奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
タッ――と、フィロが腰を落として、すぐ後ろのテーブル側に駆けて行った。そのまま、テーブルの高さに身を隠すようにして、足早に会場を横切って、走り去っていく。
「どうやら、入り口が塞がれているようですが」
イシュトールは会場内の混乱を無視し、サッと周囲を厳しく確認した。
「フィロなら、大丈夫でしょう」
大広間の会場は、一階である。廊下から会場に繋がる大きな扉は、占拠されたかもしれないが、それでも、会場の至る所に窓があり、ガラスの扉があり、出入り口全部を塞いでいないのなら、あのフィロがてこずるはずもない。
「キナ臭い噂が挙がっている、とは聞いていたけれど、なんなのかしら? わざわざ夜会を狙ってくるなんて――」
バカバカしい、だったのか、呆れてものが言えない、だったのか。
「確かにそうですね」
そして、セシルと共に残った二人の護衛も、あっさりと同意していた。
次の手をどうしようかと、警戒しながら会場内を見ていたセシル達の前で、
「――――ぃやぁっ……! きゃあぁっ……!!」
中央に走り出て来た賊の一人が、近くにいた貴族の夫人を、人質に取ったようだった。
一瞬にして、ひっ……! と、言葉にならない恐怖と悲鳴がその場に上がる。
全員の視線が、中央の賊と人質の女性に釘付けになっていた。
「……っ……ぃ……ゃ……」
人質に捕られた女性は全身蒼白で、遠巻きからでも、ブルブルと震えている様子が明らかなほど怯えていた。
その様が、今にも失神しそうな気配を、簡単に物語っていた。
はっ、ぁ……はっ……と、激しく肩が上下していて、あれは、完全にショックで過呼吸状態である。
素早く過呼吸を止めないと、あのまま呼吸困難で失神するより先に、死んでしまいそうな勢いだ。
人質が取られ、賊を相手にしている騎士達の動きが、鈍ってしまっていた。
その隙を突いて、賊が騎士達に猛攻撃をしかけていく。
「イシュトール、ユーリカ、ちょっと隠してください」
その指示で、少しだけ後ろを振り返った二人が、すぐに頷く。
「わかりました」
きゃあっ…………! と、未だ会場内では、パニックと大喧噪が響き渡り、混乱を極めていた。
全く態度も変わらないセシルは、二人の背中越しから、ジッと、隙なく、会場の端から端に鋭い視線を投げる。
セシルがいる場所からは全く反対側のテーブルの奥にいる、恰幅のよい男の姿が目に留まる。
呑気にワインのグラスを傾けながら、その口元が曲げられている。
「動くなっ――!! 少しでも動いたらっ、この女を殺すぞっ――!!」
「……ひいっ……っ……!!」
女性を人質に取った覆面の賊が握っている剣が、女性の喉に押し当てられている。
「イシュトール、あのデブ男を捕まえるわよ」
「デブ男?」
それで、サッと会場内を見渡してみて――イシュトールも、ああ、とすぐに頷いていた。
「まずは、中央のあの男。即座に捕縛しなさい」
「わかりました」
「ユーリカは私と共に」
「はい」
「向かってくる者には、手加減無用です。捕縛した者は、全員、即座に気絶させなさい」
「わかりました」
「では、行きましょうか」
セシルは二人を連れて、スタスタと動き出す。
その近くにいた貴族達数人を通り過ぎる際、セシルが一人の貴婦人の肩を掴んでいた。
何気にセシルを振り返った貴婦人がセシルを見て、ひぃぃっ……と、悲鳴を上げる。
化け物でも見たのでもないのに、なんて反応でしょうねえ。全く失礼な!
「命が惜しければ、テーブルの下に隠れていなさい」
「――――……え……?」
「賊が侵入しているのに、なにをポカンと眺めているの。人質に取られたくなかったら、さっさとテーブルの下に隠れて、避難していなさい」
「――……え……?」
おいっ!
こんな非常時で、あなたの頭は、お花でも咲いているんですか?
