溺愛オオカミくんは私の歌が大好物
第1話

〇学校・教室

◇休み時間



仁奈「ねぇねぇ、昨日も隣街で暴れてたらしいよ」



紗知「えー!私、昨日その街に居たけど知らなかった!瀬奈は知ってた?」



話を振られるが何の話なのか全然分からない。



瀬奈「えーっと……暴れたって、何が?」




紗知「もしかして瀬奈、銀狼のこと知らないの!?」



そう言って勢いよく私の机に手をつきながら身を乗り出す彼女の名前は花谷 紗知(はなやさち)。
髪の毛を茶色に染め、ガッツリメイクのギャル。クラスの中でも比較的上位にいる彼女はちょっとした事で不機嫌になることが多い。




瀬奈「ギンロウ?」




仁奈「銀に狼って書いて銀狼だよ」




そして彼女は古野 仁奈(ふるの にな)。紗知とは中学からの友人らしく彼女もギャルである。
紗知よりは大人しい方だが、それでも私に比べて遥かに陽キャな性格だ。




紗知「銀狼はつい最近街中に現れた史上最強の不良なんだから!隣町の学校の人たちでさえ知ってるのに、いくらなんでも疎すぎだって!」




仁奈「ちょっと引くわー」




瀬奈に対して少し怪訝そうな表情を見せる2人。




仁奈「本当に知らないの?」




瀬奈「えっ……?」




紗知「ちょー有名なんだよ?噂によるとそこら辺の暴走族を1人で壊滅させたり、絡んできたヤクザの人を余裕でボコボコにしてるって聞くもん!この街で知らない人はいないくらいなんだから!!」




やばい、引かれ過ぎてる。知ってなきゃダメな話だったか。




瀬奈「じょ、冗談に決まってるじゃん!いくらなんでも知ってるよ!」



紗知「本当?」



怪しい目で見てくる紗知。



瀬奈「当ったり前じゃん!それぐらい知ってなきゃ。ちょっととぼけてみただけだって!」



紗知「じゃあ、いいけど……」




仁奈「でもさ、一目でいいから見てみたいよね。銀狼はなんと言っても1番有名なのはそのイケメンさだもんね!」




紗知「そうそう!目が合うとどんな女も虜になるって言うほどイケメンらしいから」




はぁ……何とか乗り切った。




人間関係において大事なことの一つ、知らない話でも知ってる風を装わなくてはいけない。
なんで?って思うかもしれないけど、こういう一つ一つのことを気を付けないといつか積み重なって私と彼女たちの間に亀裂が生まれてしまう。



だから正直な気持ちを言って空気の読めないやつ、ノリの悪いやつ、つまらないやつなんて思われたくない。




人間、何が原因で攻撃の的になるか分からない。




できる限り存在感を消して、その場の空気に合わせる。今までもそうやって生きてきた。




そんな私、八代瀬奈はモブぐらいにしか見えない平凡な女子高生。これといって得意なことも自慢できることも無く、いつ訪れるか分からない周囲からの攻撃に怯えながら生活している。



仁奈「闘ってる時に靡く髪が幻想的らしいよ」




紗知「それが一番有名だよね!しかも――」



そこからは二人の黒狼話のオンパレード。



私はただ、二人が話してる内容に相槌を打つだけ。




仁奈「――まぁ瀬奈はこういう系統の噂に疎いから、ある意味絶滅危惧種みたいなものだね」




瀬奈「そうなんだ……」




それでも唯一私は自分を素直な気持ちをさらけ出せる時がある。それは、大好きな歌をあの秘密の丘で歌っている時。




その秘密の丘というのが――




〇秘密の丘

◇放課後




瀬奈「あぁ~今日もいい眺め」



学校から徒歩20分の所にある丘。誰にも使われていないひっそりとした公園、ここで私は密かに歌を歌っている。



この場所を見つけたのは今から1か月前。





カラオケは一人で入るにはまだ勇気がいるし、かと言って他にいい場所は――



そして見つけたのがこの公園。見たところ、周りに家もないし人も寄り付かない。私が捜し求めていた場所だった。



瀬奈「よし……」





――――

〜♪私がもっと鈍感だったら


君の目線の先にある愛に気づかなかった



空気を読むのは世界一だけど




邪魔になる時もある



話しかけるのにも勇気がいる



そんな私を待っている恋なんて期待していない



ただ私だけを愛してくれる君が欲しい〜♪


――――



瀬奈「はぁ~今日も気持ちいいなぁ」




?「歌……上手いな」





瀬奈「……えっ…………」





この丘で歌い始めて1か月。誰も来ないからと安心して歌っていた。




なのに――




?「もっとあんたの歌……聴きたい」




そこには風に靡く銀髪に鋭い赤い目、耳に幾つかのピアス。これまで出会ったことの無いくらい綺麗な人が居た。




まるで狼みたい。





そしてこのイケメン……不良だ。





瀬奈「あっ……あの、いつから……そこ……に……」





不良であることへの恐怖よりも歌を聞かれたという恥ずかしさの方が大きく、顔が熱くなり話す声も小さく
なる。




?「あんたが歌い出してから」




かなり前じゃん!恥ずかしすぎる……。



?「それより、もっと聞かせろ」



いやいやいや!





瀬奈「むっむりです!人前で歌うなんて……声が出なくなります」



?「なんで?」



瀬奈「なっ、なんでって……恥ずかしいし…………私あがり症だから」



そう私は極度のあがり症。人に見られると緊張して顔が赤面し、頭の中が真っ白になってしまうのだ。



?「あんたが?」



瀬奈「え?」




?「いや、なんでもない。それより俺は居ないと思ってくれていいから」



瀬奈「そういう問題じゃないんですけど……」



1度認識した人を居ない人扱いなんて無理がある。



?「……まぁ1曲聞けたから今日はいい。じゃあ、また」


突然現れた謎の不良は、私を思考停止にさせてその場から去っていった。



瀬奈「…………」



じゃあ、またって……また来るのぉ!?


この日丘の上で、私は1匹のオオカミに出会ったのだ。
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