奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 アルデーラがフィロの横で膝をつき、その手を伸ばした――

「触るなっ!」

 パチンッ――!

 耳を切り裂くような鋭さで、フィロがアルデーラの手を払いのけていたのだ。

 普段なら、王太子殿下に対して、なんという不敬を働いたのかっ――と、すぐに取り押さえられている場面だっただろうが、フィロはそんなことなどお構いなしに、アルデーラを鋭く睨みつける。

「触るなっ! マスターに触れてみろ。あんたの命がないと思え」
「今はそんなことに構うなっ。まず、今すぐ口をゆすいで、これを飲みなさい」

 アルデーラを無視して、向かい側のイシュトールが水袋をフィロに押し付けて来た。

 フィロはゴクゴクとかなりの量の水を口に含み、それで口の中をゆすいで、ペッ――と、吐き出していた。
 それを何度か繰り返し、手渡された何個もの丸薬(がんやく)を丸飲みする。

 手で口元を押さえ込んで、吐き出すのをどうにか抑えて込むことに成功した。

「私のテントに運ぶべきだ」

 だが、フィロは、敵意むき出しの冷たい視線を向けて、アルデーラを睨みつけているだけだ。

「私は敵ではない。この状況をよく判断することだな。この場で次に狙われてしまえば、そなたの主は動くこともままならない。私のテントに運び休ませるべきだ。テントの周囲には騎士団の騎士達が護衛につく。虫の子一匹と通しはしない」

 だが、敵意も、猜疑も、フィロの目からは消えもしない。
 王国の騎士団だろうと、騎士の誰かが寝返るかもしれないと、フィロは疑っているのだ。

 双方睨み合い、全く(らち)があかないままだった。

「いいでしょう。ですが、我々以外の者の出入りは、禁止してもらいましょう。例え、王太子殿下であろうと、マスターに近づくことは、我々が許さない」

 イシュトールがその場を収めるように、仕方なく同意した。

「いいだろう」

 セシルのマントを少し前に戻し、イシュトールがセシルを抱き上げる。
 フィロは、まだ、絶対に警戒を解く様子も気配もなかったが、無言で、自分の荷物を(かつ)ぎ上げる。

「こっちだ」

 アルデーラが先頭になり、すぐにハーキンが駆けつけて来た。
 アルデーラのすぐ後ろを護衛するようについていき、仕方なく、その後ろをイシュトールとフィロが進んでいた。

 ちらっと――テントに入る前に、一瞬、フィロの視線が後ろに向けられ、右腕が軽く左腕に当てられていた。

 だが、すぐにフィロもテントの中に消えていく。


* * *


 その頃、アトレシア大王国の国軍が駐屯している場所を後にして、荷馬車を引きながら、駐屯地が見える小高い丘でひっそりと隠れながら潜んでいたジャンは、領地で開発された望遠鏡(もどき原版) から、駐屯地の様子を(うかが)っていた。

 ガラスを削ってもあまり焦点が定まらないので、遠距離を見ることができるようになったが、それでも、片目を閉じ、望遠鏡をしっかりと右目に押し付けているジャンは、目を凝らすように力を入れているので顔がくしゃくしゃになっている。

 王宮からの騎士団が到着する前に、さっさと駐屯地を離れたジャン達一行は、荷馬車を移動しても、国軍からの兵士達からは、奇妙な目を向けられたが、誰にも見つからず、あの場を離れることができた。

 だから、王国騎士団の騎士達には、ジャン達の存在も素性も知られていない。

 ジャンの視界の前で、一人の男路をジャンが観察している。
 男は騎士なのかどうかは知らないが、戦の為なのか、かなりの重装備である鎧を着こみ、その上からも長いマントが背中を流れ、ゴロゴロと騎士達が揃って、護衛されているようなのだ。

 年寄りではない。
 それで、その後ろをセシルがついていくようだから、前を歩いている――風格のあるあの男が、騎士団の指揮官らしい。

 じーっと、目を凝らして様子を(うかが)っているジャンの視界の前で、いきなり、男が飛び込んできた――

「あっ……危ないっ!」
「――えっ?」
「――なんだよっ、ジャン」

 一人だけ望遠鏡を持っているだけに、ジャンの後ろで隠れている残りのメンバーが、驚いたように聞き返した。

「あっ……マスターっ!!」
「――えっ、なに……?」

 ガバッと、望遠鏡から顔を外したジャンが切羽詰まったように後ろを振り返った。

「マスターが斬られたっ!!」
「なんだってっ……?!」

 ユーリカの瞳が飛び上がっていた。

「貸してくれ――」
「あっ……」

 ユーリカがジャンの隣にやってきて、有無も言わさずジャンの手から望遠鏡をひったくった。
 地面に腹這(はらば)いになり、ジャンと同じように目を凝らして望遠鏡を覗き込む。

「ユーリカさん、マスターは?!」
「静かに、黙って――」

 残りのメンバーも全員、ジャンの隣に屈みこんで来ていた。

 望遠鏡からは、ある程度の人の形が黒く動いている様子しか見えないが、それでも――ジッと、ユーリカが駐屯地の方を凝視している。

 ユーリカが息を詰めて目を凝らしている先で、フィロの奇妙な動きを見て――ユーリカがその場で愕然とした。

「――毒を、受けられたんだ……」
「えっ? ――毒っ?!」

「――毒っ?!」
「マスターは……っ?! マスターが死んじゃうの……?!」

 まさか――自分達の敬愛するあのセシルが死んでしまうなどと、考えたこともなかっただけに、子供達が一気に動揺してしまう。

「おいおい、落ち着けよ、ガキ共」

 後ろから、今にも飛び出しそうになっている子供達の肩を押さえ、ジャールが膝をついた。

「だって……」
「いいから、落ち着け。こういう時は、冷静さを欠いた奴が、早死にするもんだ」
「でも……」

「いいから、落ち着け。――ユーリカさんよ、あっちの状況はどうなんだよ?」
「――ああ、済まない……。動揺をみせた……」

「まあ、仕方ないだろうけどな。あっちの状況は、どうなのよ」
「今、フィロが毒抜きをしている」

「ほう? あの坊主が毒抜き? 大したモンだねえ」
「ああ、だが――いや、マスターはどうやら無事らしい。今のところは……」

 はあ……と、ユーリカだって安堵の息を吐き出してしまっていた。

「マスターは、無事なんですか、ユーリカさん……?」
「ああ、今の所は、そのようだ……」

 それでも、毒を受けたのなら、気を抜けない状態であることには変わらない。

「だったら、今すぐマスターの所に行かなきゃ」
「いや、ちょっと、待て――」

 望遠鏡の先で、全員が移動するようで、イシュトールに抱きかかえられたセシルが動いていく。
 その時に――フィロがこっちを振り返っていた。

 そして、軽く腕に振れた合図。

「――フィロが、待機しろ、と言っている」
「え? なんで?」

「マスターが毒を受けたのに」
「今すぐ合流すべきだよ」

 心配が隠せず、完全にいつもの落ち着きを忘れて動揺している子供達に、ユーリカも頭が冷めていた。

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