ただの身代わり結婚と聞いたのに、どうして結婚式で断罪されてるんですか?
結婚なんて
「マリア・ノヴィス! 貴方を偽聖女として告発いたします!」
神官服に身を包んだ男はそう叫ぶと、マリア・ノヴィス――つまり私を睨み付けた。
隣を見れば、いつも通りポーカーフェイスを崩さないエーデル・クライバーダがいる。ちらりとこちらに視線を移す事もなく、ああやはりその程度の関係だったのだなと落胆してしまう。
私たちの足元には真っ赤な絨毯が敷かれ、左右にある会衆席に座る人たちは何事かと驚く。その中には私の――いや『マリア・ノヴィス』の家族の顔もあった。マリアの父など、可哀想なくらい顔を青くしている。
それはそうだ。私は結局本物のマリアではないのだから。
しかし思う。
なにも、身代わりとはいえ結婚式で告発しなくても良さそうなのに。
◆ ◆ ◆
よく晴れた日の夕方だった。
いつものように畑で採れた野菜を町に卸に行った帰り道だった。救済院で育った私は成人してからもそこで暮らし、私と同じように親のいない子供達と暮らしている。
村で子供達と耕した畑で作った野菜だが大ぶりで味が良いと評判がよく、今日も高く買って貰えた。そのお金で子供達の日用品を買い出しをしていたところ、いつもの店員に掴まってしまった。
「ほらぁ、アーラならこの服がいいさね! バサバサの前髪を上げて、オシャレの一つくらいしてもバチがあたらないよ!」
私自身の買い物などはどうでも良いというのに、馴染みの店員に掴まってあれこれ服を合わせられてしまった。服は着られたらそれで良いし、地味な私が着飾っても意味がないというのに。
「何度も言うけど……私は結婚するつもりもないからいいの。それに、こんな女を娶りたいなんて人もいないでしょ」
「アーラは自分の事が何も分かってないんだからねぇ」
馴染みの店員は呆れたようにそんな事を言っていたが、私は私の事を一番よく分かっている。ようやく救済院も黒字になってきたとはいえ、子供達を育てるにはお金はいくらあっても足りない。
そのせいで自分の見た目は二の次三の次になっている自覚はある。傷んだ茶色の髪の毛は、切る事すら面倒で後ろで適当にくくっているし、長く着た綿のワンピースは表から当て布をしているせいで随分ボロボロに見えてしまう。
いや実際ボロボロなのだが、裏から布を当てるよりもこの方が頑丈になるのだ。
「あんたは若いのにあの救済院を立て直しただろう? ボロは着ててもシャンとしてるし、見た目はか細いのに力持ちだ。商人の嫁になってもおかしくないよ」
立て直したといっても、ただ近くの荒れ地を耕して畑仕事にせいをだしただけだし、力持ちなのは確かだが男よりも怪力で不気味だと言われているのは知っている。
この辺の町ではちょっとした玉の輿に乗るなら、商人の嫁だと言われている。小売り店ではなく、その上の卸を取り仕切る家を指しているのだろう。
「ありがとう。でも救済院があるから」
生きていれば私の母のような年齢なのだろう店員は、しょんぼりとした顔で「まだ若いのに」とか「磨けば光るのに」とブツブツ言ってくれる。だがそんなお金や暇があるなら、救済院の子供たちに手をかけてあげたい。
「気持ちは嬉しいよ。いつもありがとう」
親切心で言ってくれているのは分かっている。だから素直にそう言葉にすると、店員は眉を下げてしまった。もし親というものがいるのなら、この人くらいの年齢かもしれない。優しさを無碍にもできず、ヘアピンを一つ買って前髪を留めて店を出た。
久しぶりに視界が広くなった。ボサボサだった髪の毛は子供達にも不評だったが、面倒くさくて随分長い間放置してしまったものだと反省する。
だが随分遅くなってしまった。
背中に大きなリュックと、手前に大袋を抱えながら早足で町中を通り抜ける私の耳に、ふと話し声が耳に入る。
「聖女様がいらしたそうだぞ」
「こんな辺鄙な町にまで巡行してくださるとはありがたい」
聖女。この国が抱える奇跡の乙女だ。
噂では一つの祈りで大地が息を吹き返し、病気は全て追い払うのだとか。神殿はそんな触れ込みだったが、そんな都合の良い力があるのだろうか。
