奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「南側の国王軍はどうしたのだ?」
「まだ、残って、おります……。ですが……、私の隊は、ほぼ、壊滅状態で……」
「なにっ――?!」

 ザワッと、その場で動揺が一気に走っていた。

「……私は、伯爵に助けられました……。まだ、あの場には、私の隊の兵士達が……」
「伯爵?」

「……はい。ですが、伯爵は……、慈善事業をしに、きたのではない、とおっしゃり……、私だけ、あの場から、助けてくださったのです。王太子、殿下がいらしていると聞き、どうか……あの場に、残っている兵士、達を、お助けください……」

 それで、兵士の瞳から、ツーっと、一筋だけの涙が流れ落ちていた。

「……伯爵は、この傷でも、王太子殿下に、会いに行くのなら、援軍を要請してやってもいい、と……。……これ、を……」

 ノロノロとした動作で、ポケットに入れていた手紙を、兵士が取り出した。

 すぐに側の騎士が手紙を受け取り、王太子殿下の前に持っていく。

 それを受け取った王太子殿下の前には、王国内では見かけない手紙の封蝋(ふうろう)である印璽(いんじ)がされていた。

 そのまま、王太子殿下がペーパーナイフなどを取り出すこともせず、封筒の割れ目から、無理矢理、手紙を開けていた。
 中から手紙を取り出し、それを読んでいく。

 だが、その手紙を読んでいた王太子殿下の顔つきがすぐに変わり、なんだか――怒っているかのような、それでいて、信じられないと疑っているかのような、そんな珍しい表情を浮かべていたのだ。

「――――これは……、(まこと)か?」

「……はい……。全て、事実、です……。中尉には、我々の隊の、救出を願い出ましたが、捨て置け、と……。まだ、生きている兵士達は、いるはずなのですっ……! ですが、中尉は、陣をこれ以上離れる者は、許さないと……、取り合ってはくれず……。……それで、救援を、送れず……。私が、この場にやってきましたのは、全て、私の勝手、でございます……。伯爵が、その、手助けを、してくださったのです……」

 兵士の話を聞きながら、王太子殿下の表情が硬く、その雰囲気からしても――ものすごい怒気、いや瞋恚(しんい)が吹き荒れているような様だった。

 その気配を察して、控えている騎士達も驚きが隠せない。

「今より、南側の国境軍に合流する」
「王太子、殿下っ……!」

 負傷している兵士が感極まって、また、その瞳から涙が流れ落ちていた。

「今からですか?」

 驚いたハーキンが、王太子殿下に詰め寄った。

「そうだ。王国騎士団の半数をこの場に残し、コロッカル領の領軍と、この場で部族連合を鎮圧するように。残りの半数は、私と共に南側の国境(くにざかい)へ」

「ですが――」
「二度は言わない」

 王太子殿下のあまりに冷たく、押さえつけるような威圧感に、喉がヒリヒリとしてきそうな殺気を含んだ緊張に、そして、感情の機微さえも感じられないほどの冷酷な響きを聞き、騎士団の団長であるハーキンの表情も硬くなっていた。

「わかりました。クロスビー殿を呼んできましょう」

「この場の指示は、クロスビーに任せる。私が戻ってくるまで、王国軍の兵士全員、誰であろうと、クロスビーの指示に背くことは許さない。それをしっかり言い渡せ」

「――わかりました。今すぐにその準備をします」

 それで、王太子殿下の視線が、兵士に戻って来た。

「よく、ここまでその知らせを届けてくれた。この場で休息し、安静にするがよい」
「……あり、がとう、ございます、王太子殿下……。ですが、私でなければ、残りの兵士の、居場所が……」

「伯爵は知らないのか?」
「……知って、います……」

「では、伯爵に問えばよい」
「……あっ……は、はい。ありがとう、ございます……、王太子殿下……」

 王太子殿下だけは――兵士の話を聞いてくれた。耳を貸してくれた。
 それで、残りの兵士達も見殺しにはされない……。

 その安堵からか、気が抜けたように椅子に座っていた兵士の身体がグラつき、前に倒れ込んできた。

「危ないっ――」

 傍にいた騎士が、咄嗟に、兵士の体を抱きとめていた。
 うつろな瞳で、兵士は――ほとんどの気力を使い切ったようだった。

「救護所に連れて行き、手当てをさせろ」
「はい、わかりました」

 ほら――と、騎士が腰を支えてやるようにして、兵士を立ち上がらせた。
 騎士の肩に半分以上寄りかかっているような兵士だったが、ゆっくりとテントを後にする。

「王太子殿下。一体、これはどういうことなのですか?」
「不正だ」
「――不正?」

「それも、王国軍の不正だ」
「――まさかっ……!?」

 だが、アルデーラの表情がどこまでも硬く、そして、その瞳は、冷酷なまでに冷たい輝きを見せていた。

「――――伯爵、とは誰なのですか?」
「ヘルバート伯爵だ」
「ヘルバート伯爵? 聞かない名ですね」

「隣国ノーウッド王国ヘルバート伯爵、だ」
「隣国? ――えっ? 隣国とは、なぜ、隣国の伯爵が、ブレッカに?」

「さあ。だが、ヘルバート伯爵代行の者が、アトレシア大王国、王国軍の不正を告発してきた人物だ」
「――――!!」

 その場の全員が瞠目(どうもく)する。

「真相が明らかになるまで、この問題は、この場だけのものとする」
「わかりました」

「クロスビーを」
「はい、すぐに」

 そして、団長であるハーキンもまた、テントを後にしていた。


* * *


 ノーウッド王国の東寄りには、アトレシア大王国がある。

 アトレシア大王国も、近隣諸国と変わらず、王国制の封建社会を取っていて、現国王陛下には、三人の王子殿下と一人の王女殿下がいる。

 王太子として立太子しているのは、長兄の第一王子殿下という話だ。そして、今回、ブレッカに王都から王国騎士団を引き連れてやって来たのも、その王太子殿下という話が上がっている。

 王宮に引き(こも)る王子殿下サマが勇ましく、戦場にまで顔を出したのかは知らないが、どうやら、セシル達が拾った負傷兵は、もう一つの国境側の砦にたどり着き、王太子殿下の面会を許されたらしい。

 日差しも高く登り、昼頃に差し掛かる頃、この駐屯地の外にはかなりの喧騒が、上がりだしていた。
 兵士達がざわつき、(せわ)しなく、駐屯地内を走り回っている。

 セシル達は朝食を済ませた後、荷物の整理も全て終わり、あとは、この駐屯地を去るだけとなっていた。

 小さくなっていく焚火に少しずつ小枝を投げながら、一応、昼御飯用に火は残してある。

 タタッ――――

 軽快な足音と共に、セイル達が待機している場に、フィロが戻って来た。

「お帰り、フィロ」
「ただいま戻りました」

「どうでしたか?」
「どうやら、王太子殿下率いる騎士団が、やって来たようです」

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