天妃物語〜本編後番外編・帰ってきた天妃が天帝に愛されすぎだと後宮の下女の噂話がはかどりすぎる〜
「俺が言いたいのはだな……」

 黒緋はなにかを言いかけて……黙る。
 言葉に迷っていた。あまりうるさいことは言いたくない。
 なぜなら鶯にうるさい男だと思われたくないからだ。あまりうるさいことを言って(うと)まれでもしたらどうすればいい。はっきり言って立ち直れる気がしない。
 だが言いたいことがあるのも事実。黒緋は覚悟を決めた。

「……お前は地上に大切な相手がいるだろう」
「はい、とても大切です」

 鶯が素直に頷いた。
 機嫌よく頷いた鶯に黒緋も穏やかな笑みを浮かべる。今しかない。

「大切にしすぎじゃないか?」
「え?」
「いやそういうことじゃなくてだな。どうだったかなと少し思っただけで、それほど深い意味はない」

 黒緋は即座に(にご)した。
 心底愛した鶯にうるさい男だと思われるのはどうしても嫌だ。
 しかし鶯は黒緋が言いたいことを察したようで、申し訳なさそうにしながらも主張する。

「……そうは言いますが、あの子は鈍臭(どんくさ)いんです。私が守ってあげないと」
「あいつはお前が言うほど鈍臭(どんくさ)いとは思えないんだが」
「ダメです。私はあの子のことを小さな頃から知っているんです。その私が言うんですよ? 間違いないです」
「そうかもしれないが、あれには天妃であるお前の(あつ)加護(かご)がある。そうそう変なことに巻き込まれることは」
「いいえ、あの子は優しくてお人好しで情に流されやすいところもあります。いくら私の加護があるとはいえ、その優しさにつけこむ不届き者がいるかもしれません」
「あれはそういう女じゃ」
「いいえ、私には分かります。ずっと一緒に暮らしていたんですから」

 鶯がきっぱり言い切った。
 譲らない鶯。
 そうなのである。普段の鶯なら黒緋の言葉によく耳を傾けてくれるが、こと萌黄のことになると頑固になるのだ。
 天上と地上で別々に暮らすようになったが、それでも双子の姉妹の絆は健在である。むしろ住む世界が別たれてから強固になった気さえする。
 この前など鶯は池の水面をバシャバシャ叩きながら「ちょっと、そこの都の使者! 萌黄を口説こうとするんじゃありません!」と怒っていたくらいだ。放っておくと一人で地上へ降りてしまいそうなほどで、それだけは勘弁してほしい。
 ……ようするに今、萌黄をハラハラしながら見守る鶯を黒緋がハラハラしながら見守っている状態なのである。
 黒緋は仕方ないとため息をつく。
 鶯に言いたいことは山のようにあったが、鶯が萌黄を大切に思う気持ちは理解できる。なにより黒緋にとっても萌黄は義妹になるのだ。
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