奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

* Б.в 王太子殿下 *

「王太子殿下、この場に、王国軍の兵士が面会を求めにやってきていますが」
「兵士が? 何用だ?」

 大きなテントが張られ、その中ではきちんとした机や椅子が設置され、ここら一体の地図が出され、数人の王国騎士団の指揮官などが集まっていた。

 その奥には、豪奢な衝立(ついたて)と、その上を囲う幕が垂れさがり、仕切り代わりとして、その奥の王太子殿下の臥牀(しんだい)を隠している。

 指揮官が囲んでいる大きな机とは離れ、王太子殿下用の机も設置され、その奥に座っている王太子殿下が、書類から少し顔を上げた。

「それが、どうやら、その兵士は、ブレッカ南側の国境を護らせていた国王軍の兵士なのですが――」

 なにか言葉を濁す騎士を見て、王太子殿下が、微かにだけその眉を動かしたような仕草で、さっさと話しの続きをしろ、と暗黙に促した。

 それで頷いた騎士が、
「南側には、すでに部族連合の奇襲が入り、今は、大半の兵士が――瀕死の重傷を負っている、というような報告を、その兵士が持ってきたのです」

「なにっ――?!」

 王太子殿下だけではなく、その場に控えていた騎士団の団長、副団長、隊長格など全員が、微かな驚きをみせた。

「どういうことだ?」
「その兵士も、かなりの重傷の様子でして……」

「今すぐこの場に通せ」
「はい、かしこまりました」

 ビシッと、一礼を済ませた騎士が、すぐにテントを後にした。

「一体、どういうことだ?」

 そんな報告は聞いていない、とあからさまに不服を露わにしている王太子殿下の視線が、大きな机の前で控えている騎士団長のハーキンに向けられた。

「そのような報告は受けておりませんが……」

 王宮の方に、ブレッカに賊が侵入した、という急使が飛ばされてきた。その内容が、今回は部族連合の襲撃が予想を超えた数で、ブレッカでは制御しきれない為、大至急、応援を要請する――というようなものだったのだ。

 それで、王宮側も、すぐに確認の為、王都からブレッカへ向けて使者を飛ばした。

 通常、王都からブレッカまでの移動は、馬車の移動なら、六日は軽くかかってしまう。早馬だろうと、最低でも、三日の距離はある。

 ブレッカに使者を飛ばすと並行して、ブレッカに隣接するコロッカル領の領軍の援軍も、念の為に要請していた。

 コロッカルにも、かなりの数の領軍が揃っている為、ブレッカの国王軍と共に、部族連合の侵入を防ぐ為に、援軍を要請したのだ。

 だが、コロッカル領でも、領軍の戦準備で二日は軽くかかり、それからブレッカに向かい、最初に戦が勃発したという報せから、すでに一週間以上は軽く過ぎてしまったことになる。

 コロッカル領の領軍が、ブレッカの南東側の国境に到着した時には、戦勃発から九日目の終わりに差し掛かっていた。

 アトレシア大王国の王国軍がかなりの被害を受けている事実が発覚して、それで、コロッカルの領軍が、すぐに国境の配備に携わったのだ。

 その間、部族連合の姿は跡形もなく、むしろ、もう戦が終わったような静けさだった。
 だが、まだ緊張状態が続き、警戒しているコロッカル領の領軍は、確認が取れるまで、ブレッカに残ることとなった。

 そして、その夜、夜も深まりだした頃、また、その襲撃が始まったのだ。

 報告の通り、今回は、部族連合も兵を揃え、小規模な徒党を組んで、夜盗のような土地荒らしなどという規模ではなく、部族連合の兵士達が、かなりの数でドッと押し寄せて来たのだ。

 数にして、千人近くは引き連れて来たのだろうか。

 どうやら、相手も今回は本気で、ブレッカの進軍・侵攻を決めたようだった。ブレッカを侵略されれば、アトレシア大王国の南は、完全に崩れてしまう。

 コロッカルからやって来た援軍は、コロッカル領の領地の騎士団ではあったが、二千人近くを引き連れて来たコロッカル領主のおかげで、その夜は、コロッカル軍の猛攻で、絶体絶命の危機だけは免れた。

 その急使が王宮に飛ばされて、王宮側でも、王国騎士団の投入が決定された。

 その王国騎士団を引き連れ、ブレッカにやって来たのが、現アトレシア大王国の王太子殿下だった。
 戦準備と、長距離の移動で、結局は、次の一週間も消えていた。

 王太子殿下率いる王国騎士団がブレッカの町に到着したのは、戦勃発から三週間目である。

 ブレッカに到着するなり、王太子殿下は、すぐに状況確認と、現状報告を済ませ、コロッカル領の領軍、及び、この地に残っているブレッカの王国軍からの報告も聞いていた。

 それで、次なる作戦を立てるべく、騎士団の指揮官たちを集め、その会議がされている場に、先程の急報が届けられたのだ。

 今までの報告からしても、南で部族連合に襲撃された事実など、全くなかった。

 ブレッカが最初に賊に襲われた時に、南側の王国軍に援軍を要請したが、向こうは向こうで、南の小国ギリトルを警戒しているので、今いる場所を離れることはできない、と援軍は出さなかったらしい。

 その程度の報告は聞いたが、すでに襲撃されていたなど、王太子殿下達だって寝耳に水だった。

 先程の騎士がテントに戻ってきて、その後ろに、一人の兵士がついてきた。

 頭に巻いている包帯は血が(にじ)み、ボロボロになった王国軍の制服も、そこら中が血で(にじ)み、泥で汚れ、びっこを引いた歩き方を見るからに、かなりの重傷だという報告は間違っていなかったようだ。

 机に座っている王太子殿下の姿を見て、兵士が深く頭を下げた。
 その動きでさえも傷に響くようで、拳を握りしめ、痛さを我慢しているようだった。

「その必要はない。顔を上げよ。――椅子を」
「はい……」

 大きな机の方に座っていた指揮官の一人が立ち上がり、兵士の前に椅子を持っていく。

「座りなさい」
「……は、い……」

 出された椅子に座る――だけでも無理があったのか、脇腹を押さえ込んだ兵士の額に、脂汗が浮かび上がる。
 肩で息をしながら、やっと、兵士が椅子に腰を下ろしていた。

「一体、どういうことだ」

 これほどの重傷を負いながら、わざわざ南東側の国境までやってくるなど、余程のことがあったに違いない。

「……王太子、殿下、どうか……我々を、お助け、ください……。どうか……」

 兵士は喋ることもままならなくて、血の気を失せた顔からも――かなりの出血で、多量の血を失っている様子がありありだった。

「南側が襲撃を受けたと?」
「……はい……。夜半、遅く、襲われ……。その後も、また……。まだ……あの場に、残っている者達が、いるのです……。どうか、お助け、ください……」

 土気色の唇が渇き、兵士が喋る度に、切れた唇から、新たな血が微かに上がってくる。

 これほどの重傷を負っているのに、王太子殿下が騎士団を引き連れて来たと聞いて、救援を呼びに来たと言うのだろうか?

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