奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
胸内で溜息をこぼしながら、次の書類を宰相の前に差し出した。
「これが、不正で告発された罪状の一覧です」
その紙を取り上げた宰相が目を通し出し、眉間が更にきつく寄せられ出していく。
あまりに不快そうに、あまりに気に食わなさそうに――えぇえ、分かっていますよ、その気持ち。
アルデーラとハーキンだって、あの場で正に同じ感情になって、憤りが止められなかったんですからねえ――
「報告書の次のページを読んでください」
眉間に皺を寄せたまま、無言で、宰相が報告書をめくる。
その目線だけが動いて中身を確認している宰相の顔が――もう、言い様の無いほどの渋面になっていた。
「――――伯爵家代行?」
そんな強調しなくても、その場の全員が聞こえていますよ……。
「それも、隣国ノーウッド王国からの義勇軍として?」
頭痛がする――とでも言うほどに、宰相が鼻の頭を指できつく摘まんでしまった――いや、押し潰していると言った方が正解か。
「――なんという愚行を――」
ブレッカの王国軍の堕落だけではなく、隣国との国際問題まで上がってくるなど、宰相だって予想もしていなかった。
「今すぐ、ノーウッド王国への謝罪状を出すべきでしょう」
「その必要はない」
その反応に、宰相が指を外し、アルデーラを見返す。
「なぜです?」
「ヘルバート伯爵家代行は、この一件を、ノーウッド王国の王宮に報告するつもりはないと、赦免してくれたのだ」
「ここまでの非礼に非道、不敬罪では済まされないでしょう」
だから、伯爵家代行が隣国の王宮に報告しないなどあり得ない、と宰相の口が物語っている。
今度は、アルデーラの方が、自分の指で眉間をつまむような動作をみせた。
「――元々、王国軍の不正を告発してきたのは、伯爵家代行の者だ。報告書に記してあるのは、非道や非礼を働いた一部分だけだ」
なにしろ、どこで“長老派”の手先が潜んでいるか分からない。だから、隣国のヘルバート伯爵家代行の事実だって、最小限のことだけしか、報告書に加えていないのだ。
もし、報告書の情報が漏洩でもされてしまったのなら、アルデーラ達に、一時的にも加担したことになるヘルバート伯爵だって、どんな風に利用されるか判ったものではない。
だから、名前だって、伏せてある。素性だって、明かしていない。
ブレッカでの――あまりに悲惨な醜態を思い出したくもないようなアルデーラの横で、ハーキンは(ものすごく) 仕方なく、ブレッカで起きた事件の全貌を、口頭のみで宰相に話し出した。
その話を聞いている宰相の顔は、猜疑の色がありありと浮かび上がっていて、ハーキンの説明自体、狂ってる所業だ……と、思っているのは疑いようもなかった。
「――――ここまでお話ししたことは、全て事実です」
「興味深いでしょう? ですから、夜会に招待して、きちんと礼を返さねばならないでしょうねえ」
普段から他人を見下すことに(とても) 長けたこの第二王子殿下のレイフ自身が、こんなに乗り気など、一体、どんな裏の話が隠されているのか。
おまけに、話の趣旨が飛んで、すでに夜会の話にまでなっている。
「ハラルド、これは、ここだけの内密に。読み終えたら、燃やすんで」
それで、なにか――かなり機嫌のいいレイフが、自分が持っていた書類を、宰相の前に出してきた。
分厚い報告書と違って、それほど厚さもなく、宰相はすぐに全部を読み終えていた。
「――これがなにか?」
「伯爵家代行、だ」
「まさか」
口を挟む隙がないほどに、一笑された。
「事実ですよ。興味深いでしょう? ですから、夜会で会いたいですねえ」
また、宰相の指が、鼻の頭に、眉間に、強く押し付けられた。
「なんてことだ――。貴族の令嬢に戦を救われるだけではなく、王太子殿下の命まで救われ、王国の英雄として担ぎ上げられてもおかしくない活躍をした本人に、戦の強制参加?! おまけに、脅迫、略奪、非礼と不敬を極めていて、もう、完全に取り返しがつかないではないですか」
「――――今回は、不問にしていただきましたので……」
「そんな言葉を信用する者が、どこにいるのです?」
いや、普通なら、誰も信用しないだろう。
