奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 騎士達に連れられて歩いていくと、王太子殿下用に設置されたテントの前に荷馬車があり、王太子殿下も外に出ているようだった。

「お早うございます、ヘルバート伯爵代行」

 ふーん、王太子殿下でも、格下の伯爵家に挨拶なんてするんですねえ。

 騎士団だけは、自国の醜態を本心から恥じているようで、王太子殿下も威張り散らした態度を取る様子がなかった。

 もちろん、シーン、と無言だけが返される。

 その対応も、反応も、すでに予期していた王太子殿下だけに、左程、驚いてもいない。

「こちらに、リストに記載されていた物資を用意しました。確認していただきたい」

 セシルが、リアーガとフィロの二人に視線を送る。

 頷いた二人の前に、騎士団の団長であるハーキンが、昨日手渡された書類を二人に差し出してきた(でも、こっちだって、ちゃーんとコピーはあるんですけれどねえ)。

 荷馬車に乗っている物資を一つずつ確認し終えた二人が、セシルに向き直る。

「全部あります」
「そうですか」

「損失した出費や経費などは、テントにて。こちらへ」

 まあ、大金――でもないが、かなりの額を要求したから、外でお金など見せびらかしはしませんわよね。

 王太子殿下とすぐ隣を歩く騎士団の団長の後ろについていって、セシルが足を進める。

 ふと、テントの周りにいた一人の騎士がセシルに視界に入り、セシルが顔に出さず、首をかしげていた。


(なぜ、テント側に向いているのかしら?)


 残りの騎士全員はテントに背を向けて、護衛したまま起立しているのに。

 そんなことを考えているセシルの前で、キラリッ――と、日差しに反射したなにかが光った。

「――あっ、ちょっと――」

 咄嗟に、セシルが、ドンッと、王太子殿下の背中を突き飛ばしていた。

 いきなり、全く予想もしていない背後から突き飛ばされて、王太子殿下だって、前のめりに膝をついてしまった。

「殿下――!」

 だが、突き飛ばしたセシルの前にあの騎士の――ナイフが光り、反動で腕を伸ばしたセシルの腕がかすっていた。

「あっ……!」
「マスター――っ!」

 周囲の騎士達が反応する前に、瞬時に、リアーガが剣を抜き放っていた。
 躊躇いもなく、リアーガがナイフを持っている騎士を斬りつける。

「――――っぐ……ぁぁ……っ!」

 そして、男の腹を思いっきり蹴り上げ、吹っ飛ばされた男の身体が、地面で、一度、飛び跳ねたように着陸した瞬間、リアーガの足が男の喉を踏みつけていたのだ。

「……ぅ……ぐっ……ぅぁ……!」
「マスターっ!!」

 前かがみに倒れ込んだセシルに驚き、フィロが駆け寄って来た。

「マスターっ!!」

 見ると、セシルは腕を斬られたのか、その傷口を反対の手で押さえつけているようなセシルの顔色が真っ青で、半分、意識を失いかけているようだった。

 バッ――と、躊躇いもせず、フィロはセシルのマントを勢いよく開いていた。

「……フィロ、触っちゃ、ダメ……」
「黙ってっ!」

 そして、フィロはセシルの腕を邪魔くさそうに避け、着ているシャツの袖を思いっきり引きちぎっていた。
 それを簡単に引き裂いて、セシルの腕の付け根でしっかりと強く結びつける。

「…………ダメ、よ……」
「黙ってください。僕の歯は健康で、虫歯一つありません」

 手早く、自分の(かつ)いでいた荷物を下ろすと、フィロは躊躇(ためら)いもなく、セシルの腕を持ち上げ――その傷口に向かって、ガブッと噛んでいった。

 それから肌から毒を絞り出すかのように、フィロの歯が、セシルの肌を噛んで行く。

 プっ――と、吸い出した血をフィロが吐き捨てていた。

「カバンに毒消しが――」
「わかった」

 イシュトールがフィロのカバンに飛びつき、ゴソゴソと、中から小袋を取り出した。
 その中にある毒消し全部を適当に掴み上げ、水が入った水袋も引っ張りだしていた。

「マスター、こちらを」

 もう、イシュトールは、半ば気を失いかけているセシルの口を、無理矢理、こじ開け、何粒かの薬を、無理矢理、詰め込んだ。
 そして、水袋から水を流し出すように、セシルの口に含ませていく。

