天妃物語〜本編後番外編・帰ってきた天妃が天帝に愛されすぎだと後宮の下女の噂話がはかどりすぎる〜
「黒緋様、お疲れさまでした。紫紺はどうでしたか?」
「持って生まれた神気も才能も申し分ない。さすが俺とお前の子だ」
「嬉しいことです。紫紺はとっても強いですから」

 黒緋と鶯が話していると、紫紺がニヤニヤしている。しっかり会話の内容が聞こえているのだ。
 そんな紫紺の様子に青藍は目をぱちくりさせて、「あう?」と黒緋と鶯を見上げた。
 その反応に黒緋と鶯は思わず笑ってしまう。

「ハハハッ。青藍、お前もだ。なかなかいい神気を持っているぞ」
「あいっ」

 青藍はこくりっと頷くと栗のお菓子をあむあむしゃぶりだした。赤ちゃんなので意味は分かっていないが満足そうである。
 こうして二人の子どもはおやつを楽しみだした。
 家族団らんともいえる穏やかな時間がすぎるなか、黒緋は鶯を見つめて目を細めた。
 かつての天上での日々を思いだす。
 天妃を邪険にして何人もの妻を(めと)っていた時のことだ。
 あの時、鶯はなにを思っていただろう。鶯を天妃に迎えながら一度も愛したことはなく、それどころか新たな妻を次々に娶ったのだ。
 深く傷つけていた自覚はある。それなのに鶯はその身を引き替えにして四凶(しきょう)を封じたあとも、記憶を失くしても、ずっと黒緋を愛してくれていたのだ。
 過去を思い出すと黒緋は罪悪感と不甲斐なさでやるせなくなる。過去に戻れるなら何も分かっていなかった自分を殴りたいくらいだ。
 だからこそこれからは鶯だけを愛したい。
 そして鶯にも自分だけを愛してほしい。そう思うのは許されないことだろうか……。

「……。鶯」
「なんでしょう」

 紫紺と青藍に構っていた鶯が黒緋を振り返った。
 鶯は紫紺と青藍をとても愛しているが、この二人は息子なので愛してくれていて構わない。
 だが。

「今、宮中にこんな噂があるのを知っているか? 天妃には地上に想い人がいるらしい、と」
「私ですか?」

 鶯が目を丸めた。
 その反応すらも黒緋は可愛らしいと目を細める。

「もちろん噂だ。宮中にはおしゃべり好きの(すずめ)がいるものだからな。だがその想い人、そんなに気になるか?」
「…………気づかれていましたか」

 鶯がぽつりと呟いた。
 だがその呟きに、一瞬にして渡殿(わたどの)の空気が張り詰めた。
 当然だ。天妃が帰ってきてから、宮中では『天妃には天帝以外にも想い人がいる』ともっぱらの噂だったのである。
 ここに控えている士官や女官は表情には一切だしていないが、噂の真相が目の前で繰り広がりだして内心固唾(かたず)を飲む。これは天帝が天妃の浮気を問い詰めているのと一緒なのだから。
 黒緋が鶯を見つめて口説くような口調で言う。
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