あの令嬢の手助けと活躍に対して、アトレシア大王国側が支払ったものと言えば、あまりに信じられないほどの非礼と非道だけである。立場もなにもあったものではない。
弁解だって、できやしない。
「――――これは……、推測なのですが……、たぶん――貴族の令嬢であられるから、素性を明かしたくないのではないかと……」
「それで、今回の件を不問に?」
冗談でしょっ、と宰相が冷たく言い飛ばす。
だが、あの時の伯爵令嬢は、誰が見ても明らかなほどに、あれ以上、アトレシア大王国とは、一切、関係を持ちたくないという様子も、気配も、態度も、そうだったのだ。
「――レイフ殿下がお持ちの報告書の通り、ノーウッド王国では――ほぼ、その存在を知られていませんようで……。ですから、伯爵家代行として、アトレシア大王国に関りを持ったことで、これ以上、ご自分の立場を大きく出したくないのではないかと……」
むむと、眉間をものすごくきつく寄せたまま、宰相も、騎士団長の言い分を、考慮しているようだった。
それで、あまりに嫌そうに――ものすごく嫌そうに、長い息を吐き出していた。
「大袈裟にすべきではない、と?」
「――その、ように、推察しておりますが……」
「それなのに、夜会?」
「ですが、我々の今の立場は、最悪でしょう? さすがに、礼を返さずでは、礼儀も成り立たない」
もっともらしい言い分だが、レイフが、そんな――程度の感傷で心動かされるような王子ではないことを、誰よりも一番に理解している宰相だけに、冷たい眼差しをレイフに返すだけだ。
レイフは口端を微かに上げてみせ、
「王国側は、とてもではないが、王国間同士で許されるはずもないほどの非礼と非道を犯してしまい、その罪で糾弾されてもおかしくはないのですから、ここは、きちんとした誠意を返さなければならないでしょう? きちんと、王国のゲストとして」
「大袈裟にはしたくないようなのでは?」
「ゲストとして招待するのに、一々、理由はいらないでしょう?ただ招待すれば、隣国の貴族令嬢がどうしたのかしら? ――程度の騒ぎでしょうからねえ」
宰相の視線が、アルデーラに戻る。
「どうなさるのですか?」
「謝罪と礼は、きちんと返すべきであろう」
ふう……と、(ものすごく) わざとに宰相が溜息をついて、
「いいでしょう。夜会の準備をさせましょう。招待状は、王太子殿下がご用意なさってください」
「わかった」
ズキズキと、頭痛の種を生んでくれるだけなんて、一体、どういうことなんだ?
宰相の苦情は、一体、誰に言えばいいのか。まったく――――
* * *
待たされていた部屋に入って来た若い女性を見て、そこで待っていた騎士二人が、起立し直す。
「ヘルバート伯爵令嬢ですか?」
「そうです」
静かで、浮き沈みもなく、強弱もない、淡々とした簡潔な口調だった。
やって来た若い女性は、濃紺のドレスを着こみ、濃い焦げ茶色の少し癖のかかった髪を後ろで縛り、長い前髪に隠れて、その顔を見ることができない。
だが、説明された伯爵令嬢の外見とは、一致している。
セシルは、部屋には足を一歩進めたが、それで、特別、部屋の中に入って来る様子もなく、ただ、静かに騎士達を見返しているだけだ。
すでに、初っ端から気まずい雰囲気で、騎士の一人が(意を決して) 一歩前に出た。
「我々は、アトレシア大王国第一騎士団の者です。今日は、王太子殿下の勅使として、こちらに伺いました」
説明は聞いているようだったが、相手からの反応は――全くない。
たぶん、領地にやって来る騎士は歓迎されていないだろうと、王太子殿下からも忠告されてきた。――いや……、厳しく警告されてきた……。
だから、来客がアトレシア大王国の騎士と判って、余計に――目の前の伯爵令嬢が怒ってしまったのだろうか……と、騎士二人が心配になってしまう。
「――――どうぞ、こちらをお受け取り下さい」
また一歩近づいた騎士が、手にしていた封筒を伯爵令嬢の前に差し出した。
無言でその封筒が受け取られ――まずは、第一の任務は果たしたことになるのだろうか? ――かなり、先行き不安な状況ではあるが……。
「一月半後――アトレシア大王国の王宮で、夜会が開かれる予定になっております。そちらは、王太子殿下より、ヘルバート伯爵令嬢への招待状となっております」