セシルは、全く現状を把握しきれていない貴婦人の肩を、無理矢理、押して、すぐ前のテーブルのテーブル掛けをめくっていた。
「……な、なにを……」
「いい、というまで黙って大人しく、テーブルの下で隠れていなさい」
「……君、なにを……」
「あなたもよ。早くしなさい。賊に殺されたくなかったら」
「なにを……」
「早くしなさい。二度は繰り返さないわよ」
あまりに淡々と、静かな口調で言いつけられ、半分以上、状況を理解していないような貴族の男性だったが、テーブルの下に隠れている貴婦人を見下ろし、男の方も恐々とテーブルの下に入っていく。
「あなた達もよ」
まだ数人残っている貴族達に言いつけると、どうしようか……と、迷っている貴族達が、互いに顔を見あう。
「早くしなさい、時間がないのだから。賊が来るわよ」
「……ひっ……!」
その一言が効いたのか、残りの数人も、大慌てで、テーブルの下に潜り込んで行った。
まずは、この貴族達は多少の安全を確保したので、セシルが、すぐに向こうに向かって動き出す。
早足で、躊躇いもなく、中央にいる賊の男の近くまで進んで行った。
「――――なんだお前っ!?」
セシルが近づいてきた気配で、賊の男がセシルを振り返り、一気に顔をしかめる。
「来るなっ! 近づいてみろ。この女の命がどうなってもいいのかっ!」
セシルがまだ近づいてくる気配に、貴婦人を羽交い絞めにしている腕の力を強め、男が剣を貴婦人の顔に近づける。
人質にされた女性は、もう真っ青に顔色が変わり、さっきからの過呼吸で、その顔はあられもないほどの恐怖を映し、ほぼ、呆けた状態で気絶しかかっていた。
「来るなっ! それ以上、近寄ってみろ。この女がどうなっても知らないぜ」
「もう、死にかかってるでしょう? 呼吸をしていないから、血の気も失せ、半分、死にかかっているわよ」
「うるさいっ! 邪魔するんじゃねーっ」
「こんな少人数で王宮まで侵入しといて、たとえ、どんな状況になろうとも、逃走路を確保していないなんて、そんな馬鹿な話はないでしょう? 人質を取って、誰も手が出せないと高を括っているのでしょうけれど、その人質が、半分、死にかかっているとなると、逃走なんて不可能だわ。動けもしない人間を担いで逃げられるとでも、思っているの?」
「うるせーぞっ!」
「足を引っ張られるだけで、役立たずを連れ回すなんて、到底、不可能でしょう? 騎士達に取り囲まれたくなかったら、動ける人間が人質に必要になるはずよ」
「うるせーっ!」
だが、男の頭にも、セシルが淡々と説明した状況が簡単に浮かんでいたのか、想像できたのか、いきなり、ドンッ――と、抱えていた女を突き飛ばしていた。
ドタッと、貴婦人が床に転がった。
セシルが近づいて少し膝を折り、その呼吸を確認する。
「こっちに来いっ!」
グイッ――――
少し屈んだセシルの腕が乱暴に取られ、賊の男が、セシルの顔の前に剣を押し付けて来た。
「ふんっ。自分から、人質になってくるようなバカな女だな」
それで、賊の男が、剣をセシルの顔に押し付けてきながら、その左腕が、グイッと、セシルの首を羽交い絞めにした。
「さあっ、この女の命が惜しければ、全員、動くなっ!」
セシルを人質に抱え、男が大声で叫ぶ。
賊と見合ったまま攻撃ができなかった騎士達も、王族の護衛に回った騎士団の団長や、副団長達も、全員が慎重に動きを止めた。
それで、粋がった残りの賊の侵入者たちが、乱暴に、そこらのテーブルの料理を、剣でぶった切る。
ガシャンっ――――!
ガチャッ、ガシャンっ――!
