奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

* Б.в お茶会もこりごりです…… *

「お茶会はいかがですか?」


 その一言が出て来て、一瞬だったが――一拍の間が降りていた。

 ギルバートの方も、(慎重に)セシルの反応を見やっているようだった。

「王妃は、先のブレッカでの戦と夜会での事件に、他国からのご令嬢であるヘルバート伯爵令嬢を巻き込んでしまったことを、心苦しく思われておられ、その謝罪とお礼として、お茶会などいかがと、ヘルバート伯爵令嬢を招待したいとおっしゃられました」

「そのようなご厚意を賜りまして、とても光栄に存じます」

 でも、国王陛下からも、そういう理由で、夜会に招待してもらったはずだ(セシルは一度として頼んだ覚えはないが)。

 まさか、王妃までも、同じ理由で、セシルを呼び出してくるなど――さすがに、予想外の展開である。

 もう……謝罪も、お礼もいらないから、セシルを放っておいて欲しいのにぃ…………。

「お茶会は、正式な堅苦しいものではないそうですので、あまり気を張ることもなく、参加してもらえたら、と――」
「そうでしたか。王妃陛下に、そのようなご厚情を賜り、とても嬉しく思います」

 セシルは王妃であるアデラから、直接、お茶会の招待を受けてしまったのだ。

 正式な堅苦しいものではありませんから――の言葉がどれだけ通用するのか、全くもって疑わしい状況で、これはもう――断る以前の前に、「断る選択なし!」で、強制参加なのでは……。

 王妃直々のお誘いに、他国のただの伯爵令嬢であるセシルが、文句を言えるはずもなし。

 おまけに、今は王国のゲストとして、王宮にいさせてもらっている立場だ。


(ああぁ……、どうして、この状況に…………)


 セシルは口元に穏やかな笑みを(一応)浮かべたまま、その笑みが――固まっている。

 その表情に気付いているのは――セシルのお傍付きの侍女である、オルガくらいだろう。

 ああ……、敬愛するマイレディーのお顔が引きつっていらっしゃる……顔に張り付いた固まった笑みを見やりながら、オルガも少々同情を見せてしまう。

 その同情だけでは問題解決にもならず、拒否権もないセシルはまたしても、(嫌々に)王族の集まりに参加する羽目になってしまったのだった。

「王妃陛下のお心遣い、とても嬉しく思います。是非、参加させてくださいませ」

 本心とは全く違う言葉を出すなど、本当にストレスが溜まるものだ。

 しばらく、そんな「おほほほ」の芸当をしなくて済んだと、喜んでいたのも束の間。

 まさか、隣国のアトレシア大王国で、社交術を(強制的に)お披露目する羽目になるとは……。
 とほほほ……である。

「そのように、王妃にお伝え致します。では――2時に、こちらへお迎えに上がりますので」
「わかりました。ありがとうございます」

 そして、口元を描く緩やかで穏やかな笑みは崩れない。
 その顔を見ている限りは、セシルは穏やかで儚げな麗しいご令嬢である。

 だが――その口に出されない雰囲気が――嫌そうな雰囲気がありありと出ているのは、絶対に、ギルバートの気のせいではないだろう。

 王妃、直々で声がかかる令嬢など、滅多にいない。

 それで、王妃の個人的なお茶会に参加できるとなれば、なにを差し置いても、お茶会を優先し、王妃に好印象を与えられるよう、準備に余念がないはずだ。

 それは、普通の貴族の令嬢の行動だと言える。

 だが、穏やかな笑みが崩れないセシルの――背後から、もう、さっさとトンズラしたい――などという気配を感じてしまっているのは、本当に、ギルバートだけの気のせいではないはずだ。

 これだけ、王族に近寄られることを忌避するご令嬢など――セシルだけではないだろうか。

 だが、今回だけは、王妃であるアデラから、「おほほほ」の(たお)やかさで、忠告されてしまっただけに、ギルバートも下手に牽制などできない。


「独り占めはいけませんわよ。後々の為になりませんもの」


 おほほほほほ、だ。

 それで、仕方なく、ギルバートも、王妃であるアデラの要求を呑むことにしたのだ。

 嫌がっているセシルには、申し訳ないが……。

 ギルバートが部屋を立ち去り、まだ笑顔を口元にはりつけているセシルが――はあぁ……と、嫌そうに溜息をこぼしていた。

「イベントが盛り通しですね、マイレディー」

 中央の長椅子に陣取り、せっせと仕事を済ませているフィロは、特別、セシルの方を向いているのでもなく、ただ、淡々とそれを口にする。

 今のはただのコメントだったのか、皮肉だったのか、もう――今のセシルには、どうでも良いのだったが……。

「では、デイドレスを用意いたしますね」
「ええ、そうしてね」

 別に必要ないだろうとは思ってはいても(望んではいても)、一週間も王宮にいる為に、一応、どこそこの催しに引っ張り出されてもいいように、(ものすごく嫌々に)一応、セシルだってドレスの替えくらいは用意してきたのだ。

 昼食を終えたら、今日もセシルは、貴族の令嬢に見えるように、“お着替えごっこ”である。

 はあぁ…………。

 そして、その長い溜息は、長い息が連なって、どこまでも長く吐きだされていた。


* * *


 ギルバートに連れられてやって来たのは、午後の日差しがサンサンと眩しく入り込むほど明るく、花がたくさん飾られ、豪奢と言うよりも、キラキラと華やかな、それでいて女性が好みそうな、柔らかな雰囲気のあるパーラーだった。

 王妃アデラはもう先にやってきたようで、(たお)やかな微笑を口元に浮かべ、やって来るセシルを見やっていた。

「王妃、伯爵令嬢をお連れ致しました」
「ありがとう、ギルバートさん」

 そして、そのにこやかな笑顔が伝えている。

 さあ、お役目は終わりましたので、どうぞ消えてください――と。

 その口に出されない暗黙の圧を()()()()()感じたギルバートは、内心で溜息をこぼしながら、セシルにも挨拶を済ます。

「では、後程、迎えに参りますので」
「ありがとうございます」

 ギルバートがゆっくりとその場を離れていく気配を確認し、セシルは王妃アデラに向き直る。
 デイドレスのスカートの裾を摘み、深いお辞儀をした。

「今日は、お茶会にお誘いいただきまして、光栄にございます」
「今日は、堅苦しい集まりではありませんわ。そのように、畏まらないでください」

 そんなことを言われても、王国の王妃サマを目の前に、失礼だろうと粗相だろうと、働けるはずもない。

「人払いもしてありますのよ。さあ、顔を上げてくださいね」
「はい」

 普段なら、付き人の侍女が何人も揃っていてもおかしくはないはずなのに、パーラーにやって来たセシルも、王妃が一人きりでいる珍しい状況をすぐに気が付いていた。

「さあ、どうぞ、掛けてくださいませ」
「ありがとうございます」

 椅子を引いてエスコートしてくれる執事も、侍従もいない。

 なるほど。
 本当に、今回は、二人きりの計らいらしい。

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