天妃物語〜本編後番外編・帰ってきた天妃が天帝に愛されすぎだと後宮の下女の噂話がはかどりすぎる〜
「うぐいす……。……いえ」

 天妃……、吐息とともに呟いた。奇跡の光景に言葉が音にならなかったのだ。
 そう、それは天妃の神気。今まで見たこともない美しい力だった。
 日溜(ひだ)まりのように優しく神々しい力に萌黄の瞳に涙が浮かんだ。自分の神気が天妃に似ていると言われていたが比べものにならない。そこにあるのは人智を越えた本物。
 シュルシュルシュル。
 反物(たんもの)の包みが花開くように解けていく。
 攻撃を交わした鶯に山犬が警戒したような威嚇をした。
 正気を失っている山犬たちに鶯は痛ましげに目を細める。

「そのように荒ぶっていては声が届きませんね。――――静まりなさい」
「え?」

 萌黄は驚愕に目を見開いた。
 今まで鋭い牙をむきだしにしていた山犬たちの様子が変わったのだ。
 山犬たちは叱られた子どものようにクゥンと細く鼻を鳴らし、平伏(ひれふ)すように身を伏せて頭を垂れた。さっきまで威嚇していたのが嘘のような姿である。

「これは浄化……」

 萌黄は周囲一帯の空気が変わっていることに気が付いた。
 そう、天妃はそのひと声だけで一帯を浄化したのだ。
 天妃の浄化に山犬の邪気が払われた。
 鶯は伏せた山犬の前に膝をつき、垂れた頭を優しく撫でる。すると山犬が甘えるように目を細めて喜んだ。

「目が覚めたようで良かったです。気分は悪くありませんか?」

 そう言った鶯の言葉に応えるように山犬が鶯の手を舐め、もっと撫でてくれとばかりに頭をつきだす。
 そんな山犬の仕草に鶯は口元をほころばせ、慈しむような眼差しで見つめていた。
 今の鶯は森に差しこむ木漏れ日のように優しい光を纏っている。それはまさに天の(きさき)の光。萌黄が斎王だからこそ分かる、鶯が纏う神気の光が俗世の光でないものだと。

「ふふふ、ご機嫌ですね。かわいらしいことです。もう邪気に囚われてはいけませんよ?」
「ワンッ!」

 山犬たちはひと鳴きすると去っていく。
 鶯はそれを静かに見送った。
「もう大丈夫ですよ」と鶯が萌黄を振り返ろうとしたが。

「鶯」

 ふと萌黄が鶯に後ろから抱きついた。
 鶯のお腹に両腕をまわし、子どものようにぎゅ~っと抱きつく。
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