今でこそ生活ができるようになった救済院だったが、私が小さい頃は国からの援助も自活力も乏しく、いつも寒さと飢えで震えていた。
「いけない」
思わず暗くなってしまい、頭を振った。子供達の前ではできるだけ笑顔でいたい。
しかしこんな時間だというのに、今日は妙に道路が混んでいる。三人分はある荷物を抱える私はどうにも歩きにくい。
「お、きたぞ! 聖女様だ!」
わっと大歓声が響いた。どうやら先程耳に入っていた聖女とやらがやってきたらしい。それでこの人混みかと納得するものの、早く帰りたい身には困るものがある。
町のはずれに置いてある荷車を回収するべく、人混みの間をくぐり抜けたいのに、大荷物が徒となって身動きがとれない。さらに興奮した町民が馬車に向かって寄っていくせいか、後ろに押し出されるように突き飛ばされてしまう。
「あっ」
背中のリュックに引きずられて思わず尻餅をついてしまった。割れ物は入っていない事に安堵して立ち上がろうとした所で目の前に手が差し伸べられた。
真っ白な革手袋だ。視線を上げると、そこには二十五歳くらいだろうか。銀髪の美青年がいた。
手袋と同じ色をした首まで詰まったジャケットは金色の布で縁取られている。それと揃いのズボンはシミ一つない。騎士か、貴族か。少なくともこの辺の人間ではないだろう。
その人は私の顔を見て一瞬目を見開いた。だけど本当にそれは一瞬で、すぐに無表情なものへと変わってしまった。
「どうぞ、手を」
「え、あ」
手を貸してくれたのか。
だけど私の砂で汚れた手で触れてしまったら、綺麗な手袋が汚れてしまいそうで躊躇した。手を伸ばせずにいる私に眉根を寄せて、そのまま何も言わずスイッとどこかへ消えてしまった。
失礼な事をしてしまったのかもしれない。
だけどそう思ったのも束の間、グイと身体が宙に浮く。
「え、えっ!」
「失礼」
そう言ってきたのは、先程現われた美青年だった。しかも私を抱き上げている。
その状況に慌てて降りようとするのに、男性はより一層私を強く抱きしめる。
「すまない。暴れられては危ないのでな」
耳元でそう囁かれて身体がビクッと震えた。
何故、どうして私は今、見ず知らずの男性に抱き抱えられているのだろうか――?
神官服に身を包んだ男はそう叫ぶと、マリア・ノヴィス――つまり私を睨み付けた。
隣を見れば、いつも通りポーカーフェイスを崩さないエーデル・クライバーダがいる。ちらりとこちらに視線を移す事もなく、ああやはりその程度の関係だったのだなと落胆してしまう。
私たちの足元には真っ赤な絨毯が敷かれ、左右にある会衆席に座る人たちは何事かと驚く。その中には私の――いや『マリア・ノヴィス』の家族の顔もあった。マリアの父など、可哀想なくらい顔を青くしている。
それはそうだ。私は結局本物のマリアではないのだから。
しかし思う。
なにも、身代わりとはいえ結婚式で告発しなくても良さそうなのに。
◆ ◆ ◆
よく晴れた日の夕方だった。
いつものように畑で採れた野菜を町に卸に行った帰り道だった。救済院で育った私は成人してからもそこで暮らし、私と同じように親のいない子供達と暮らしている。
村で子供達と耕した畑で作った野菜だが大ぶりで味が良いと評判がよく、今日も高く買って貰えた。そのお金で子供達の日用品を買い出しをしていたところ、いつもの店員に掴まってしまった。
「ほらぁ、アーラならこの服がいいさね! バサバサの前髪を上げて、オシャレの一つくらいしてもバチがあたらないよ!」
私自身の買い物などはどうでも良いというのに、馴染みの店員に掴まってあれこれ服を合わせられてしまった。服は着られたらそれで良いし、地味な私が着飾っても意味がないというのに。
「何度も言うけど……私は結婚するつもりもないからいいの。それに、こんな女を娶りたいなんて人もいないでしょ」
「アーラは自分の事が何も分かってないんだからねぇ」
馴染みの店員は呆れたようにそんな事を言っていたが、私は私の事を一番よく分かっている。ようやく救済院も黒字になってきたとはいえ、子供達を育てるにはお金はいくらあっても足りない。
そのせいで自分の見た目は二の次三の次になっている自覚はある。傷んだ茶色の髪の毛は、切る事すら面倒で後ろで適当にくくっているし、長く着た綿のワンピースは表から当て布をしているせいで随分ボロボロに見えてしまう。
