奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
長い話を聞き終えて、アルデーラの手が、そっと、アデラの頬を包み込む。
「アデラ」
「はい、アルデーラ様」
国王践祚、即位を終えてからは、いつも、「陛下」 と呼ぶようになっていたアデラが、こうやって自分の名前を呼んだのは、久しぶりだ。
ほんの数か月もしないで、自分の名を呼ばれたことが嬉しいとは、おかしな話だ。
「陛下」 は、もう、誰しもが使う呼び名なのに。
すすっと、アルデーラの指が愛おし気にアデラの頬を撫でていく。
「この私室にいる限り、誰一人、邪魔をしないように言いつけておこう。ここは、私達の私室だ。プライベートだから、誰一人、近寄らせるつもりはない」
「アルデーラ様……」
感激したように、アデラの瞳が潤んで、アデラが嬉しそうに瞳を細めていく。
ああ、こんな風に素直に笑っている顔を見たのは、いつぶりだったろうか。
子供の時は、まだ、世界も、王国も、民も、なにもかもが遠くて、自分達には、(隔離された場であろうと)子供だけの時間があった。
素直に笑っていた時間があった。
心も、感情も、考えも、なにもかもを隠して、ポーカーフェイスを身に着けるまでは。
「アデラ、私は危険と判断したのなら、躊躇なく、君も、そして、子供達も監禁することを厭わない。それで、ひどいと罵られても、私は絶対に君たちを護り通す。それは、絶対に引けない私の根幹だ」
「はい……」
「だが、危険だから、と事実だけを押し付けることはしないと約束しよう。全てを話せることはできないかもしれない。それでも、アデラ、君にだけは、真実を隠すことはしない。そう、これから、私も、私の態度を変えるよう努力するつもりだ」
「アルデーラ様……っ……!」
「簡単な道のりではないだろう。だから、アデラ、君を悲しませてしまうこともあるだろう。きっと避けられないことだから。辛い思いをさせてしまうこともあるだろう。顔を背け、見たくないことも、見せなければならないかもしれない。それでも、私と共に居続ける、いてくれると言うのなら、私は私のできることを全てしてでも、それ以上のことをしてでも、誰よりも大切にすると誓う。私に降りかかる厄災も困難も、一緒に、背負っていってくれるか?」
「アルデーラ様……っ……!」
感極まって、両手で顔を押さえたアデラが、泣き出してしまった。
「…………アルデーラ様……。わたくしは……、わたくしには……アルデーラ様のお力になって、できることはないのかもしれません……。頼られるほどの力も、ございません……。ですが……、わたくしは、もう、幼い時よりずっと、アルデーラ様の婚約者として、アルデーラ様の進まれる茨の道を、ずっと追いかけていこうと、決めておりました……」
だって――あなたはおっしゃって下さったんですもの。
「大丈夫、僕が絶対に護るから。護るから――ごめんね」……って……。
まだ幼い子供だったのに。その覚悟と決意を見せつけて――
「なにもかもを一人きりで背負われて、それなのに、わたくしには、いつも優しくしてくださったアルデーラ様だから、わたくしは、ずっと追いかけていこうと、決めておりました……」
「追いかけるのはダメだ」
「えっ……?!」
「一緒に、進んで行く――だ」
「あっ……」
はしたなくも、アデラの瞳から、ポロポロと、涙が流れ落ちてくる。
そっと、親指でその涙を拭っていくアルデーラの唇が、アデラの額に届き、
「一日に一度、必ず、この時間は、私達二人だけの時間だ。たとえ、毎日が多忙であっても、本当に特別な理由がない限り、この時間は、二人だけの時間になるよう、それは、もう、私達の決め事としよう」
「はい……」
「二人だけの時は――私は、私だ」
「アルデーラ様は、アルデーラ様です……。わたくしも、ただ一人の女です」
「ああ、そうだ」
「アルデーラ様……、わたくしは、アルデーラ様と共に進んで行けるよう、努力いたします。追いつけるよう――」
「追い付かなくていい。一緒に進んで行くのだから」
「はい……」
まだ、アデラの瞳から涙が流れ落ち頬を濡らしていたが、アルデーラはそんな様子を気にもせず、アデラを胸の中に抱き入れていた。