「さあっ、そこにいる女達をもらおうか。ついでに、王女達もだっ」
へっ、へっ、と騎士達と睨み合っていた残りの侵入者達が、壇上近くに揃っている高位貴族の貴婦人達を、舐め回すような嫌らしい目つきで、わざとに舌で唇を舐める。
夫や騎士達に庇われている貴婦人や令嬢達が、青ざめていた。
「どうやら、入り口が塞がれているようですが」
イシュトールは会場内の混乱を無視し、サッと周囲を厳しく確認した。
「フィロなら、大丈夫でしょう」
大広間の会場は、一階である。廊下から会場に繋がる大きな扉は、占拠されたかもしれないが、それでも、会場の至る所に窓があり、ガラスの扉があり、出入り口全部を塞いでいないのなら、あのフィロがてこずるはずもない。
「キナ臭い噂が挙がっている、とは聞いていたけれど、なんなのかしら? わざわざ夜会を狙ってくるなんて――」
バカバカしい、だったのか、呆れてものが言えない、だったのか。
「確かにそうですね」
そして、セシルと共に残った二人の護衛も、あっさりと同意していた。
次の手をどうしようかと、警戒しながら会場内を見ていたセシル達の前で、
「――――ぃやぁっ……! きゃあぁっ……!!」
中央に走り出て来た賊の一人が、近くにいた貴族の夫人を、人質に取ったようだった。
一瞬にして、ひっ……! と、言葉にならない恐怖と悲鳴がその場に上がる。
全員の視線が、中央の賊と人質の女性に釘付けになっていた。
「……っ……ぃ……ゃ……」
人質に捕られた女性は全身蒼白で、遠巻きからでも、ブルブルと震えている様子が明らかなほど怯えていた。
その様が、今にも失神しそうな気配を、簡単に物語っていた。
はっ、ぁ……はっ……と、激しく肩が上下していて、あれは、完全にショックで過呼吸状態である。
素早く過呼吸を止めないと、あのまま呼吸困難で失神するより先に、死んでしまいそうな勢いだ。
人質が取られ、賊を相手にしている騎士達の動きが、鈍ってしまっていた。
その隙を突いて、賊が騎士達に猛攻撃をしかけていく。
「イシュトール、ユーリカ、ちょっと隠してください」
その指示で、少しだけ後ろを振り返った二人が、すぐに頷く。
「わかりました」
きゃあっ…………! と、未だ会場内では、パニックと大喧噪が響き渡り、混乱を極めていた。
全く態度も変わらないセシルは、二人の背中越しから、ジッと、隙なく、会場の端から端に鋭い視線を投げる。
セシルがいる場所からは全く反対側のテーブルの奥にいる、恰幅のよい男の姿が目に留まる。
呑気にワインのグラスを傾けながら、その口元が曲げられている。
「動くなっ――!! 少しでも動いたらっ、この女を殺すぞっ――!!」
「……ひいっ……っ……!!」
女性を人質に取った覆面の賊が握っている剣が、女性の喉に押し当てられている。
「イシュトール、あのデブ男を捕まえるわよ」
「デブ男?」
それで、サッと会場内を見渡してみて――イシュトールも、ああ、とすぐに頷いていた。
「まずは、中央のあの男。即座に捕縛しなさい」
「わかりました」
「ユーリカは私と共に」
「はい」
「向かってくる者には、手加減無用です。捕縛した者は、全員、即座に気絶させなさい」
「わかりました」
「では、行きましょうか」
セシルは二人を連れて、スタスタと動き出す。
その近くにいた貴族達数人を通り過ぎる際、セシルが一人の貴婦人の肩を掴んでいた。
何気にセシルを振り返った貴婦人がセシルを見て、ひぃぃっ……と、悲鳴を上げる。
化け物でも見たのでもないのに、なんて反応でしょうねえ。全く失礼な!
「命が惜しければ、テーブルの下に隠れていなさい」
「――――……え……?」
「賊が侵入しているのに、なにをポカンと眺めているの。人質に取られたくなかったら、さっさとテーブルの下に隠れて、避難していなさい」
「――……え……?」
おいっ!
こんな非常時で、あなたの頭は、お花でも咲いているんですか?
