天妃物語〜本編後番外編・帰ってきた天妃が天帝に愛されすぎだと後宮の下女の噂話がはかどりすぎる〜
「う、鶯、なにかいるよ!?」

 萌黄が青褪(あおざ)めて周囲を見回す。
 そんな萌黄を鶯は背後に庇って辺りを警戒した。
 緊張感が高まる中、とうとう茂みの中から山犬の群れが現われる。

「か、囲まれてたんだっ。いつの間に……っ」

 萌黄がカタカタと震えだす。
 いつの間にか山犬の群れに囲まれていたのだ。しかも山犬は熊のように大型で、今にも飛び掛かってきそうだった。

「萌黄、下がっていなさい」
「だ、だめだよっ。鶯は天妃なんだから、斎王の私が守らないと……!」

 萌黄が怯えながらも前にでて鶯を背に庇った。
 そう、斎王は天上の天帝と天妃に仕える身である。ならば鶯を守ることは萌黄にとって当たり前のことだった。
 しかしそんな萌黄に鶯はため息をついた。はあ、と呆れたようなため息を。

「バカなこと言ってはいけません。あなたはたしかに斎王ですが、私の妹でしょう。引っ込んでなさい」
「そうは言うけどっ……」

 萌黄は言い返そうとして、途中でなにも言えなくなった。
 鶯は呆れた様子なのに、萌黄を見つめる瞳はどこまでも慈しみに満ちていた。

「大丈夫ですよ。あなたは下がっていなさい」
「う、うん……」

 困惑しつつも萌黄が鶯の後ろに下がった。
 鶯は山犬の群れを見つめてスゥッと目を細める。
 鶯は山犬たちの違和感に気づいていた。
 まず不自然な大きさ。でもなにより瞳孔が開くほど荒ぶって正気を失っている。
 その原因は……。

「わずかですが邪気を感じますね。可哀想に、これがあなた方に正気を失わせているのですね」

 鶯はわずかに感じる邪気に目を眇めた。
 憐れむ鶯だったが、正気を失った山犬たちの威嚇が激しいものになる。そしてとうとう山犬が飛び掛かってきた。

「ガアアアアアアアアッ!!!!」
「キャアア!!」

 萌黄が咄嗟(とっさ)にしゃがむ。
 でも次の瞬間、――――シュルシュルシュル。絹の擦れる音がした。
 萌黄がおそるおそる顔をあげると、視界に映った光景に驚愕に目を見開いた。色鮮やかな藤色の反物(たんもの)が鶯と萌黄を包んで守っていたのだ。
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