奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「話を聞かせてもらいたいのだが?」
「そんな気はありません。義理も、ありませんよ」
「是非、委細漏らさず、話してもらいたい」
「へえ、なにをです?」
「なぜ、ダル男爵と、エリングボー伯爵を、一番に狙い定めたのか。あまりに偶然にしては、出来過ぎな状況に見えなくもないと思うのだが?」
「それが?」
「なぜ、ダル男爵を一番先に狙ったのか、その理由は?」
「デブ男だから、最初に目がついただけです」
その返答は予想していなかったのか――アルデーラが、数回、瞬いていた。
「――――デブ男――――」
その言葉を繰り返して――まるで、その言葉を噛み砕いているかのように、一語、一語をはっきりと繰り返してしまったアルデーラだ。
「――なぜ、あの二人が裏切り者だと?」
「なぜ気付かないんです?」
「あれだけの人数が会場内には集まっていた。なぜ、あの二人だけに目をつけたのか?」
互いに質問だけを繰り返し、互いの反応を無視している。自分の質問だけを押し付けて、相手の出方は考慮していない様子だ。
「この部屋、なっていないでしょう?」
突然、意味も解らない返答が出され、アルデーラがほんの微かにだけ小首を倒した。
「どういう意味だろうか?」
「この部屋、なっていないでしょう?」
窓の下は、庭かなにか知らないけれど、広々とした閑散とした場所があって、外の見張りがいない。
灯りもない暗闇が続き、見張りの徘徊だって、30~40分に一度だけ。
窓の下には足場があって、大柄の男なら落ちてしまうけれど、小柄な体格の人間なら、隠れ潜んでいたとしても、誰にも見つからない。
「ここ、随分、立派で豪勢な部屋ですけど、誰の部屋です? こんな見張りが手薄で、警護もなっていない場所、本気で使いたいんですか?」
アルデーラの瞳が上がっていた。
今、セシルが指摘してきた話の内容に驚いて、それでも、一語一語、その全部、その意味を理解したかのようだった。
アルデーラが、横に控えている二人の騎士に向かって、視線だけを飛ばした。
二人がただ頷き、すぐに窓側に寄っていく。
二人は、一度、窓から外を確認し、間を空けて窓辺に立つようだった。
その光景を視界の端で確認して、アルデーラが、また、セシルに真っすぐ向き直る。
「なぜ、あの二人に狙いをつけたのか、話してもらいたい」
「王宮で開かれている大きなパーティーの場に、賊が侵入してきたのに、驚く様子もなく、したり顔でワインを飲んでいる男なんて、余程のバカか、もしくは――初めから、賊の侵入を知っていた一人、のどちらかでしょう?」
「確かに。エリングボー伯爵は、なぜ?」
「次の男は、あのデブ男が、したり顔でにやけている時に、確認していた男だからです。あっちの方は、デブ男に興味もないようでしたけど、確かめていたんでしょう? 片棒を担ぐ男が、どう反応していたのかを」
あの混沌と混乱した場で、セシル一人だけが、そんな冷静な状況判断を下していたなど、あまりに驚きの事実だ。
あまりに淡々と、あまりに冷静で、セシルは賊の前にやって来た時でさえも、一切、動揺している様子さえもなかった。
その事実に気が付き始めた騎士団の団長格の騎士達が、その場で見守っていながらも――かなりセシルを警戒し始めていた。
アルデーラは、まだセシルを真っすぐに見据え、次の質問を慎重に出してみることにした。
「あの賊は、まだ生きているようであるのは? 息を吹き返した訳でもないのに」
「それは、あなたの仕事でしょう? なぜ、隣国で、全く無関係の私が、わざわざと、手を汚してやらなければならないのです?」