いや実際ボロボロなのだが、裏から布を当てるよりもこの方が頑丈になるのだ。
「あんたは若いのにあの救済院を立て直しただろう? ボロは着ててもシャンとしてるし、見た目はか細いのに力持ちだ。商人の嫁になってもおかしくないよ」
立て直したといっても、ただ近くの荒れ地を耕して畑仕事にせいをだしただけだし、力持ちなのは確かだが男よりも怪力で不気味だと言われているのは知っている。
この辺の町ではちょっとした玉の輿に乗るなら、商人の嫁だと言われている。小売り店ではなく、その上の卸を取り仕切る家を指しているのだろう。
「ありがとう。でも救済院があるから」
生きていれば私の母のような年齢なのだろう店員は、しょんぼりとした顔で「まだ若いのに」とか「磨けば光るのに」とブツブツ言ってくれる。だがそんなお金や暇があるなら、救済院の子供たちに手をかけてあげたい。
「気持ちは嬉しいよ。いつもありがとう」
親切心で言ってくれているのは分かっている。だから素直にそう言葉にすると、店員は眉を下げてしまった。もし親というものがいるのなら、この人くらいの年齢かもしれない。優しさを無碍にもできず、ヘアピンを一つ買って前髪を留めて店を出た。
久しぶりに視界が広くなった。ボサボサだった髪の毛は子供達にも不評だったが、面倒くさくて随分長い間放置してしまったものだと反省する。
だが随分遅くなってしまった。
背中に大きなリュックと、手前に大袋を抱えながら早足で町中を通り抜ける私の耳に、ふと話し声が耳に入る。
「聖女様がいらしたそうだぞ」
「こんな辺鄙な町にまで巡行してくださるとはありがたい」
聖女。この国が抱える奇跡の乙女だ。
噂では一つの祈りで大地が息を吹き返し、病気は全て追い払うのだとか。神殿はそんな触れ込みだったが、そんな都合の良い力があるのだろうか。
今でこそ生活ができるようになった救済院だったが、私が小さい頃は国からの援助も自活力も乏しく、いつも寒さと飢えで震えていた。
「いけない」
思わず暗くなってしまい、頭を振った。子供達の前ではできるだけ笑顔でいたい。
しかしこんな時間だというのに、今日は妙に道路が混んでいる。三人分はある荷物を抱える私はどうにも歩きにくい。
「お、きたぞ! 聖女様だ!」
わっと大歓声が響いた。どうやら先程耳に入っていた聖女とやらがやってきたらしい。それでこの人混みかと納得するものの、早く帰りたい身には困るものがある。
町のはずれに置いてある荷車を回収するべく、人混みの間をくぐり抜けたいのに、大荷物が徒となって身動きがとれない。さらに興奮した町民が馬車に向かって寄っていくせいか、後ろに押し出されるように突き飛ばされてしまう。
「あっ」
背中のリュックに引きずられて思わず尻餅をついてしまった。割れ物は入っていない事に安堵して立ち上がろうとした所で目の前に手が差し伸べられた。
真っ白な革手袋だ。視線を上げると、そこには二十五歳くらいだろうか。銀髪の美青年がいた。
手袋と同じ色をした首まで詰まったジャケットは金色の布で縁取られている。それと揃いのズボンはシミ一つない。騎士か、貴族か。少なくともこの辺の人間ではないだろう。
その人は私の顔を見て一瞬目を見開いた。だけど本当にそれは一瞬で、すぐに無表情なものへと変わってしまった。
「どうぞ、手を」
「え、あ」
手を貸してくれたのか。
だけど私の砂で汚れた手で触れてしまったら、綺麗な手袋が汚れてしまいそうで躊躇した。手を伸ばせずにいる私に眉根を寄せて、そのまま何も言わずスイッとどこかへ消えてしまった。
失礼な事をしてしまったのかもしれない。
だけどそう思ったのも束の間、グイと身体が宙に浮く。
「え、えっ!」
「失礼」
そう言ってきたのは、先程現われた美青年だった。しかも私を抱き上げている。
その状況に慌てて降りようとするのに、男性はより一層私を強く抱きしめる。
「すまない。暴れられては危ないのでな」
耳元でそう囁かれて身体がビクッと震えた。
何故、どうして私は今、見ず知らずの男性に抱き抱えられているのだろうか――?