奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「ふうん。一応は、自分の国の兵士は、見捨てなかったようですね」

 特別、興味もなさそうに、セシルはあまりに淡々としている。

「そのようですね。わざわざ、待ってやるのですか?」
「まあ、ここまで待ってやったのですから、向こうがどう出てくるのか、その最終確認をしてやる程度の時間は、取ってもいいでしょう」

 今、この駐屯地に残っているのは、セシルを含め、護衛のイシュトール、リアーガ、そしてフィロだけだった。
 残りのメンバーは、昨夜のうちに、この駐屯地を発たせている。

 これ以上の介入も、滞在も、もう、セシル達には必要なかった。

 これ以上、この場に残っていたら、またいつ、アトレシア大王国の王国軍に、無理難題を押し付けられて利用されるか、判ったものではない。

「どのくらいいるのです?」
「ザっと見た限りでは、数百人近くの騎士団を引き連れて来たのではないでしょうか」
「そう」

 確か、ジャールが仕入れて来た情報によると、王太子殿下は、王国騎士団の一部隊をそのまま全員引き連れて来たのではないか――というほど、かなりの数の騎士達を、ブレッカに連れてきているはずだ。

 まだ反対側の国境も不安定な状況であるから、その全員を南側の国境に引き連れて来たとは思えないが、それでも、大層な数を連れて来たらしい。

 どうやら、セシルの告訴状を本気に取ったのか、確認だけにしては、大層な数である。

 向こうの方で、かなりの喧騒が上がっていた。
 王太子殿下が駐屯地に到着して、兵士達が外に出て出迎えているような喧騒が聞こえてくる。




 一歩、部屋に足を進めただけで、王太子殿下の眉間が、ピクリ、と揺れていた。

 その部屋は、国境を護る司令塔の指揮官に与えられた執務室でありながら、全くそぐわない華美な造り。
 壁側には置物がズラリと並び、だだっ広いその室内には、中央の机が一つだけ。他には、優雅な長椅子が談話用にあるだけだ。

 空間の無駄で、あまりに広々としただけの役に立たない部屋を見て、王太子殿下の機嫌が一気に悪くなっていた。

「ここでは話にならないな。会議室はないのか?」
「も、もちろん、ございます。こちらでございます。ご案内いたします。どうぞ、こちらに…………」

 へこへこと頭を下げて媚び(へつら)ってくる中尉は、大慌てで、部屋のドアを開けて出ていく。

 苛立ちも隠さない王太子殿下と、護衛の騎士達、それから騎士団の隊長格などが揃って、部屋を出ていく。

「こちらでございます。さあさあ。どうぞいらしてください」

 ある一室の扉が開けられ、その中をサッと見渡した王太子殿下が、仕方なく中に入ることにしたようだった。

 その部屋も大きな室内で、中央に椅子がたくさん並べられた大きな机が一つ。
 壁側には()()()紅茶セットが並び、()()()本棚には本が、()()()長椅子と()()()テーブルセットが。

 そして、作戦用の書類もなければ、この土地の地図一つない。作戦本部でもない会議室。

 スタスタ、スタスタと、無言で歩いていく王太子殿下は、一番奥の椅子を勝手に引いて、ドカッと、そこに腰を下ろした。

 長い机を挟んで、一番端に、中尉が身の置き場がなくソワソワと落ち着かない。

「――今日は、どういったご用件でございましょうか? ――ああ、まさか、援軍を出してくださるのですか? 我々は、部族連合の襲撃を受け、ひどい目に遭いました。ですが、南東からの援軍は全く来る兆しもなく、途方に暮れていたところなのです。王太子殿下がいらしてくださり、本当に助かりました」

「南東では、南からの援軍が全く来なく、途方に暮れていた、との報告が上がっているが?」

「そんなっ! 我々だって、襲撃されているのですよ。援軍など送れるはずもない。それに、南東の砦なら、我々よりも、もっと兵士の数が多いのですから、援軍を送るのなら、南東がすべきです」

「なるほど。では、ヘルバート伯爵は、今どこに?」
「え? 誰ですか、それは」

「ノーウッド王国ヘルバート伯爵家の者がいるはずだが?」
「そ、それは…………そんな者いませんが」

「いない? では、どこに行ったのか? 消えたのか?」
「消えてなど――。そもそも、ノーウッド王国? なぜ隣国の者がわざわざブレッカになど?」

「それは、私も聞きたいものだな。今すぐ、召集してもらおうか」
「そんな者――」

 トンっ。

 指一つだけで、王太子殿下が机を叩いていた。
 だが、それだけの動作で中尉を黙らせて、その視線だけで威圧するかのように、中尉に一切の弁明を許さない。

 ひぃっ……と、すぐに中尉が震えあがっていた。

「ヘルバート伯爵がいない、と?」
「い、いえ……おりますっ。今、すぐに、連れてきます」

「いや、その必要はない」
「え? なぜです? 今、そうおっしゃって――」

「そもそも、王国軍の言うことを聞いて、素直にやって来るなどとは、思わないが?」
「――――なん、の、ことでしょう?」

「自覚はないのか?」
「なんの、こと、でしょうか?」
「白を切るのなら、それでもいい。だが、白ではないと判ったのなら?」

 最後まで言われない暗黙の部分が、あまりに不穏だ。

 キョロキョロと、落ち着きなく、中尉の目玉だけが動いている。

「伯爵はどこにいるのだ?」
「そ、それは――端っこに陣を取っている、というような話ですが……」

 王太子殿下の視線が、傍にいる騎士に向けられた。

「二人。ヘルバート伯爵を出迎えにいってもらいたい。アトレシア大王国王太子殿下が、面会を求めている、と」
「わかりました」

「丁重に」

 一歩動き出しかけた騎士の動きが止まる。

「――わかりました」

 二人が丁寧に一礼をし、部屋を立ち去っていく。

「ハーキン」

 王太子殿下は中尉を完全無視して、胸元のポケットにいれていた手紙を取り出した。それを騎士団長に手渡す。

 両手でそれを受け取ったハーキンが、封を開け手紙を取り出した。

「用件も告げずにさっさと砦を発った為、お前にも、事情の説明をしていなかったな」

 もったいぶって、そんなことをわざと口にしたのかどうかは知らないが、さっきから、王太子殿下の内で(くすぶ)っているであろう怒気に、それを上回る殺気がきつく、鋭く、ハーキンだって渋面を隠せない。

 この場で――この王太子殿下の感情を読み取ってない者など、そこで落ち着きがなく、ソワソワしている中尉くらいだろう。

 控えている騎士達だって、こんな――背筋が凍り付きそうなほど震撼(しんかん)とした王太子殿下の殺気を感じ取って、なにか……今の状況が、王太子殿下の逆鱗(げきりん)に触れたことだけは、理解できていた。

 ハーキンは、手渡された手紙に目を通していく――通していきながら、自分の目を疑って、一度、頭を振った。
 無意識の動作だったようで、頭を振って、意識を集中させたかったのか、雑念を払いたかったのか。

 だが、もう一度読み返しても――あまりに信じられない内容で、見る見る間に、ハーキンの顔つきも、ものすごい怒気が浮かび上がりだしていた。

「――――これは本当なのですか?」
「それを、今から確認するところだ」

 そのまま、ハーキンは黙り込んでしまった。

 その様子をチロチロ伺って、中尉が落ち着きなく手を前で組んだり、視線を左右に動かしたり、突き刺さるような沈黙が、こんなに不快なものだとは、中尉も初めて知ったものだ。




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