それも、恩も義理も何もないアトレシア大王国の為に――ふんっと、口には出されずとも、鼻で笑い飛びしているだろう態度が明らかだ。
先程、セシル達を大広間から(追い) 出した後、また騎士達を呼び戻したアルデーラ達は、今夜の陰謀を仕掛けたダル男爵と、エリングボー伯爵を逮捕させ、投獄した。
それで、残っている団長格の騎士達の前で、血飛沫に埋もれているような賊の無残な――死体だけが転がっていた。
だが、ジーっと、賊の死体を凝視しているかのようなアルデーラは、突然、膝をつき、死体の方に手を伸ばしたのだ。
「王太子殿下、お手が汚れます」
それには聞かず、アルデーラは――賊の腹の上と着ているシャツの間に隠れているような、四角い塊を取り上げていた。
ボタボタっ――――
ドロドロ。
赤い――濁った塊と一緒に、血が流れ落ちていく。
だが、死体に目を向けたアルデーラの前で、賊のお腹の当たりが、四角くきれいに血痕が取れていたのだ。
それで、その下には、剣で刺し殺された痕も穴もない。
パっ――と、信じられずに、アルデーラの瞳が上がっていた。
考えもせずに、賊のシャツを引き裂くと、薄く真っ直ぐに切込みを入れられた部分だけが赤くなっていても、小さな四角い部分は、肌色がきれいに残っていたのだ!
「なんと――!」
「どうなさいました――えっ――!?」
アルデーラの反対側で、膝を折った第一騎士団団長のハーキンだって、瞳を瞬かせた。
「――これは、一体……」
「――血、の袋?!」
「……なぜ、そんなものを……」
それは、あのセシルが――持ち込んでいたからであるからで、それ以外の理由はない。
でも、正にその理由が判らない!
賊が刺殺されていたのではないと判り、賊も牢屋に連れて行かせたが、あまりに謎だけが残っていて、アルデーラの頭には、さっきの光景だけが焼き付いてしまっていたのだ。
後始末を終えた騎士団の指示を終え、国王陛下の安全の確認と護衛強化の報告、王女妃や王子達の安全の確認も終わり、それで、やっと、アルデーラは残りの団長格を連れて、アルデーラが私室として使用している部屋にやってきたのだ。
一筋縄ではいかないあの伯爵令嬢を知ってしまっただけに、このまま、事情も知らずに、混乱と疑惑だけを残して、さっさとセシルを部屋に送り返すことなどできないのだ。
「血、の袋?」
セシルの口元にだけ薄い、それも見落としてしまいそうなほど薄く、口端が上がる。
「それが?」
「わざわざ持参しいているなど、用意周到で」
「血糊程度、用意しているのは普通でしょう? なにしろ、どこで襲われるか、脅されるか、人質に取られるか、判ったものじゃあないものねえ。物騒だものねえ、この国って。特に、若い女には」
ぐっ……と、アルデーラが嫌そうに言葉に詰まる。
セシルの腰元には、剣がぶらさがっている。そして、“血糊”という血の袋まで用意して、おまけに、先程見た時には、足に――太腿に、ナイフだって仕込んでいたはずだ。
これだと、完全武装で、王宮内までやってきた、伯爵令嬢だ。
「――確か――もう一人、連れがいたはずだが?」
「それが?」
「その連れは、今、どこに?」
「逃がしていますわよ。あのような物騒で、危険で、残虐な場所に残しておくなど、あまりに非道な行いでしょう?」
本気でそんなことなど露にも思ってもいないくせに、その口がよく言ったものだ。
「わざわざ、護衛を逃がすなど、職務怠慢、ではないのか?」
「あら? 別に一人くらい抜けても、まだ、他にも二人いますものねえ」
だから、セシルには痛くもかゆくもないのだ、と暗黙に言いつけている。
アルデーラはそのセシルの態度を無視して、鋭い眼差しを変えず、
「逃げた連れを、呼び戻してもらいたい」
