奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

* В.б 夜会へ *

 セシルは、重厚そうな大きな扉の前で立っていた。

 隣に、イシュトール。後ろに、ユーリカとフィロ。
 王宮に連れて来たのは、三人の護衛である。

 フィロは子供ながらに、ずっとセシルの付き人として側にいることが多かったから、今回も、護衛というよりは、“付き人”という役割が大きい。

 それでも、今回は帯刀する理由があり、残り二人の護衛のように、領地の騎士の制服を着ていた。

 三人も護衛が付き添って、大仰しいものであるのに、一応、セシルは他国からやって来た令嬢ということで、三人の護衛は取り払われず、傍で付き添ってくることも、免除されたようだった。

 おまけに、三人とも帯刀したままだ。

 普通なら、王族に面会するその場では、絶対に、帯刀など許されないはずなのに。

 ただ――セシルはアトレシア大王国の出方を警戒して、護衛無しでは、絶対にアトレシア大王国にやってこない、と王国側が踏んだのだろうか。
 それで、()()()寛大さを見せて、セシルの護衛は、帯刀を許可されていたようだった。

 セシルの紹介があるまで、セシル達は、大人しく扉の前で控えているだけだ。

 簡単に説明された手順では、貴族達の入場が始まり、最後に王太子殿下と、王太子妃の登場。そこで、夜会の簡単な挨拶も済まされ、夜会が始まるらしい。

 セシルは他国からの招待客、ということで、夜会の挨拶に参加する必要はなく、パーティーが始まると同時に紹介され、王太子殿下に挨拶をする、ということらしい。

 扉の前で警護している騎士の二人の視線が、最初、ちらっと、やってきたセシルに向けられた――その瞬間、ギョッとしたように瞳が飛び跳ねていた。

 だが、ゲストは貴族の令嬢であり、他国の招待客ということもあり、(かなり) 驚いていたはずであろう動揺を隠し、その後は――全く素知らぬふりをして、あちらの方(空間) に視線を逸らしている。

 それで、待っている間、シーンと、(あまりに) 気まずい沈黙だけが続く。

「ノーウッド王国、ヘルバート伯爵令嬢ご到着っ!」

 ああ、やっと出番である。

 会場側では――その掛け声と共に、大広間に続く大きな扉が開かれ、扉の向こうから、誰かがゆっくりと姿を出した。

 誰かしら? ――程度の興味で、一応、扉の方に視線を向けだした貴族達の目が、これ以上ないほどに見開かれた。

 ザワッ――――!

 いや、ドヨッ……と、そのどよめきの方が大きいだろう。

 会場中、その場に招待されていた貴族達が、信じられないものでも見たかのような面持ちで、全員が全員揃って、その場で唖然としていた。

 会場に入って来た、隣国からやって来たらしい令嬢――の着ているドレスを見て、信じられない思いで――すでに、全員が言葉なし。

 左手にイシュトールのエスコートをされながら、ただ、大ホールの壇上に向かって、セシルはスタスタと歩いていく。

 その着ているドレスと言えば――全く貴族らしからぬ、あまりに()()()で、あまりに……()()()形をしたドレスだ!

 全身真っ黒で埋め尽くされていて――いやいや……、黒を基本としたドレスは、正式な場でも、高級な、そして、威厳のあるものとして扱われている。

 普通、黒を基本としたドレスでも、その生地は重厚であったり、輝かしい光沢があったり、その上に豪奢な刺繍が重なり、豪奢なアクセサリーがついて、見栄えがとてもよいものだ。

 だが、会場内を真っすぐに進んで行く隣国の伯爵令嬢の格好は――ただ真っ黒なドレスが、全身を埋め尽くしているだけだ。

 見たこともない細かいヒダが段々に入った黒のスカートは、ストンと真っ直ぐに落ちる、レイヤードラッフルドレスだ。

 本当は、セシルとしては、羽を真似たフェザースカートにでもしたかったのだが、鳥の羽を集めるのは時間がかかるので、細かくひだひだを多くしたラッフルスカートにしたのだ。

 そして、トップは、身体にピッタリとフィットした、ただの長袖だ。
 だが、左胸の上にだけ――深紅の花が飾られている。

 あまりにバランスがとれない、格好もつかない、ものすごい大きな大きさの花(いや、薔薇だったのだろうか……) が、左胸の上に飾られ、その花のせいで、顔半分が隠れてしまいそうなほどだ。

 手は真っ黒な黒の手袋をして、うつむき加減の顔の周りは、少し癖のありそうな濃い焦げ茶色の髪は、後ろに一つ縛りされていた。

 リボンもない。髪飾りもない。
 アクセサリーも、なにもない。

 だが、()()なほど大きな深紅の薔薇の花はある。

 そして、()()にも見えなくない……段々のヒダがたくさんついた、ラッフルドレス。

 全員が、その場で絶句していた。


――――悪魔(なんて定義はなくても) のドレス…………?!


 会場全員が、そう思ったことだろう。

 壇上の近くまでやってきたセシルは、ドレスの裾を少し摘まむようにして、ゆっくりとお辞儀をする。

 スカートが真っすぐで、それほど余裕のある隙間がないだけに、ドレスのスカートを摘まんでも、あまり広がらない。ほぼ、形だけで、ドレスを摘まんでいるような恰好をしているだけだ。

 隣にいるイシュトール、後ろの護衛のユーリカとフィロも、同じように、丁寧に頭を下げた。

 会場中の貴族が唖然として言葉を失っているだけではなく、王太子殿下だって――こんなあまりに見たこともない……奇天烈なドレスを着た令嬢を前にして、(滅多に見られないほどに) 驚いている。

 そして、王太子殿下の御前(ごぜん)に控えている第二王子殿下と宰相も、表情をあまり出さずとも――唖然としてしまっていた。

 パチパチ。

 瞬きを繰り返しても――目の前の奇天烈なドレスは、消えない。

 パチパチ。

 視界をクリアにしても――異様な……格好をしている令嬢も、未だにそこにいる。

 これは、夢でも、妄想でも、幻想でも、なんでもないのだろう。

 そして、目に飛び込んでくる、あまりにアンバランスな深紅の薔薇の花の飾り。
 顔も見えず、髪の毛は(あまりに) 普通で、うつむいている額の上には、長い前髪が。

 壇上の左右を囲んでいた騎士団の団長や、副団長達だって――信じられない……という顔をして、間近にやってきた令嬢を凝視している。

 だが、すぐに、その場にいた貴族達からの、好意的ではない囁き声が交わされる。

 ザワザワ――――
 ひそひそ――――

 あまりに奇天烈な格好をしている令嬢が目の前にいて、そこら中の貴族の貴婦人や令嬢の間から、目に入れるのも毒になる……と、扇の陰に顔を逸らし、あまりの――悲惨さに、


「なんなんでしょう、あれ……」


との陰口がやまない。

 紳士達は――唖然としたまま、あまりに珍しい珍獣でも見せられているかのように、凝視したまま反応がない。

 会場中の(変な) 注目を一斉に浴びているセシル本人は、その喧騒を完全無視。

 国王陛下が座る壇上の前で、ただ静かにお辞儀をしているだけだ。

 さすがに……、こんな、あまりに奇天烈で……あまりに悲惨なドレスで夜会にやってくる令嬢がいるなど露にも思わず、王太子殿下であるアルデーラも――言葉をかける前に、言葉を失っていた。

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