アデラも腕を伸ばし、アルデーラに抱き着いてくる。
「わたくしの……心が折れ、くじけそうになりましたら、叱り飛ばしてくださいませ……。わたくしが……、アルデーラ様と共に、一緒に進めるように、叱咤してくだいさませ……」
「心が折れる前にさっさと問題解決しろ、と言われるだろう」
「まあっ……! ――ふふふ……」
アルデーラの腕の中で、おかしそうにアデラが笑う。
「アデラ……、愛している」
抱きしめているアルデーラから、愛おしそうな、溜息を吐き出すような、それ以上の甘くしびれるほどの熱い囁きが、アデラの耳に注がれた。
「……っ……! ――あぁ……、アルデーラ様……。わたくしも、アルデーラ様を、愛しております……」
ただの伯爵家令嬢なのに、なぜか、その存在感は、いつも衝撃が残るほど、記憶に爪痕を残す。
唖然とするのも、愕然とするのも、嵐が吹き抜けていった全て後のことで、嵐に巻き込まれていたのか、傍観していたのかさえも区別がつかないまま、残された場で、呆然といなくなった姿と残像を探しても、視界の前にはもういない。
なのに、記憶にくっきりとつけられた爪痕が思い出されて、その度に、誰もがあの心に惹き付けられてしまう。
惹き寄せられてしまう。
生き抜いて、最後まで生き延びる。
この時世、そんな信念は、到底、簡単にやりとげられるものではないかもしれないのに、決して怯まない。決して諦めない。
そう足搔いている時間さえも、それが生きている証であるかのように、それも“幸せ”であるかのように、ただ全てを受け止めて、そして前に進んで行くだけだ。
それが、彼女の“強さ”だった。
他人を動かすその求心力。
そして、何より、どんな時でも、どんな場でも、決して折れない信念をもって、その信念を貫き通すだけの行動力をみせつける。
それは――まさに、天賦の才、というものではないだろうか。
さすがに――アルデーラだって、完敗、で白旗を上げるつもりはないが、今夜のところは、素直に認めざるを得ない。
そう、アルデーラ達には、味方が必要なのだ。
そして、その味方は、あのセシル以外、決して他ならないのだ――――
「アデラ」
「はい、アルデーラ様」
国王践祚、即位を終えてからは、いつも、「陛下」 と呼ぶようになっていたアデラが、こうやって自分の名前を呼んだのは、久しぶりだ。
ほんの数か月もしないで、自分の名を呼ばれたことが嬉しいとは、おかしな話だ。
「陛下」 は、もう、誰しもが使う呼び名なのに。
すすっと、アルデーラの指が愛おし気にアデラの頬を撫でていく。
「この私室にいる限り、誰一人、邪魔をしないように言いつけておこう。ここは、私達の私室だ。プライベートだから、誰一人、近寄らせるつもりはない」
「アルデーラ様……」
感激したように、アデラの瞳が潤んで、アデラが嬉しそうに瞳を細めていく。
ああ、こんな風に素直に笑っている顔を見たのは、いつぶりだったろうか。
子供の時は、まだ、世界も、王国も、民も、なにもかもが遠くて、自分達には、(隔離された場であろうと)子供だけの時間があった。
素直に笑っていた時間があった。
心も、感情も、考えも、なにもかもを隠して、ポーカーフェイスを身に着けるまでは。
「アデラ、私は危険と判断したのなら、躊躇なく、君も、そして、子供達も監禁することを厭わない。それで、ひどいと罵られても、私は絶対に君たちを護り通す。それは、絶対に引けない私の根幹だ」
「はい……」
「だが、危険だから、と事実だけを押し付けることはしないと約束しよう。全てを話せることはできないかもしれない。それでも、アデラ、君にだけは、真実を隠すことはしない。そう、これから、私も、私の態度を変えるよう努力するつもりだ」
「アルデーラ様……っ……!」
「簡単な道のりではないだろう。だから、アデラ、君を悲しませてしまうこともあるだろう。きっと避けられないことだから。辛い思いをさせてしまうこともあるだろう。顔を背け、見たくないことも、見せなければならないかもしれない。それでも、私と共に居続ける、いてくれると言うのなら、私は私のできることを全てしてでも、それ以上のことをしてでも、誰よりも大切にすると誓う。私に降りかかる厄災も困難も、一緒に、背負っていってくれるか?」
