奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
それからしばらく、涙を流し続けた兵士が、身体に鞭打ち、到底、動ける容体でもないのに、本気で中尉に掛け合いにいった。
体中ボロボロで、足を引きずって、動く度に走る激痛を押さえ込みながら、ひどい有り様だった。
だが、十分もしないうちに、また兵士が戻って来る。あんな瀕死の状態の兵士がいるのに、誰一人、この兵士を救護場へ運ぼうともしないなんて、絶望的な軍だ。
「どうでした?」
「……っ……兵士など割けない、と……。死んだヤツなど、捨て置けおけ、など……っぅ……ぅう……」
誰に自分の憤りと怒りをぶつければ良いのか分からない。無能な中尉は、無情に兵士達を見殺しにし、その行為に、一かけらの自責だってしていない。
それで、悔しそうに、兵士の目から、ポタポタと流れ落ちていく涙が頬をこすっていった。
「……まだ、生きて、いたのに……」
だが、それは襲撃された時の話で、すでに、あの時から、あまりに介抱不可能なほどの日数だけが過ぎてしまったのだ。
きっと、兵士は目を覚ましたばかりで、すでに四日も経っていると話されても、自覚していないのか、その事実がはっきりと認識されていないのか、この兵士は、ゼロ以下の望みに――しがみついているかのようだった。
目の前で仲間の兵士が、次々に殲滅されていく様を目撃し、何もできず、手も差し伸べられず、助けも呼べず、ただ、無力のまま、地面に這いつくばるように死にかけていた兵士が、後悔の念で、自責せずにはいられない心情は理解できる。
「本気で援軍を呼ぶ気であるのなら、方法がないわけではありません」
「……ある、の、ですか……? 教えて、くだ、さい……。お願い、いたし、ます……。皆さま、に、お願いできる、立場では、ありませんが……どうか、どうか……、お願い、いたし、ます……」
立っているのもやっとなほどなのに、兵士が前に倒れ込むほどの様相で、深く、深く、頭を垂れた。
「その怪我でこれ以上動いたのなら、あなた自身の命も、もたないかもしれませんよ」
「……いい、ん、です……。お願い、いたし、ます……どうか……」
「私が入手した情報によると、王宮から、王太子殿下が騎士団を連れて、ブレッカに向かっているそうです」
「……王太子、殿下……?」
「もし、王太子殿下に援軍を要請ができたのなら、あなたの――頼みも、聞いてもらえるかもしれませんね」
「……王太子、殿下が……あぁ……よかった……」
王太子殿下は、まだ、何も約束していない。この南の砦にやって来る、とも言っていない。援軍を出すとも言っていない。
だが、今のこの兵士の絶望的な状況を前に、一筋刺したであろう希望の光に縋りついている兵士に、それを言い聞かせても無駄なのだろう。
「南東への砦には、一度、ブレッカの入り口側に並んでいる商店街を抜け、そこから、裏道で、南東まで直行できる路を探すべきです。この駐屯地から続く陸路を通っては、きっと、また部族連合に襲われ、援軍要請どころではないでしょうから。ただし、重傷を負っているあなたの体力が続くとは、言い切れません。用心しても、南東の砦近くで襲われる可能性もあります。それでも行くと言うのなら、その覚悟を見せるのなら、私が援軍要請の書状を書いてあげましょう」
「……どうか、お願い、いたします……。危険は、元より、覚悟の、上……。お願い、いたし、ます……」
「いいでしょう。それと同時に、王太子殿下には、この駐屯地の不正、違法行為、軍律違反、その諸々、全て告発します」
「……わかりました……」
今の兵士にとって、軍律違反や違法行為で罰せられようが、そんな些末な問題に気を揉んでいる暇などないのだ。
「……あなた、様は、隣国の貴族、だと……」
「ヘルバート伯爵家代行です」
「……そう、ですか……。伯爵様……、ご助力、感謝、いたし、ます……」
それからすぐに、セシル達の付き人や護衛の手伝いで、兵士は旅立つ準備を済ませ、厩から馬を連れてきてもらって、重傷の身体に鞭打ち、駐屯地を後にしていた。
「王国騎士団が来ると思いますか?」
「さあ、どうでしょう。隣国の伯爵家から直々の書状を受け取っても尚、それを信用せずに無視するのであれば、もう――それは見限るしかありませんね」
セシル達は、戦の調査と確認の為にブレッカに訪れているのだ。
負け戦の責任を取る必要だってなければ、隣国から、正式な援助要請も出ていないのに、自費で、隣国の兵士を救うような慈善事業をしにきたのでもない。
冷たいように聞こえるかもしれないが、セシルには、自領を治めるという重責もあるのだ。その役目を放棄して、戦に参戦し、自らも怪我をしたり――果ては、命まで落としてしまったのなら、自領の統治だってできるはずもない。
そんな無責任な行動をするなど、セシルは許されていないのだ。
ただ、偶然、見つけた残党兵の一人が生き延びていて、その兵士自らが、王国騎士団――果ては、騎士団を率いてやって来た王太子殿下に、書状を届けに行くのだ。
王太子殿下側でも、その書状を受け取って、それがでっち上げやら、罠かもしれない――との警戒は、出されないはずではある。
王太子殿下が、真に臣下の、そして、一兵士でも、その話を聞き入れるのなら――まだ、アトレシア大王国には、微かな希望でも、完全に消え去ったわけではない。
