腹黒御曹司の一途な求婚
「でもよかったