奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「無事でなによりです」
「我々は、大丈夫です。ほとんど、後方で支援をしている真似をしていただけですので」

「そうですか。それで、部族連合は?」
「領門の前で陣取って、こう――言ってはなんですが、王国軍の兵士達を嘲笑(ちょうしょう)し、愚弄しながら、蹂躙(じゅうりん)しているようで――」

蹂躙(じゅうりん)? なぜそう思ったのです?」
「兵士の山に、無謀に騎馬で飛び込んで来たかと思えば、その場から陣を拡大していく様子でもなく、騎馬の周囲にいる兵士達を馬の足で蹴り飛ばしていき、王国軍側は――兵列がなっていませんので、それで、一気になぎ倒されています」

 はあ……と、セシルも嫌そうに溜息をつく。

「兵士の無駄死にですね」
「そうですね。それで、また(あお)るように王国軍に近寄って来ては、パニックで動き出した兵士達を、今度は後ろの兵士達が殲滅(せんめつ)していく、というようなことをずっと続けていたのです」

「妙ですね……」
「はい。効率的な戦法とは言えませんね」

 イシュトールだって、元は、ノーウッド王国の国軍の兵士だった。セシルに勧誘される前までは、国境側で、戦にも参戦することがよくあったのだ。

 なのに、今回の侵略戦争は、なんだか殺し合い――というよりも、こう、味気の悪いものを食べて、苦々しい感じが残るような、不燃焼のような、そんな嫌らしい戦い方のように思えてならなかったのだ。

「今日は、この駐屯地から出ることは無理でしょうね」
「そうだと思います」
「わかりました。では、この状態で待機を。交代で、また仮眠を取るように。夜も長くなるかもしれませんから」

 その日はただ待機している状態でも、張り詰めた緊張が続くだけでは、子供達だって、精神的に疲弊してしまう。
 だから、体力温存の為にも、精神的な切り替えの為にも、仮眠は重要だったのだ。

 翌日、状況の変化が、いきなりやって来た。

 また、駐屯地が騒がしくなり、様子を確認させにいっていたリアーガとジャールが戻ってくると、あまりに奇妙な報告を聞くことになる。

「部族連合が撤退したぜ」
「撤退? 今この時点で? 全軍ですか?」

「そう。なんでも、兵士達が言うには、気が着いたら数が減っていたな、と思い始めたら、そのまま、全騎が撤退したらしい」

「なぜです?」
「さあな。でも、国境側の領門は、部族連合の奴らがしっかりと壊していったようだ」

 それを聞いて、セシルが更に考え込む。

「わざわざ、時間稼ぎにこの駐屯地を襲ってきて、領門を破壊するなんて――次の進撃をしやすくする為としか、思えませんね」
「たぶんな」

 ふむ、とセシルは何か思いつめたように考え込んでいる。

 ガラガラ、ガラガラッ――!
 ガシャン、ガラガラッ――――

 全員が警戒したようには身構えるが、その冷たい瞳は、またか、という最低最悪の侮辱だけが浮かんでいる。

「どうしますか?」
「では、()()、迎えに行きましょうか」

 それで、待機中なだけに、全員が騒音の下方向に向かう。

 向かった先では、あまりに予想通りに一人の兵士が罠に引っかかり、足が縄で縛り付けられている。

 だが、前回と違うことと言えば、あの無能な中尉がその後ろに立っていて、おまけに、中尉が引き連れて来た兵士達――まあ、セシル達の倍以上の兵士達を引き連れてきていた、ということだろうか。

「今度は何です?」
「食料を出せ」

 それで、完全に侮蔑を露わにした無言だけが返される。

「今は、緊急事態なんだぞ」

「それが? なぜ、()()()、それも、全く()()()の軍に、我々の食糧を分け与えなければならないのです? まさか、部族連合の襲撃が怖くて、外にも出られないから自分達の食量が調達できない、なんて、あまりに()()()()理由じゃないだろうに」

