関係ではございませんからね」
まだ、夜会に招待したばかりではないか。
誰が、親密な関係、になどなれるものか。
「ですから、今夜はチャンスです」
「無理だって」
「そうですね」
その答えが分かっていながら、ギルバートをけしかけるなど、一体、どういう性格をしているのか。
「私は、ご令嬢と一緒にいられるのなら、今はそれでいいんだ」
「純愛、ですねえ」
「うるさいぞ」
まだ、始まったばかりではないか。
だから、今から二年の猶予なのだ。
最初から、たくさんのことなど望めなくても、今は、まず、最初の一歩は踏み出せた。手に入れた。
「ですが、まあ、嫌がられずに、一緒に行動してくださっていますからね。今は、それで良しとしましょう」
「うるさいぞ」
「せっかくのデートなのですから、もう少しデートらしい格好に着替え、貴公子として出迎えに行くべきではないのですか?」
「クリストフ、お前は、今夜、私についてくるな」
「それは無理です」
なにしろ、クリストフはギルバートの唯一の付き人で、腹心なのだ。
ギルバートの護衛は、クリストフの責任と任務だ。
はあぁ……と、ギルバートがうるさそうに溜息をこぼした。
「クリストフ、お前は私を応援しているのか? それとも、ただ単に、からかっているのか?」
「両方です」
そして、そこら辺の秘密を全く隠そうとしないクリストフに、ギルバートも脱力している。
「もう、いい。それ以上、その話を持ち込むな」
「ご命令とあれば」
「命令だ」
「左様で」
クリストフの相手をしていたら疲れるだけなので、ギルバートはクリストフを無視し、その夜、セシルを迎えに行っていた。
オスミンも一緒に連れて。
ガーデンに進むと、すでに、ガーデンパスの両端に、小さなロウソクが灯されていた。
ユラユラと揺れる、儚い灯りが当たりを灯し、その光に反射して、大理石のタイルに埋められた色取り取りの宝石が、夜の暗闇にもキラキラと浮かび上がっていた。
その光景を見たオスミンは大喜びで、駆け出していく。
ゆっくりと隣を歩くセシルは、色取り取りの宝石の輝きが浮かぶその幻想的な空間で、素直に感動しているようだった。
黒地の長いコートをまとい、薄暗がりの周囲に溶け込んでいってしまいそうな雰囲気の中、セシルの癖のない銀髪だけが、ロウソクの灯りに反射して輝いていた。
空気が冷え込み、すっきりと浮かぶ月の灯りが優しく落ち、時たま、話の合間にギルバートを振り向くセシルの白い顔と、深い藍の瞳が神秘的で、たとえ二人きりではなくても、セシルといられるその静かな時が、ギルバートにとっては何にも代えがたい時間だった。
(やはり、ご令嬢には宵闇が似合う……)
昼間のセシルだって美しくて、生き生きと活気があって、見ているだけで嬉しくなり、目が離せない。
でも――
暗がりが落ちる夜では、セシルの儚げな様相が強調され、闇に溶け込んでいってしまいそうなのに、それでも、その美しい存在感が際立ってしまうような、そして、決して触れてはいけないような、神秘的な雰囲気が、ギルバートの息を奪ってしまう。
手を伸ばして触れてはいけないような、それでいて、伸ばさずにはいられないような、狂わしいほどの色香に魅せられてしまいそうだった。
宝石の光の中に浮かぶ、唯一、その輝きを失わない宝玉。
呼吸を奪われるほど、あまりに美しいものだった……。
「今日は、副団長様に、一日中、お付き合いしていただきまして、本当にありがとうございます」
「いいえ。――そのお礼は、私の言葉です……」
こんなにも近く、愛おしいセシルの側にずっと一緒にいられたのだから――
「ロマンチックって……」
セシルを迎えに行く前に、あまりに白けた様子でクリストフが指摘して来た。
「昼間も、護衛というこぶ付きでしたが、夜もこぶ付きですか?」
「オスミンの約束の方が先だっただけだ……」
別に、ギルバートは意図して、オスミン付きの――デートなど、考えたわけではない。
ただ、丁度良い機会だから、セシルも一緒に誘ったのだ。
だから、少しだけ、夜もセシルと一緒にいられることになったのだ。
「せっかく二人きりになるチャンスですのに」
「二人きりって……。護衛がついてくるのだから、二人きりにはならないだろう?」
「いえ、私は藪の中にでも身を隠し、気配を殺し、絶対に姿を出しません」
「そこまでしなくてもいい」
そこまでのロマンチックな状況じゃないのだ。
