奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 医師が驚いて、絶句する。

 だが、あまりに子供らしからぬ冷たい目を向けているフィロが、スッと、マントの中に手を伸ばした。

 シュッ――

「――ひっ……!」

 腰に吊るしてあるボーガンを抜き取ったフィロが、躊躇(ためら)いもなく、その焦点を医師に向ける。

「武器を捨てるんだ。何をしているっ」

 アルデーラだって驚いて、その場に割って入った。

 それと同時に、イシュトールが、フィロとアルデーラの間に割り込んできた。

「誰であろうと、マスターに近づくことは、我々が許さない」

 そして、イシュトールまでも、腰にかかっている剣に手を伸ばしていた。

「貴様らっ――」

 驚いたハーキンが、自分の剣に手を伸ばしていた。

「やめよっ」

 ピタっと、ハーキンの動きが止まる。

「ここで何をしているっ。このような場で斬り合いになれば、全員が無事でいられるわけもない」
「…………申し訳ありませんでした」

 今のこの状況では、セシルの付き人がアルデーラ達を疑っていても文句は言えない状況だ。
 だが、このまま、互いに平行線でも(らち)が明かない。

「診察を始めろ」
「――は、はい……。ですが……」
「いいから。それは、無視しておけ」

 そんなことを言われても――弓矢のような武器を向けられ、今にもその矢が自分の方に飛びかかってくるかもしれない緊張したこの場で、武器を無視して診察など……できるはずもない。

 だが、王太子殿下のあまりに冷たい眼差しだけが、向けられている。
 王太子殿下に逆らうことも、できない……。

 ゴクリ……と、意を決したように、医師がゆっくりとベッドに近づいていく。

「……怪我は、どこでしょうか……?」
「左腕だ」
「わかり、ました……」

 そろり、と医師がセシルの着ているマントに手を伸ばした。その間、じーっと、どんな隙さえも見逃さないような、殺気も露わな子供の視線が、医師に向けられたままだ。

 そろり、そろり……と、マントをよけてみると、セシルの左腕の傷跡が飛び込んできた。
 その怪我を見て、すっかり医師も平静を取り戻す。

 傷の方ではなく、セシルの手首辺りを確認すると、その腕は、かなり冷たくなりだしていた。

「この紐は?」
「先程、毒抜きの為に、腕を縛り付けたようだ」

「毒抜き? どのように?」
「腕から毒を吸い上げたのだ」
「――――!」

 そんな危険なことをしていたなんて、医師だって、あまりの驚きに瞳が飛び跳ねていた。

「なんと、危険なことを……」
「そんなことはあなたには関係ありません。早く診察してください」

「しかし……」
「無駄口叩いている暇があるなら、診察してもらいましょうか。一々、愚痴を聞く為に、あなたの存在を許しているんじゃない」

 子供らしからぬあまりに冷たい瞳。冷たい口調。

 子供なのに医師に言いつけて来て、生意気な態度だが――今はこんな子供との言い合いをしている暇はない。

 それで、医師がセシルの肩にしっかりとしばられた布をゆっくりと取り外してみた。

「……ぁ……っ……!」

 セシルの腕に、一気に血が流れ込んできて、痺れがあまりに痛さに変わる。
 それで、また少し、セシルの意識が引き戻されていた。

「………ぁぁ……っ……」
「マスター、大丈夫ですか」
「……まあ、一応は……」

 一応、意識があるようなセシルを見て、医師もホッとする。

「毒抜き――の他には、何か治療を?」
「持参していた毒消しの丸薬を、飲んでいたが」

「それは何です?」
「一般的な毒消しで、どれがどれだか分かりません」
「そうですか……」

 今、この場では、怪我を負わされた時の毒が、一体、なんであったのか、医師だって判断不足だ。確認するにも、道具が足りない。

「一般的な毒消し……。こちらでも、同じようなものは用意してあります。それを服用させましょう」
「いいだろう。二人分だ」

「二人分?」
「そうだ。私が毒見をする」
「えっ?! ――そんなことさせられません」

 なにをバカなことを――と、医師の顔だって、口に出さない言葉が、その顔の表情でありありと出ていた。

「今は議論している時ではない」
「ですが……」
「二度も言わせるなっ」

 もう、さっきからこの繰り返しで、いい加減、アルデーラだって――頭にきているのだ。

 今は、王太子殿下がどうのこうの、と言っている時ではないのだ。

 毒消しは薬なのだから、毒を盛られていないアルデーラが飲んでも、なんの影響もない。ただ、その味が――非常にまずいと言うだけの話だ。

 ピシャリっと、誰も反論できる隙さえ与えないような、冷酷で、凍り付きそうな怒気がアルデーラの口調に浮かび、その場で全員を押さえつけていた。

「――も……申し訳ありません……。ただいま、すぐに……」

 医師は、持っていた鞄から布の袋や瓶のようなものを取り出し、手の平の上に何粒かの丸薬(がんやく)を乗せ、アルデーラに差し出してみた。

 アルデーラも嫌そうな顔をしながらも、仕方なくその半分を――無理矢理、口の中に押し込める。

 ああ……。
 あまりにまず過ぎる。

 嫌々に、ものすごく仕方なく、その丸薬(がんやく)を(無理矢理) 飲み込んでいた。

「――これでいいだろう?」

 フィロは何も言わず、ただ、その冷たい眼差しを向けてアルデーラを観察しているだけだ。

「いいでしょう」

 フィロが医師の手の中にある丸薬(がんやく)を取り上げ、セシルを振り返る。

「マスター、すみません」

 まあ、今は仕方がない状況なもので……。

 (珍しく)セシルの様相も、雰囲気も、ものすごく嫌だわあぁぁぁぁぁぁ……という気配が上がっているが、今回は本当に仕方がない。

 フィロが、次々に、セシルの口の中に丸薬を投げ込んできて、そして、水袋で水までも飲ませていく。

「マスター、すみません」

 そして、フィロまでも、セシルの口を手で塞いできたのだ。

 今は、大分、意識が回復してきたから、もう……、口を塞ぐ必要はないのだったが、念の為……。

 ああぁ……、ゲロゲロぉ。あまりにまず過ぎですねえ……。
 そして、またも、胃の中からさえも、その味が()み出てきそうなほどの、まずさである。

 医師がセシルの腕を取り上げ、怪我の具合を確かめる。傷口は、それほど深くはなかったのだ。
 手早く消毒液を取り出し、傷の付近に手当てを済ませ、包帯を巻きつけていく。

「そのまま、水を摂取し続けてください。熱も――うん、少し上がりだしていますね。安静にして休まれるべきでしょう」
「わかりました」

 セシルに代わり、フィロが返事する。

「…………もう、お腹が、チャポチャポ……。一体、トイレなんて、どうしてくれるの……」

 それでなくても、野営地で、ヤロー共に囲まれておちおちトイレにも行けない状況なのに、毒を薄める為に飲んでいた水が、ガポガポ、チャポチャポと、胃を揺らしている。

「仕方がありませんが、今、行きたいのでしたら、私が付き添います」

 それで、一瞬変な間が降りて、それから、はあぁ……と、疲れたようにセシルが溜息をこぼしていた。

 その間も、水をやる手を止めないフィロだ。

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