 意識が薄れかかっているセシルの口から水が溢れ出し、顎から水がしたたり落ちるのも気にせず、イシュトールはセシルの顎を押さえつけて口を閉じさせた。
 そのまま、イシュトールが、セシルの口を手で覆っていた。

「マスターっ、飲みなさいっ!」

 パチンッ――と、頬を叩かれた痛みで、少しだけ意識を取り戻したようなセシルは、喉だけを鳴らし、口に詰め込まれた薬を飲んだ。――が、さすがに、普段から、あまりにまずくて、苦くて、絶対に、非常時以外では口にしたくない、触りたくもない丸薬(がんやく)を口に詰め込まれたので、セシルが――反射的に吐き出しそうになっていた。

 だが、イシュトールがセシルの口を押さえ込んでいるので、口を開けることも叶わない。

 それで、仕方なく、セシルが、無理矢理……丸薬(がんやく)を飲み込んでいた。

 その間も、フィロはセシルの腕を噛むようにして、もみ込みながら、血を吸い上げていく。

 この方法は、以前、セシルから教わったやり方だった。
 セシルは自分自身でしたことはないが、そういったような本を読んだことがある、と話してくれた。

 でもこの方法には欠点があって、歯が健康でなければいけないの。虫歯なんてあったら、そこから毒が染み込んで行ってしまうから――そう、セシルは言っていた。

 フィロには虫歯などない。健康そのものだ。
 それでも、今フィロがしている方法が正しいのか、間違っているのか、フィロにだって判らない。

 だが、フィロは傷口の周りの肉を噛み込むようにして血を吸い出すことをやめなかった。

 その様子を、チラッと確認したリアーガから表情が消え、足の下で踏みつけている偽兵士の首根を、ギリギリッと、更に足で押さえつけていく。

「……っ……ぐ……っ――!」
「貴様は地獄行き決定だ」
「…………っ……ぐ……っ――――!」

 偽兵士は苦しそうに顔を歪め、リアーガの足をどけようと必死でその腕が動くが、リアーガの足の力が弱まることはない。

「殺すなっ! そいつは尋問しなければならないんだ」

 傍にいた騎士の一人が、リアーガに叫んだ。

 リアーガは、ただ、その凍り付きそうなほど冷たい視線をギロリと向けて、
「てめーに命令される謂れはねーんだよ。邪魔すんじゃねーよ」

「貴様っ――」
「やめよっ!」

 ピシャリ、と鋭い命令が飛ばされ、動き出していた騎士の動きが一瞬にしてピタリと止まる。

「やめよっ。言い争っている場ではない。ここら一体、警戒を強め、虫の子一匹通すことは許さない。取り掛かれっ」
「はっ」

 その場にいた騎士全員が敬礼し、指示を仰ぐようにハーキンを振り返る。

「ここら一体、第1中隊が警護するように、第2から第3までは、伏兵がいないかその確認を。第4と第5は、この駐屯地一体の警備を強化しろ」
「「はいっ」」

 その場に集まって来ていた指揮官が返事をするや否や、飛び出していった。

 だが――

 ハーキンが指示を出している間も、アルデーラは――その場で、半ば、立ち尽くしていた。

 すぐ手前で横たわっているセシルを見下ろし、信じられないものでも見ているかのように、その瞳が、ある一点で硬直していたのだ。

 見間違えることのない――白い、細い腕が浮き彫りになって、アルデーラの視線が硬直したままだったのだ。

< 65 / 202 >

この作品をシェア

pagetop