封筒を開ける気配が一切ない相手の前で、(必死に) それを丁寧に説明する騎士だ。
だが、シーンと、相手からはなんの反応もない。
「これが、不正で告発された罪状の一覧です」
その紙を取り上げた宰相が目を通し出し、眉間が更にきつく寄せられ出していく。
あまりに不快そうに、あまりに気に食わなさそうに――えぇえ、分かっていますよ、その気持ち。
アルデーラとハーキンだって、あの場で正に同じ感情になって、憤りが止められなかったんですからねえ――
「報告書の次のページを読んでください」
眉間に皺を寄せたまま、無言で、宰相が報告書をめくる。
その目線だけが動いて中身を確認している宰相の顔が――もう、言い様の無いほどの渋面になっていた。
「――――伯爵家代行?」
そんな強調しなくても、その場の全員が聞こえていますよ……。
「それも、隣国ノーウッド王国からの義勇軍として?」
頭痛がする――とでも言うほどに、宰相が鼻の頭を指できつく摘まんでしまった――いや、押し潰していると言った方が正解か。
「――なんという愚行を――」
ブレッカの王国軍の堕落だけではなく、隣国との国際問題まで上がってくるなど、宰相だって予想もしていなかった。
「今すぐ、ノーウッド王国への謝罪状を出すべきでしょう」
「その必要はない」
その反応に、宰相が指を外し、アルデーラを見返す。
「なぜです?」
「ヘルバート伯爵家代行は、この一件を、ノーウッド王国の王宮に報告するつもりはないと、赦免してくれたのだ」
「ここまでの非礼に非道、不敬罪では済まされないでしょう」
だから、伯爵家代行が隣国の王宮に報告しないなどあり得ない、と宰相の口が物語っている。
今度は、アルデーラの方が、自分の指で眉間をつまむような動作をみせた。
「――元々、王国軍の不正を告発してきたのは、伯爵家代行の者だ。報告書に記してあるのは、非道や非礼を働いた一部分だけだ」
なにしろ、どこで“長老派”の手先が潜んでいるか分からない。だから、隣国のヘルバート伯爵家代行の事実だって、最小限のことだけしか、報告書に加えていないのだ。
もし、報告書の情報が漏洩でもされてしまったのなら、アルデーラ達に、一時的にも加担したことになるヘルバート伯爵だって、どんな風に利用されるか判ったものではない。
だから、名前だって、伏せてある。素性だって、明かしていない。
ブレッカでの――あまりに悲惨な醜態を思い出したくもないようなアルデーラの横で、ハーキンは(ものすごく) 仕方なく、ブレッカで起きた事件の全貌を、口頭のみで宰相に話し出した。
その話を聞いている宰相の顔は、猜疑の色がありありと浮かび上がっていて、ハーキンの説明自体、狂ってる所業だ……と、思っているのは疑いようもなかった。
「――――ここまでお話ししたことは、全て事実です」
「興味深いでしょう? ですから、夜会に招待して、きちんと礼を返さねばならないでしょうねえ」
普段から他人を見下すことに(とても) 長けたこの第二王子殿下のレイフ自身が、こんなに乗り気など、一体、どんな裏の話が隠されているのか。
おまけに、話の趣旨が飛んで、すでに夜会の話にまでなっている。
「ハラルド、これは、ここだけの内密に。読み終えたら、燃やすんで」
それで、なにか――かなり機嫌のいいレイフが、自分が持っていた書類を、宰相の前に出してきた。
分厚い報告書と違って、それほど厚さもなく、宰相はすぐに全部を読み終えていた。
「――これがなにか?」
「伯爵家代行、だ」
「まさか」
口を挟む隙がないほどに、一笑された。
「事実ですよ。興味深いでしょう? ですから、夜会で会いたいですねえ」
また、宰相の指が、鼻の頭に、眉間に、強く押し付けられた。
「なんてことだ――。貴族の令嬢に戦を救われるだけではなく、王太子殿下の命まで救われ、王国の英雄として担ぎ上げられてもおかしくない活躍をした本人に、戦の強制参加?! おまけに、脅迫、略奪、非礼と不敬を極めていて、もう、完全に取り返しがつかないではないですか」
「――――今回は、不問にしていただきましたので……」
「そんな言葉を信用する者が、どこにいるのです?」
いや、普通なら、誰も信用しないだろう。
あの令嬢の手助けと活躍に対して、アトレシア大王国側が支払ったものと言えば、あまりに信じられないほどの非礼と非道だけである。立場もなにもあったものではない。
