お菓子に釣られたシンデレラ 王女様の命令で私が王太子様と恋愛結婚!?
3 不思議な侍女と(運命の)恋
あの笑顔が、片時も頭から離れない。
深夜、静まり返った王宮の私室で、フィリップは溜息を吐いた。先程まで護衛のディーンも控えていたが、下がってもらい今は一人だ。
豪奢な造りだが置かれた家具はシンプルなものばかりの、王太子にしては簡素な部屋。国政に忙しく執務室で一日のほとんどを過ごすフィリップにとって、私室は寝室までの動線に過ぎない。だが、ここのところ私室で考え込む時間が増えた。こんなに思い悩むのは初めてで、家臣にも打ち明けられず夜もあまり眠れずに過ごしている。
ソファに深く座り込み、背もたれにもたれかかった。誰にも見せられない堕落した姿だが、今は一人からいいだろう。どこかで自分を護衛する影も見てみぬふりをしてくれるはずだ。
ふぅとため息をつく。そして目を閉じると、今日もいつも通り、あの日出会った令嬢の顔が頭に浮かんだ。
(まただ……。何度も思い出してしまう……。執務中も食事中も四六時中何度も、彼女のことを考えてしまう。何故だ……)
彼女に会ったのは、たった一度きり。食事を奢っただけの関係だ。名前すら知らないのに、どうしてこんなに気になるのか、フィリップは自分自身に戸惑っていた。
振る舞いや言葉遣いから貴族であることは分かった。しかし社交界では見かけたことのない令嬢だ。地方貴族の令嬢で滅多に王都に来ないのか、社交界デビュー前なのか……。それにしても遠慮がちな控えめな態度ながら自分の意思をきちんと伝える堂々とした受け答えは、見知らぬ者にも礼儀を尽くす彼女の芯の強さを感じ、好感が持てた。淡い金色のふわふわした髪に薄いアクアブルーの瞳。赤く色づく小さな唇を一生懸命大きく開いて食べる姿。『可愛い』と素直にそう感じた。思い出すだけで頬が緩む。
命じればどこの令嬢なのか調べられる。しかし、そうすれば『王太子が気にかけている令嬢』だとどこかから漏れてしまうかもしれない。国王である父にバレたら一大事だ。即刻彼女の詳細を調べ上げられ、王宮に呼び出され、次期王太子妃としての教育が施される。もしくは事前調査で素行が悪い家の令嬢であれば、もう二度とフィリップに会えないように王都から遠い地に送られてしまうだろう。そこに彼女の意思はない。
そんな面倒な自分の事情に巻き込むつもりはない。ただ、もう一度だけ、また偶然に出会えたら──。
繰り返し再会の日をイメージしては、首を振る。一体彼女に会ってどうしようというのか。また食べ物を奢る? 今度こそ名前を聞く? しかし彼女はフィリップが王太子であることに気づいていた。高位貴族の令嬢であれば会ったことがあるはずだが、彼女の顔は記憶になかった。であれば彼女の身分は低いのかもしれない。その場合──。
(どこまで飛躍して妄想しているのか……笑えてくるな)
たった一度会っただけの彼女。もう一度、会いたいと願ってしまう。しかし、この国の王太子として、自身の幸せは重要なことではない。国や民の為になる相手を結婚相手に選ばなければならない。その相手を慎重に検討しているからこそ、まだ婚約者が定まっていないだけ。彼女に懸想してはいけない。
何度抑えつけようとしても彼女の顔が鮮明に脳裏に浮かぶ。フィリップは苦笑しながら、天を仰いだ。
(せめて彼女の正体がわかるまで……、いや、彼女にもう一度会えるまでは、この気持ちを抱いていていいだろうか……)
フィリップは王都の街を再び視察する日を心待ちにしていた。
深夜、静まり返った王宮の私室で、フィリップは溜息を吐いた。先程まで護衛のディーンも控えていたが、下がってもらい今は一人だ。
豪奢な造りだが置かれた家具はシンプルなものばかりの、王太子にしては簡素な部屋。国政に忙しく執務室で一日のほとんどを過ごすフィリップにとって、私室は寝室までの動線に過ぎない。だが、ここのところ私室で考え込む時間が増えた。こんなに思い悩むのは初めてで、家臣にも打ち明けられず夜もあまり眠れずに過ごしている。
ソファに深く座り込み、背もたれにもたれかかった。誰にも見せられない堕落した姿だが、今は一人からいいだろう。どこかで自分を護衛する影も見てみぬふりをしてくれるはずだ。
ふぅとため息をつく。そして目を閉じると、今日もいつも通り、あの日出会った令嬢の顔が頭に浮かんだ。
(まただ……。何度も思い出してしまう……。執務中も食事中も四六時中何度も、彼女のことを考えてしまう。何故だ……)
彼女に会ったのは、たった一度きり。食事を奢っただけの関係だ。名前すら知らないのに、どうしてこんなに気になるのか、フィリップは自分自身に戸惑っていた。
振る舞いや言葉遣いから貴族であることは分かった。しかし社交界では見かけたことのない令嬢だ。地方貴族の令嬢で滅多に王都に来ないのか、社交界デビュー前なのか……。それにしても遠慮がちな控えめな態度ながら自分の意思をきちんと伝える堂々とした受け答えは、見知らぬ者にも礼儀を尽くす彼女の芯の強さを感じ、好感が持てた。淡い金色のふわふわした髪に薄いアクアブルーの瞳。赤く色づく小さな唇を一生懸命大きく開いて食べる姿。『可愛い』と素直にそう感じた。思い出すだけで頬が緩む。
命じればどこの令嬢なのか調べられる。しかし、そうすれば『王太子が気にかけている令嬢』だとどこかから漏れてしまうかもしれない。国王である父にバレたら一大事だ。即刻彼女の詳細を調べ上げられ、王宮に呼び出され、次期王太子妃としての教育が施される。もしくは事前調査で素行が悪い家の令嬢であれば、もう二度とフィリップに会えないように王都から遠い地に送られてしまうだろう。そこに彼女の意思はない。
そんな面倒な自分の事情に巻き込むつもりはない。ただ、もう一度だけ、また偶然に出会えたら──。
繰り返し再会の日をイメージしては、首を振る。一体彼女に会ってどうしようというのか。また食べ物を奢る? 今度こそ名前を聞く? しかし彼女はフィリップが王太子であることに気づいていた。高位貴族の令嬢であれば会ったことがあるはずだが、彼女の顔は記憶になかった。であれば彼女の身分は低いのかもしれない。その場合──。
(どこまで飛躍して妄想しているのか……笑えてくるな)
たった一度会っただけの彼女。もう一度、会いたいと願ってしまう。しかし、この国の王太子として、自身の幸せは重要なことではない。国や民の為になる相手を結婚相手に選ばなければならない。その相手を慎重に検討しているからこそ、まだ婚約者が定まっていないだけ。彼女に懸想してはいけない。
何度抑えつけようとしても彼女の顔が鮮明に脳裏に浮かぶ。フィリップは苦笑しながら、天を仰いだ。
(せめて彼女の正体がわかるまで……、いや、彼女にもう一度会えるまでは、この気持ちを抱いていていいだろうか……)
フィリップは王都の街を再び視察する日を心待ちにしていた。