「ご冗談を」
全く口を挟む隙も無いほど、スッパリ、キッパリと言い捨てられた。
「そんな気はありません。義理も、ありませんよ」
「是非、委細漏らさず、話してもらいたい」
「へえ、なにをです?」
「なぜ、ダル男爵と、エリングボー伯爵を、一番に狙い定めたのか。あまりに偶然にしては、出来過ぎな状況に見えなくもないと思うのだが?」
「それが?」
「なぜ、ダル男爵を一番先に狙ったのか、その理由は?」
「デブ男だから、最初に目がついただけです」
その返答は予想していなかったのか――アルデーラが、数回、瞬いていた。
「――――デブ男――――」
その言葉を繰り返して――まるで、その言葉を噛み砕いているかのように、一語、一語をはっきりと繰り返してしまったアルデーラだ。
「――なぜ、あの二人が裏切り者だと?」
「なぜ気付かないんです?」
「あれだけの人数が会場内には集まっていた。なぜ、あの二人だけに目をつけたのか?」
互いに質問だけを繰り返し、互いの反応を無視している。自分の質問だけを押し付けて、相手の出方は考慮していない様子だ。
「この部屋、なっていないでしょう?」
突然、意味も解らない返答が出され、アルデーラがほんの微かにだけ小首を倒した。
「どういう意味だろうか?」
「この部屋、なっていないでしょう?」
窓の下は、庭かなにか知らないけれど、広々とした閑散とした場所があって、外の見張りがいない。
灯りもない暗闇が続き、見張りの徘徊だって、30~40分に一度だけ。
窓の下には足場があって、大柄の男なら落ちてしまうけれど、小柄な体格の人間なら、隠れ潜んでいたとしても、誰にも見つからない。
「ここ、随分、立派で豪勢な部屋ですけど、誰の部屋です? こんな見張りが手薄で、警護もなっていない場所、本気で使いたいんですか?」
アルデーラの瞳が上がっていた。
今、セシルが指摘してきた話の内容に驚いて、それでも、一語一語、その全部、その意味を理解したかのようだった。
アルデーラが、横に控えている二人の騎士に向かって、視線だけを飛ばした。
二人がただ頷き、すぐに窓側に寄っていく。
二人は、一度、窓から外を確認し、間を空けて窓辺に立つようだった。
その光景を視界の端で確認して、アルデーラが、また、セシルに真っすぐ向き直る。
「なぜ、あの二人に狙いをつけたのか、話してもらいたい」
「王宮で開かれている大きなパーティーの場に、賊が侵入してきたのに、驚く様子もなく、したり顔でワインを飲んでいる男なんて、余程のバカか、もしくは――初めから、賊の侵入を知っていた一人、のどちらかでしょう?」
「確かに。エリングボー伯爵は、なぜ?」
「次の男は、あのデブ男が、したり顔でにやけている時に、確認していた男だからです。あっちの方は、デブ男に興味もないようでしたけど、確かめていたんでしょう? 片棒を担ぐ男が、どう反応していたのかを」
あの混沌と混乱した場で、セシル一人だけが、そんな冷静な状況判断を下していたなど、あまりに驚きの事実だ。
あまりに淡々と、あまりに冷静で、セシルは賊の前にやって来た時でさえも、一切、動揺している様子さえもなかった。
その事実に気が付き始めた騎士団の団長格の騎士達が、その場で見守っていながらも――かなりセシルを警戒し始めていた。
アルデーラは、まだセシルを真っすぐに見据え、次の質問を慎重に出してみることにした。
「あの賊は、まだ生きているようであるのは? 息を吹き返した訳でもないのに」
「それは、あなたの仕事でしょう? なぜ、隣国で、全く無関係の私が、わざわざと、手を汚してやらなければならないのです?」
それも、恩も義理も何もないアトレシア大王国の為に――ふんっと、口には出されずとも、鼻で笑い飛びしているだろう態度が明らかだ。