弁解だって、できやしない。
「――――これは……、推測なのですが……、たぶん――貴族の令嬢であられるから、素性を明かしたくないのではないかと……」
「それで、今回の件を不問に?」
冗談でしょっ、と宰相が冷たく言い飛ばす。
だが、あの時の伯爵令嬢は、誰が見ても明らかなほどに、あれ以上、アトレシア大王国とは、一切、関係を持ちたくないという様子も、気配も、態度も、そうだったのだ。
「――レイフ殿下がお持ちの報告書の通り、ノーウッド王国では――ほぼ、その存在を知られていませんようで……。ですから、伯爵家代行として、アトレシア大王国に関りを持ったことで、これ以上、ご自分の立場を大きく出したくないのではないかと……」
むむと、眉間をものすごくきつく寄せたまま、宰相も、騎士団長の言い分を、考慮しているようだった。
それで、あまりに嫌そうに――ものすごく嫌そうに、長い息を吐き出していた。
「大袈裟にすべきではない、と?」
「――その、ように、推察しておりますが……」
「それなのに、夜会?」
「ですが、我々の今の立場は、最悪でしょう? さすがに、礼を返さずでは、礼儀も成り立たない」
もっともらしい言い分だが、レイフが、そんな――程度の感傷で心動かされるような王子ではないことを、誰よりも一番に理解している宰相だけに、冷たい眼差しをレイフに返すだけだ。
レイフは口端を微かに上げてみせ、
「王国側は、とてもではないが、王国間同士で許されるはずもないほどの非礼と非道を犯してしまい、その罪で糾弾されてもおかしくはないのですから、ここは、きちんとした誠意を返さなければならないでしょう? きちんと、王国のゲストとして」
「大袈裟にはしたくないようなのでは?」
「ゲストとして招待するのに、一々、理由はいらないでしょう?ただ招待すれば、隣国の貴族令嬢がどうしたのかしら? ――程度の騒ぎでしょうからねえ」
宰相の視線が、アルデーラに戻る。
「どうなさるのですか?」
「謝罪と礼は、きちんと返すべきであろう」
ふう……と、(ものすごく) わざとに宰相が溜息をついて、
「いいでしょう。夜会の準備をさせましょう。招待状は、王太子殿下がご用意なさってください」
「わかった」
ズキズキと、頭痛の種を生んでくれるだけなんて、一体、どういうことなんだ?
宰相の苦情は、一体、誰に言えばいいのか。まったく――――
* * *
待たされていた部屋に入って来た若い女性を見て、そこで待っていた騎士二人が、起立し直す。
「ヘルバート伯爵令嬢ですか?」
「そうです」
静かで、浮き沈みもなく、強弱もない、淡々とした簡潔な口調だった。
やって来た若い女性は、濃紺のドレスを着こみ、濃い焦げ茶色の少し癖のかかった髪を後ろで縛り、長い前髪に隠れて、その顔を見ることができない。
だが、説明された伯爵令嬢の外見とは、一致している。
セシルは、部屋には足を一歩進めたが、それで、特別、部屋の中に入って来る様子もなく、ただ、静かに騎士達を見返しているだけだ。
すでに、初っ端から気まずい雰囲気で、騎士の一人が(意を決して) 一歩前に出た。
「我々は、アトレシア大王国第一騎士団の者です。今日は、王太子殿下の勅使として、こちらに伺いました」
説明は聞いているようだったが、相手からの反応は――全くない。
たぶん、領地にやって来る騎士は歓迎されていないだろうと、王太子殿下からも忠告されてきた。――いや……、厳しく警告されてきた……。
だから、来客がアトレシア大王国の騎士と判って、余計に――目の前の伯爵令嬢が怒ってしまったのだろうか……と、騎士二人が心配になってしまう。
「――――どうぞ、こちらをお受け取り下さい」
また一歩近づいた騎士が、手にしていた封筒を伯爵令嬢の前に差し出した。
無言でその封筒が受け取られ――まずは、第一の任務は果たしたことになるのだろうか? ――かなり、先行き不安な状況ではあるが……。
「一月半後――アトレシア大王国の王宮で、夜会が開かれる予定になっております。そちらは、王太子殿下より、ヘルバート伯爵令嬢への招待状となっております」
封筒を開ける気配が一切ない相手の前で、(必死に) それを丁寧に説明する騎士だ。
だが、シーンと、相手からはなんの反応もない。