今、現在、ブレッカに残っているアトレシア大王国の兵士達の存亡は、全て、王太子殿下一人の判断にかかっているのだ。
体中ボロボロで、足を引きずって、動く度に走る激痛を押さえ込みながら、ひどい有り様だった。
だが、十分もしないうちに、また兵士が戻って来る。あんな瀕死の状態の兵士がいるのに、誰一人、この兵士を救護場へ運ぼうともしないなんて、絶望的な軍だ。
「どうでした?」
「……っ……兵士など割けない、と……。死んだヤツなど、捨て置けおけ、など……っぅ……ぅう……」
誰に自分の憤りと怒りをぶつければ良いのか分からない。無能な中尉は、無情に兵士達を見殺しにし、その行為に、一かけらの自責だってしていない。
それで、悔しそうに、兵士の目から、ポタポタと流れ落ちていく涙が頬をこすっていった。
「……まだ、生きて、いたのに……」
だが、それは襲撃された時の話で、すでに、あの時から、あまりに介抱不可能なほどの日数だけが過ぎてしまったのだ。
きっと、兵士は目を覚ましたばかりで、すでに四日も経っていると話されても、自覚していないのか、その事実がはっきりと認識されていないのか、この兵士は、ゼロ以下の望みに――しがみついているかのようだった。
目の前で仲間の兵士が、次々に殲滅されていく様を目撃し、何もできず、手も差し伸べられず、助けも呼べず、ただ、無力のまま、地面に這いつくばるように死にかけていた兵士が、後悔の念で、自責せずにはいられない心情は理解できる。
「本気で援軍を呼ぶ気であるのなら、方法がないわけではありません」
「……ある、の、ですか……? 教えて、くだ、さい……。お願い、いたし、ます……。皆さま、に、お願いできる、立場では、ありませんが……どうか、どうか……、お願い、いたし、ます……」
立っているのもやっとなほどなのに、兵士が前に倒れ込むほどの様相で、深く、深く、頭を垂れた。
「その怪我でこれ以上動いたのなら、あなた自身の命も、もたないかもしれませんよ」
「……いい、ん、です……。お願い、いたし、ます……どうか……」
「私が入手した情報によると、王宮から、王太子殿下が騎士団を連れて、ブレッカに向かっているそうです」
「……王太子、殿下……?」
「もし、王太子殿下に援軍を要請ができたのなら、あなたの――頼みも、聞いてもらえるかもしれませんね」
「……王太子、殿下が……あぁ……よかった……」
王太子殿下は、まだ、何も約束していない。この南の砦にやって来る、とも言っていない。援軍を出すとも言っていない。
だが、今のこの兵士の絶望的な状況を前に、一筋刺したであろう希望の光に縋りついている兵士に、それを言い聞かせても無駄なのだろう。
「南東への砦には、一度、ブレッカの入り口側に並んでいる商店街を抜け、そこから、裏道で、南東まで直行できる路を探すべきです。この駐屯地から続く陸路を通っては、きっと、また部族連合に襲われ、援軍要請どころではないでしょうから。ただし、重傷を負っているあなたの体力が続くとは、言い切れません。用心しても、南東の砦近くで襲われる可能性もあります。それでも行くと言うのなら、その覚悟を見せるのなら、私が援軍要請の書状を書いてあげましょう」
「……どうか、お願い、いたします……。危険は、元より、覚悟の、上……。お願い、いたし、ます……」
「いいでしょう。それと同時に、王太子殿下には、この駐屯地の不正、違法行為、軍律違反、その諸々、全て告発します」
「……わかりました……」
今の兵士にとって、軍律違反や違法行為で罰せられようが、そんな些末な問題に気を揉んでいる暇などないのだ。
「……あなた、様は、隣国の貴族、だと……」
「ヘルバート伯爵家代行です」
「……そう、ですか……。伯爵様……、ご助力、感謝、いたし、ます……」
それからすぐに、セシル達の付き人や護衛の手伝いで、兵士は旅立つ準備を済ませ、厩から馬を連れてきてもらって、重傷の身体に鞭打ち、駐屯地を後にしていた。
「王国騎士団が来ると思いますか?」
「さあ、どうでしょう。隣国の伯爵家から直々の書状を受け取っても尚、それを信用せずに無視するのであれば、もう――それは見限るしかありませんね」
セシル達は、戦の調査と確認の為にブレッカに訪れているのだ。
負け戦の責任を取る必要だってなければ、隣国から、正式な援助要請も出ていないのに、自費で、隣国の兵士を救うような慈善事業をしにきたのでもない。
冷たいように聞こえるかもしれないが、セシルには、自領を治めるという重責もあるのだ。その役目を放棄して、戦に参戦し、自らも怪我をしたり――果ては、命まで落としてしまったのなら、自領の統治だってできるはずもない。
そんな無責任な行動をするなど、セシルは許されていないのだ。
ただ、偶然、見つけた残党兵の一人が生き延びていて、その兵士自らが、王国騎士団――果ては、騎士団を率いてやって来た王太子殿下に、書状を届けに行くのだ。
王太子殿下側でも、その書状を受け取って、それがでっち上げやら、罠かもしれない――との警戒は、出されないはずではある。
王太子殿下が、真に臣下の、そして、一兵士でも、その話を聞き入れるのなら――まだ、アトレシア大王国には、微かな希望でも、完全に消え去ったわけではない。
今、現在、ブレッカに残っているアトレシア大王国の兵士達の存亡は、全て、王太子殿下一人の判断にかかっているのだ。