「アルデーラ様……っ……!」
感極まって、両手で顔を押さえたアデラが、泣き出してしまった。
「…………アルデーラ様……。わたくしは……、わたくしには……アルデーラ様のお力になって、できることはないのかもしれません……。頼られるほどの力も、ございません……。ですが……、わたくしは、もう、幼い時よりずっと、アルデーラ様の婚約者として、アルデーラ様の進まれる茨の道を、ずっと追いかけていこうと、決めておりました……」
だって――あなたはおっしゃって下さったんですもの。
「大丈夫、僕が絶対に護るから。護るから――ごめんね」……って……。
まだ幼い子供だったのに。その覚悟と決意を見せつけて――
「なにもかもを一人きりで背負われて、それなのに、わたくしには、いつも優しくしてくださったアルデーラ様だから、わたくしは、ずっと追いかけていこうと、決めておりました……」
「追いかけるのはダメだ」
「えっ……?!」
「一緒に、進んで行く――だ」
「あっ……」
はしたなくも、アデラの瞳から、ポロポロと、涙が流れ落ちてくる。
そっと、親指でその涙を拭っていくアルデーラの唇が、アデラの額に届き、
「一日に一度、必ず、この時間は、私達二人だけの時間だ。たとえ、毎日が多忙であっても、本当に特別な理由がない限り、この時間は、二人だけの時間になるよう、それは、もう、私達の決め事としよう」
「はい……」
「二人だけの時は――私は、私だ」
「アルデーラ様は、アルデーラ様です……。わたくしも、ただ一人の女です」
「ああ、そうだ」
「アルデーラ様……、わたくしは、アルデーラ様と共に進んで行けるよう、努力いたします。追いつけるよう――」
「追い付かなくていい。一緒に進んで行くのだから」
「はい……」
まだ、アデラの瞳から涙が流れ落ち頬を濡らしていたが、アルデーラはそんな様子を気にもせず、アデラを胸の中に抱き入れていた。
アデラも腕を伸ばし、アルデーラに抱き着いてくる。
「わたくしの……心が折れ、くじけそうになりましたら、叱り飛ばしてくださいませ……。わたくしが……、アルデーラ様と共に、一緒に進めるように、叱咤してくだいさませ……」
「心が折れる前にさっさと問題解決しろ、と言われるだろう」
「まあっ……! ――ふふふ……」
アルデーラの腕の中で、おかしそうにアデラが笑う。
「アデラ……、愛している」
抱きしめているアルデーラから、愛おしそうな、溜息を吐き出すような、それ以上の甘くしびれるほどの熱い囁きが、アデラの耳に注がれた。
「……っ……! ――あぁ……、アルデーラ様……。わたくしも、アルデーラ様を、愛しております……」
ただの伯爵家令嬢なのに、なぜか、その存在感は、いつも衝撃が残るほど、記憶に爪痕を残す。
唖然とするのも、愕然とするのも、嵐が吹き抜けていった全て後のことで、嵐に巻き込まれていたのか、傍観していたのかさえも区別がつかないまま、残された場で、呆然といなくなった姿と残像を探しても、視界の前にはもういない。
なのに、記憶にくっきりとつけられた爪痕が思い出されて、その度に、誰もがあの心に惹き付けられてしまう。
惹き寄せられてしまう。
生き抜いて、最後まで生き延びる。
この時世、そんな信念は、到底、簡単にやりとげられるものではないかもしれないのに、決して怯まない。決して諦めない。
そう足搔いている時間さえも、それが生きている証であるかのように、それも“幸せ”であるかのように、ただ全てを受け止めて、そして前に進んで行くだけだ。
それが、彼女の“強さ”だった。
他人を動かすその求心力。
そして、何より、どんな時でも、どんな場でも、決して折れない信念をもって、その信念を貫き通すだけの行動力をみせつける。
それは――まさに、天賦の才、というものではないだろうか。
さすがに――アルデーラだって、完敗、で白旗を上げるつもりはないが、今夜のところは、素直に認めざるを得ない。
そう、アルデーラ達には、味方が必要なのだ。
そして、その味方は、あのセシル以外、決して他ならないのだ――――