奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「こんな危ない場所に、私の付き人を呼び戻すなんて、そんな非情なことをするわけもないでしょう? それとも、権力を振りかざして、命令なされば? 言うことを聞かなければ打ち首、かしらね? アトレシア大王国の夜会にて、他国の貴族令嬢、不敬罪で処罰される、とか?」

「自覚があるようだ」

「あら? なんの自覚かしら? 不敬など働きまして? 最初から、()()()()()()()、話すことをお許しになったのは、どなただったかしらね? 私は、思ったままのことを、話しているつもりですけれど?」

 そんな意味で言われた言葉でないことくらい百も承知で、よくもまあ、取って付け加えたような屁理屈を、アルデーラの前で並び立ててくるものだ。

「夜会に着いたばかりで、すでに、王国内の貴族を二人も捕縛。随分と、タイミングがいいように、見えないでもないが?」

 ふんっと、伯爵令嬢が冷たく鼻で笑い飛ばした。

「まあ、脅しですか? ああ、怖い、怖い」

 一体、どこの世界に、来たくもない夜会に、無理矢理、連れて来られて、おまけに、その場で賊に襲われてかけているのに、それが、最初から仕組まれた陰謀?

 全く無関係の他国の令嬢が、裏で糸を引いた?

「随分、面白い言い分を聞いたものです。ふんっ。そんなくだらない戯言(ざれごと)を、考えるなんてね」

 その口に出されぬ言葉の続きが、まるで、幼児以下の愚鈍以外何者でもないわねと、完全にアルデーラを――いや、アルデーラだけでなく、そこに控えている全員を、侮辱している有り様が明確だった。

 アルデーラの冷たい表情の上に、ピリッと、眉間が揺れきつくしかめられていく。

「別に、そんな理由で投獄なさりたいのならなされば?」

 証拠もなにも無い。全く無関係の他国の令嬢を夜会に招待したのは、アトレシア大王国の方だ。

 今夜の夜会と、ヘルバート伯爵令嬢が揃った場で、賊が侵入したのは、あまりに偶然だったとしても、王国に全く関係も因縁もない他国の令嬢が、裏で糸を引いていたなど糾弾(きゅうだん)し、伯爵令嬢を捕縛・投獄などしたものなら、さすがに、隣国ノーウッド王国だって、黙ってはいないだろう。

 ノーウッド王国を通しもしないのに、全く、アトレシア大王国に関係もない伯爵令嬢を夜会に呼ぶほどの、重要な理由があったのか、と。

 それは、罪を(なす)り付ける為に、わざわざ仕組んだのか。
 それなら、ノーウッド王国を標的に――まさか、それで、国交問題にする為に、わざとに仕組んだのか。

 などと、最悪に、ノーウッド王国から警戒され、アトレシア大王国との国交断絶を宣言されてもおかしくはない。

 たがか伯爵令嬢一人の罪で、ノーウッド王国が、そこまでの最終手段を取るとは思えない。

 それでも、今回は誰がどう見ても、アトレシア大王国側に非があるのだ。

 その夜会に参加したというだけの理由で、他国の伯爵令嬢を投獄してしようものなら、その非道な仕打ちを――などと、そんな噂が、一気に他国に知れ渡ってしまうことだろう。

 王宮内の大広間に繋がる道を塞ぎ、おまけに、王宮内を警備している騎士達の目を(あざむ)いて、夜会に侵入してくるなど、内部犯の犯行以外に有り得ない。

 そんなこと、アルデーラだけでなく、目の前の伯爵令嬢だって、一番に理解していることだ。

 その賊を捕らえられたのは、認めたくなくとも、この目の前にいる伯爵令嬢のおかげだったのだから。

 だから、アルデーラが脅しをかけようが、そんな強気で、それ以上に、非礼に当たる行為をすれば、立場が更に悪くなるのは、アルデーラ達であることはあまりに明確だった。

「権力を笠に着て、威張り散らして好きになされば? そうでなければ、なんの為の権力なのか、分かりませんものねえ」

 さっきから、あまりに礼儀知らずな態度に、度を超え過ぎている口調に、明らかなほどの侮辱に、その度を超え過ぎた非礼を続ける伯爵令嬢に、その場の全員から、無言の怒気が上がっていた。

 全員が全員揃って、ギリっと、歯ぎしりが聞こえてきそうなほど、難しく顔をしかめている。

 あまりに腹の立つ扱いを受けて、アルデーラだって、こんな侮辱を受けたのは初めてである。

 だが、自分の怒りのままに伯爵令嬢を責めたのなら、それこそ、伯爵令嬢の思うつぼである。
 威張り散らすだけしか能の無い男、などと、問題解決どころか、更に、アルデーラの立場を侮蔑することだろう。

 アルデーラの口は、難しく真一文字に閉じられたままだ。だが、これ以上、伯爵令嬢のペースに乗せられないよう、鼻だけで長い息を吐き出していた。

「しばらくは、この王宮で生活してもらうことになる。もちろん、()()()として、不便などなく過ごせるよう、こちらも尽力を尽くすので」

 だから、投獄するのでもなし、監禁するのでもない。

 それ以上は、伯爵令嬢であろうとも、口を挟めぬ無言の圧と雰囲気で、アルデーラがこの会話を締めくくっていった。

「部屋までお送りしよう」

 その視線の先が、起立して黙って控えている――若い騎士の一人に向けられた。

「かしこまりました」

 若い騎士が頷き、その視線を伯爵令嬢の方に向けてくる。

「どうぞこちらに。お部屋まで、ご案内いたします」

 まだ若そうな騎士なのに、王太子殿下の私室のような部屋に通ることを許されて、おまけに、団長並の極秘の話し合いにも参加してきた騎士だ。

 まさか、こんな若さで副団長――並みの立場をもらっているわけでもあるまいに。

 セシルが無言で椅子から立ち上がった。

 そして、アルデーラに見向きもせず、挨拶もせず、さっさと動き出す。その後ろをすぐに、イシュトールとユーリカがついてくる。

「どうぞこちらへ」

 寄って来たセシルを前に、騎士が一緒に歩き出した。

 それからすぐに、その部屋からは、完全に伯爵令嬢の気配が消えていた。


* * *


 ギルバートがセシル達を客室に送り届け、そこを護衛させている騎士達に厳しい指示を残し、またアルデーラの私室に戻って来た。

 一礼して部屋に入って来たギルバートは、まだ難しい顔をしたまま、アルデーラが座っている椅子の方に寄っていく。

「客人はお部屋の方にお送りいたしました。扉の前に護衛を数名、その周囲一帯にも、十名程の騎士をおいております」
「ご苦労だった」

「客人は、食事は、一切、必要ない、とのことですが」
「それでよい」

 そんな条件にも、アルデーラは驚いている様子はなかった。

 ギルバートの眉間が微かに寄せられ、
「――――王太子殿下。先程の者達は、何者です?! あのような非礼を働くなど、他国の貴族であろうと、許されるものではありません。不敬罪も(はなは)だしいものだ」

 さすがに、王太子殿下であるアルデーラに対しての、あのセシルの非礼極まりない態度に、言動に、ギルバートがかなりの不快を表している。

 だが、アルデーラも――傍に控えている第一騎士団団長のハーキンも、難しく顔をしかめたまま、何も言わない。

 その様子が信じられなくて、ギルバートの眼差しが、自分の上官である、第三騎士団団長のヘインズに向けられる。

 そのきつい眼差しが、


「これは、一体、どういうことなのですかっ――!?」


と責めているのは間違いなかった。


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