セシルは、全く現状を把握しきれていない貴婦人の肩を、無理矢理、押して、すぐ前のテーブルのテーブル掛けをめくっていた。
「……な、なにを……」
「いい、というまで黙って大人しく、テーブルの下で隠れていなさい」
「……君、なにを……」
「あなたもよ。早くしなさい。賊に殺されたくなかったら」
「なにを……」
「早くしなさい。二度は繰り返さないわよ」
あまりに淡々と、静かな口調で言いつけられ、半分以上、状況を理解していないような貴族の男性だったが、テーブルの下に隠れている貴婦人を見下ろし、男の方も恐々とテーブルの下に入っていく。
「あなた達もよ」
まだ数人残っている貴族達に言いつけると、どうしようか……と、迷っている貴族達が、互いに顔を見あう。
「早くしなさい、時間がないのだから。賊が来るわよ」
「……ひっ……!」
その一言が効いたのか、残りの数人も、大慌てで、テーブルの下に潜り込んで行った。
まずは、この貴族達は多少の安全を確保したので、セシルが、すぐに向こうに向かって動き出す。
早足で、躊躇いもなく、中央にいる賊の男の近くまで進んで行った。
「――――なんだお前っ!?」
セシルが近づいてきた気配で、賊の男がセシルを振り返り、一気に顔をしかめる。
「来るなっ! 近づいてみろ。この女の命がどうなってもいいのかっ!」
セシルがまだ近づいてくる気配に、貴婦人を羽交い絞めにしている腕の力を強め、男が剣を貴婦人の顔に近づける。
人質にされた女性は、もう真っ青に顔色が変わり、さっきからの過呼吸で、その顔はあられもないほどの恐怖を映し、ほぼ、呆けた状態で気絶しかかっていた。
「来るなっ! それ以上、近寄ってみろ。この女がどうなっても知らないぜ」
「もう、死にかかってるでしょう? 呼吸をしていないから、血の気も失せ、半分、死にかかっているわよ」
「うるさいっ! 邪魔するんじゃねーっ」
「こんな少人数で王宮まで侵入しといて、たとえ、どんな状況になろうとも、逃走路を確保していないなんて、そんな馬鹿な話はないでしょう? 人質を取って、誰も手が出せないと高を括っているのでしょうけれど、その人質が、半分、死にかかっているとなると、逃走なんて不可能だわ。動けもしない人間を担いで逃げられるとでも、思っているの?」
「うるせーぞっ!」
「足を引っ張られるだけで、役立たずを連れ回すなんて、到底、不可能でしょう? 騎士達に取り囲まれたくなかったら、動ける人間が人質に必要になるはずよ」
「うるせーっ!」
だが、男の頭にも、セシルが淡々と説明した状況が簡単に浮かんでいたのか、想像できたのか、いきなり、ドンッ――と、抱えていた女を突き飛ばしていた。
ドタッと、貴婦人が床に転がった。
セシルが近づいて少し膝を折り、その呼吸を確認する。
「こっちに来いっ!」
グイッ――――
少し屈んだセシルの腕が乱暴に取られ、賊の男が、セシルの顔の前に剣を押し付けて来た。
「ふんっ。自分から、人質になってくるようなバカな女だな」
それで、賊の男が、剣をセシルの顔に押し付けてきながら、その左腕が、グイッと、セシルの首を羽交い絞めにした。
「さあっ、この女の命が惜しければ、全員、動くなっ!」
セシルを人質に抱え、男が大声で叫ぶ。
賊と見合ったまま攻撃ができなかった騎士達も、王族の護衛に回った騎士団の団長や、副団長達も、全員が慎重に動きを止めた。
それで、粋がった残りの賊の侵入者たちが、乱暴に、そこらのテーブルの料理を、剣でぶった切る。
ガシャンっ――――!
ガチャッ、ガシャンっ――!
「さあっ、そこにいる女達をもらおうか。ついでに、王女達もだっ」
へっ、へっ、と騎士達と睨み合っていた残りの侵入者達が、壇上近くに揃っている高位貴族の貴婦人達を、舐め回すような嫌らしい目つきで、わざとに舌で唇を舐める。
夫や騎士達に庇われている貴婦人や令嬢達が、青ざめていた。