先程、セシル達を大広間から(追い) 出した後、また騎士達を呼び戻したアルデーラ達は、今夜の陰謀を仕掛けたダル男爵と、エリングボー伯爵を逮捕させ、投獄した。
それで、残っている団長格の騎士達の前で、血飛沫に埋もれているような賊の無残な――死体だけが転がっていた。
だが、ジーっと、賊の死体を凝視しているかのようなアルデーラは、突然、膝をつき、死体の方に手を伸ばしたのだ。
「王太子殿下、お手が汚れます」
それには聞かず、アルデーラは――賊の腹の上と着ているシャツの間に隠れているような、四角い塊を取り上げていた。
ボタボタっ――――
ドロドロ。
赤い――濁った塊と一緒に、血が流れ落ちていく。
だが、死体に目を向けたアルデーラの前で、賊のお腹の当たりが、四角くきれいに血痕が取れていたのだ。
それで、その下には、剣で刺し殺された痕も穴もない。
パっ――と、信じられずに、アルデーラの瞳が上がっていた。
考えもせずに、賊のシャツを引き裂くと、薄く真っ直ぐに切込みを入れられた部分だけが赤くなっていても、小さな四角い部分は、肌色がきれいに残っていたのだ!
「なんと――!」
「どうなさいました――えっ――!?」
アルデーラの反対側で、膝を折った第一騎士団団長のハーキンだって、瞳を瞬かせた。
「――これは、一体……」
「――血、の袋?!」
「……なぜ、そんなものを……」
それは、あのセシルが――持ち込んでいたからであるからで、それ以外の理由はない。
でも、正にその理由が判らない!
賊が刺殺されていたのではないと判り、賊も牢屋に連れて行かせたが、あまりに謎だけが残っていて、アルデーラの頭には、さっきの光景だけが焼き付いてしまっていたのだ。
後始末を終えた騎士団の指示を終え、国王陛下の安全の確認と護衛強化の報告、王女妃や王子達の安全の確認も終わり、それで、やっと、アルデーラは残りの団長格を連れて、アルデーラが私室として使用している部屋にやってきたのだ。
一筋縄ではいかないあの伯爵令嬢を知ってしまっただけに、このまま、事情も知らずに、混乱と疑惑だけを残して、さっさとセシルを部屋に送り返すことなどできないのだ。
「血、の袋?」
セシルの口元にだけ薄い、それも見落としてしまいそうなほど薄く、口端が上がる。
「それが?」
「わざわざ持参しいているなど、用意周到で」
「血糊程度、用意しているのは普通でしょう? なにしろ、どこで襲われるか、脅されるか、人質に取られるか、判ったものじゃあないものねえ。物騒だものねえ、この国って。特に、若い女には」
ぐっ……と、アルデーラが嫌そうに言葉に詰まる。
セシルの腰元には、剣がぶらさがっている。そして、“血糊”という血の袋まで用意して、おまけに、先程見た時には、足に――太腿に、ナイフだって仕込んでいたはずだ。
これだと、完全武装で、王宮内までやってきた、伯爵令嬢だ。
「――確か――もう一人、連れがいたはずだが?」
「それが?」
「その連れは、今、どこに?」
「逃がしていますわよ。あのような物騒で、危険で、残虐な場所に残しておくなど、あまりに非道な行いでしょう?」
本気でそんなことなど露にも思ってもいないくせに、その口がよく言ったものだ。
「わざわざ、護衛を逃がすなど、職務怠慢、ではないのか?」
「あら? 別に一人くらい抜けても、まだ、他にも二人いますものねえ」
だから、セシルには痛くもかゆくもないのだ、と暗黙に言いつけている。
アルデーラはそのセシルの態度を無視して、鋭い眼差しを変えず、
「逃げた連れを、呼び戻してもらいたい」
「ご冗談を」
全く口を挟む隙も無いほど、スッパリ、キッパリと言い捨てられた。