大袈裟にし過ぎだ……。
「ですが、せっかくのデートですよ」
「デートって……」
一緒に観光することはできたが、あれは、デートと言わないはずだ。
セシルの“おもてなし計画”の一つで、多大な恩を受けて、その恩返しでもある。
「未婚の令嬢が未婚の男性と一緒に行動し、公共の場で落ち合い、公共の施設などを訪れ、一緒に食事をし、一緒の時間を満喫する。デート、以外にあるのですか?」
「……そういう、定義なのか?」
「そうです」
クリストフは、一体、どこからそんな定義を身に着けて来たのか、あまりに怪しいものである。
「デート中に、手を繋ぐことはできませんでしたが、一緒の時間は過ごせたでありませんか」
「手を繋ぐって……、できるわけがないだろうが、そんなこと」
「えぇえ。まだまだ親密な関係ではございませんからね」
まだ、夜会に招待したばかりではないか。
誰が、親密な関係、になどなれるものか。
「ですから、今夜はチャンスです」
「無理だって」
「そうですね」
その答えが分かっていながら、ギルバートをけしかけるなど、一体、どういう性格をしているのか。
「私は、ご令嬢と一緒にいられるのなら、今はそれでいいんだ」
「純愛、ですねえ」
「うるさいぞ」
まだ、始まったばかりではないか。
だから、今から二年の猶予なのだ。
最初から、たくさんのことなど望めなくても、今は、まず、最初の一歩は踏み出せた。手に入れた。
「ですが、まあ、嫌がられずに、一緒に行動してくださっていますからね。今は、それで良しとしましょう」
「うるさいぞ」
「せっかくのデートなのですから、もう少しデートらしい格好に着替え、貴公子として出迎えに行くべきではないのですか?」
「クリストフ、お前は、今夜、私についてくるな」
「それは無理です」
なにしろ、クリストフはギルバートの唯一の付き人で、腹心なのだ。
ギルバートの護衛は、クリストフの責任と任務だ。
はあぁ……と、ギルバートがうるさそうに溜息をこぼした。
「クリストフ、お前は私を応援しているのか? それとも、ただ単に、からかっているのか?」
「両方です」
そして、そこら辺の秘密を全く隠そうとしないクリストフに、ギルバートも脱力している。
「もう、いい。それ以上、その話を持ち込むな」
「ご命令とあれば」
「命令だ」
「左様で」
クリストフの相手をしていたら疲れるだけなので、ギルバートはクリストフを無視し、その夜、セシルを迎えに行っていた。
オスミンも一緒に連れて。
ガーデンに進むと、すでに、ガーデンパスの両端に、小さなロウソクが灯されていた。
ユラユラと揺れる、儚い灯りが当たりを灯し、その光に反射して、大理石のタイルに埋められた色取り取りの宝石が、夜の暗闇にもキラキラと浮かび上がっていた。
その光景を見たオスミンは大喜びで、駆け出していく。
ゆっくりと隣を歩くセシルは、色取り取りの宝石の輝きが浮かぶその幻想的な空間で、素直に感動しているようだった。
黒地の長いコートをまとい、薄暗がりの周囲に溶け込んでいってしまいそうな雰囲気の中、セシルの癖のない銀髪だけが、ロウソクの灯りに反射して輝いていた。
空気が冷え込み、すっきりと浮かぶ月の灯りが優しく落ち、時たま、話の合間にギルバートを振り向くセシルの白い顔と、深い藍の瞳が神秘的で、たとえ二人きりではなくても、セシルといられるその静かな時が、ギルバートにとっては何にも代えがたい時間だった。
(やはり、ご令嬢には宵闇が似合う……)
昼間のセシルだって美しくて、生き生きと活気があって、見ているだけで嬉しくなり、目が離せない。
でも――
暗がりが落ちる夜では、セシルの儚げな様相が強調され、闇に溶け込んでいってしまいそうなのに、それでも、その美しい存在感が際立ってしまうような、そして、決して触れてはいけないような、神秘的な雰囲気が、ギルバートの息を奪ってしまう。
手を伸ばして触れてはいけないような、それでいて、伸ばさずにはいられないような、狂わしいほどの色香に魅せられてしまいそうだった。
宝石の光の中に浮かぶ、唯一、その輝きを失わない宝玉。
呼吸を奪われるほど、あまりに美しいものだった……。
「今日は、副団長様に、一日中、お付き合いしていただきまして、本当にありがとうございます」
「いいえ。――そのお礼は、私の言葉です……」
こんなにも近く、愛おしいセシルの側にずっと一緒にいられたのだから――