奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *


 気絶させた男の横で膝を折り、セシルは、自分の右(もも)に巻き付けてある皮の紐を抜き取っていた。
 男をうつぶせにさせ、男の後ろ手で、その両腕を縛り上げていく。

「マスター」

 イシュトールとユーリカの二人も、先程の男達の捕縛を終えたようだった。

「あの男と一緒に、この男を中央に運んでちょうだい」
「わかりました」

 ユーリカは、さっきのテーブルの場所に戻っていく。対するイシュトールは、気絶している男の首根っこを無造作に引っ張り上げ、ズルズルと中央に引っ張っていく。

 セシルも身軽に立ち上がり、イシュトールの後についた。

 会場内の混乱は極めていて、貴族の夫人や令嬢達からのすすり泣き、嗚咽、かすれた悲鳴が上がり、ほぼ、ほとんどの女性が腰を抜かして、床に座り込んでいる状態だ。

 その横で、付き添いの男性や、夫だったり、女性の介抱をしているようだったが、その大半が青ざめた顔色を見せ、会場での惨劇を見ないように、視線をそらしたままだ。

 その全員を無視して、セシル達は中央に戻ってきていた。

「イシュトール、その男は背中を向けさせて。こっちのデブ()は、賊を見せるように」
「わかりました」

 混乱した会場の中で、この三人だけが、淡々と作業をし、動揺もしていない。

 後ろで縛り付けられ、気絶している男達が、その場で床に転がったまま、セシルの指示通り寝かされる。

 領地の騎士が着ている制服の袖口には、仕込みがしてあるのだ。袖口の裏から、皮の紐を抜き取った二人が、男達を縛り付けたのだ。

 どうやら、閉鎖された扉が突破され、中になだれ込んだ王国の騎士達が、会場内の散乱した有り様を目にし、一瞬だけ怯んだその視界に、中央で剣を握っている三人を目撃し、数人の騎士が剣を抜き放った。

 イシュトールとユーリカが、すぐにセシルの前に立ち、身構える。

「やめよっ――」

 会場に届くほどの鋭い命令が飛ばされた。

 剣を片手に走り込んできた騎士達が、ピタリ、と止まる。

 セシルの元に、護衛の騎士を引き連れて、ゆっくりと、王太子殿下であるアルデーラが寄って来ていたのだ。

「やめよっ。この者達に手を出す者は、即刻、処罰する」
「――し、失礼いたしましたっ……!」

 驚いて、騎士達が速攻で剣をしまいこんでいた。

「剣を引きなさい」
「はい」

 イシュトールとユーリカも、剣をしまった。
 それを見て、自分のレイピアも鞘に入れ直し、セシルは剣を下げる腰のベルトを、自分の腰に巻き付けた。

 だが、セシルの近くに寄って来たアルデーラも、そして、セシルも、一切、互いに見向きもしない。

 その間、向こうの方では、指揮を取っている数人の貴族に誘導され、ゾロゾロと、集まっていた貴族達が会場を後にしていく。

 テーブルの下も騎士達に確認され、テーブルの下に隠れていた貴族達も、兢々(きょうきょう)とした様子のまま、テーブルの下から這いずり出てきていた。

 夜会に集まっていた貴族達が、続々と、会場である大広間を後にし、残りは動き回る騎士達だけだ。

 夜会に侵入してきた賊の一味を全員捕縛し、縄にかけ、この混乱で呼び出されたのか――会場には、ものすごい数の騎士達が揃っていた。

 だが、中央で寝転がった三人を囲んでいるその場だけは、王太子殿下が揃っているせいか、会場を動き回っている騎士達が、一切、近寄ってこない。

 王太子殿下の元には、まだ数人の団長なのか、副団長なのか、真っ白な騎士の制服に身をつつんだ騎士達が残っていた。

 その全員が、口を開かない。

 そして、あまりに不審で、あまりに――信じられない行動をした隣国の伯爵令嬢を問い詰めたいはずなのに、王太子殿下が完全に沈黙を保っている為、その騎士達も、セシルには近寄ってはこなかった。

 見向きもしなかった。

 会場にいた貴族達の次に、捕縛された賊共が運び出される。その全員がいなくなっていた。
 今の会場は、完全に、静寂だけが降りていた。

「王太子殿下。侵入してきた賊は、全員、捕縛いたしました」

 真っ白な騎士の制服を着た二人が、戻って来た。一人は年配で、もう一人は、随分、若く見える騎士だ。

 先程、王太子殿下の命令で、賊を捕獲・捕縛しに、壇上から飛び出していった若い騎士だ。

 数人の騎士だけは、白地の制服を着ていた。騎士の正礼装なのだろうか?

 制服と言うよりは、高位貴族のイブニングコートが、少し軍服化したような見た目だ。

 ジャケットの胸元には、階級章なのか、金の飾りが何個も連なり、ジャケットや袖の襟元や裾には、アクセントが入る赤地のストライプなど、威厳が更に強まった雰囲気でもある。

 右肩からは金の飾緒(しょくお)が下がり、他の装飾や刺繍も金でなっている。中から少し覗くベストも、白地に豪奢な金の刺繍がされていた。

 そして、マントの代わりに、足首まで届きそうな長い白いコートを羽織り、その肩には、金のエポレットが、裾も乱れず並んでいる。

 その若い騎士の後ろにも、一人、若い騎士が影のように付き添って。

 だが、真っ白な騎士の正礼装ではなく、会場に控えていた他の騎士達のように、薄紫の大きな襟のついたジャケット、首元にはクラバット、そして、真っすぐに伸びた白のトラウザーズ。

 腰には、ベルトの他に、剣を下げる皮ベルトが。そして、黒い膝下のブーツである。

 会場に飛び込んできた騎士達は、上下揃って濃紫の騎士服だった。どうやら、下士官の騎士達の正装は、薄紫のジャケットのようだった。

「わかった。人払いをしろ」

 指示された年配の騎士は、王太子殿下の意図を探ろうと、ほんの微かにだけ眉間を寄せたようだったが、すぐに頷いた。

「わかりました。――ギルバート」
「はい」

 若い騎士と影のように付き添っている騎士二人が、向こうの方に走っていった。
 まだ会場に残っていた騎士達に何かの指示を出し、パラパラ、バラバラと、騎士達が会場を去っていく。

 それで、二人の騎士が扉を閉め、また、王太子殿下の元に戻って来る。

「扉の外に、見張りを置いております。大広間には、誰一人、近付けないよう指示を出しました」

 その報告を聞いているのかいないのか、王太子殿下からの返答はない。

 それで、残った騎士団の団長格の数人が、王太子殿下の指示を待っている。

「さて」

 その一言は、誰に言われたものだったのだろうか?

 王太子殿下は、捕縛された三人の男達のすぐ前には立っているが、隣国からやって来た伯爵令嬢とは背を向け、互いに顔も見ていない状態だ。

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