 うぬぬぬぬぬぬと、侮辱されて、中尉の顔が見る見る間に紅潮する。
 どうやら、知られたくない急所を突かれたようだ。

「それに、普通、()()があるなら、すぐ近隣で戦が勃発しているのだから、非常食程度、倉庫に保管しておくものでしょう? まさか、その程度の常識もなく、戦のど真ん中にいて、()()()紅茶を飲んで何もしていない、なんて()()()()をさらけ出しているんでもあるまいに」

 ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……と、今度は歯ぎしりまで聞こえてきそうなほど、中尉が憤慨していく。

 口調はただただ淡々として冷たく、ほぼ無機質のようなままでも、セシルの軽蔑を含んだ皮肉は止まらない。

「ああ、それとも、兵糧としてかき集めていた食料やら物資は、部族連合に、全部、持っていかれた、なんて間抜けなことはなっていないでしょうねえ? 先の戦いでも、援軍も出さずに、絢爛(けんらん)豪華(ごうか)な宿舎に閉じ籠って、兵士達を無駄死にさせたような無能な指揮官がいては、兵士達も先行き不安でしょうにねえ。おまけに、威張り散らして、略奪行為を率先させて、軍律もなければ、躾も行き届いていない」

「貴様っ! これ以上侮辱してみろ――」
「それだと、どうだと言うんです? まさか、そこに引き連れて来た兵士達を使い、我々を殺すつもりで? それは、また」

 ふん、とあからさまに挑発して、小馬鹿にしたセシルが鼻を鳴らす。

「それとも、人質でも取って脅す、とか?」
「そうならないように祈るんだな。貴様らなど、この場で取り押さえてくれるわっ」

 へえ、と淡々とした音だけがセシルの口から出されていた。

 ゾワッ――と、一瞬、その場にいたセシルの仲間達全員が、なにか言い様のない悪寒が背筋に走っていき、顔には出さずとも、あまりに気味の悪い……感触だけを残していく。

 ()()セシルに気付かないなんて、なんて愚鈍だ。

 ()()セシルなら――きっと、本気で、能無し中尉を叩き潰す気でいるに違いないのだから。
 それも木っ端みじんに、回復などできないほど無残に、(きっと) 無情に、徹底して跡形もないほどに、叩き潰すはずだ。

 うわぁ……、それ、怖過ぎる――

 子供達だって、滅多なことでは怯える感情もない。なのに、今は――セシルから(どうも) 距離を取りたくなって、こう、一目散さんに逃げ出したくて仕方ない。

「罪もないのに冤罪(えんざい)を押し付け、脅迫、強要、略奪行為。底抜けに、ロクデナシ揃いのようだ」
「うるさいっ、うるさいっ! さっさと食料を寄越さなければ、貴様ら、全員、生かしてなどおかんからなっ」

 一人でいきり立とうが、さすがに、あまりに行き過ぎた行為をさらけ出している中尉の後ろで、兵士達だって、自分達自身で中尉の悪行三昧に付き合いたくなどない。

 嫌そうに顔をしかめ、その態度からも、体勢からも、今すぐこの場を逃げ出したい雰囲気が明瞭だった。

「ああ、怖い、怖い。無抵抗の人間を武力行使で脅し、食糧を奪っていくなんて、ねえ?」
「ふんっ。それが分かったのなら、さっさと食料を寄越せ」
「ああ、怖い、怖い」

 セシルは何を思ったのか、また、それを冷たく繰り返していた。

「皆も、そう思うでしょう?」
「「ああ、怖い、怖い」」

 ものすごい棒読みで、子供達がセシルに賛同する。
 それも、棒読みだけではなく、怖いなんて全くそんな感情もしていないくせに、真顔で、表情筋も使わず、口をパクパクと動かしただけだ。

「ふんっ。それが分かったんなら、さっさと食料を寄越せ」
「そっちの荷馬車にあるけど?」

 それで、セシルが全員に向き直り、
「行きましょう」
「――いいのか?」

 ジャールが覆面の下で、小声で問う。



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