天妃物語〜本編後番外編・帰ってきた天妃が天帝に愛されすぎだと後宮の下女の噂話がはかどりすぎる〜
「萌黄、どうしました?」

 振り向こうとする鶯を萌黄は首を振って制止する。

「……お願い、そのまま」
「あなた、泣いているんですか?」
「泣いてないよ」

 嘘だ。萌黄は涙があふれて止まらない。
 でも鶯の背中から肩に顔をうずめた。

「でもそのまま。お願い、こっち見ないで……」

 萌黄は理解させられた。
 ……鶯がすでに人間ではないということを。自分と同じではないということを。
 頭では分かっていたのに実感はなかった。それは今までずっと一緒にいた双子の姉妹だから。
 でも天妃の鶯を目の当たりにして理解してしまう。いつか、いつか自分だけが鶯を置いていなくなることを。
 人間に訪れる寿命は自然の摂理である。人間は輪廻(りんね)(あらが)えない。寿命という輪廻に従い、いつか萌黄はいなくなる。鶯はそれを看取(みと)るのだ。
 そして看取った後も鶯は永遠に近い時間を生きるだろう。
 こうして萌黄が鶯の妹でいられるのは、鶯のなかではほんのひと(とき)のこと。
 それが天上と地上に分かたれたという意味。

「……鶯、また遊びにきて。許される限り」
「萌黄……」

 鶯が息を飲む。
 鶯の体が強張るも、少しして体から力が抜けていく。
 鶯はゆっくり萌黄を振り返り、薄っすらと涙を浮かべて微笑んだ。

「仕方ないですね。あなたは鈍臭(どんくさ)いから心配です」
「うん、お世話したくなっちゃうでしょ? だから、また会いに来て」
「当たり前です。あなたは私の妹なんですから」

 頷いた鶯に萌黄も笑みを返す。
 二人とも泣き笑いだが笑顔は笑顔である。
 ようやく笑顔を見せた萌黄に鶯は安心したように目を細めた。
 近い距離で目が合って二人がくすぐったそうに笑っていると、茂みをかき分けて黒緋が姿を見せた。もちろん紫紺と青藍と離寛の姿もある。
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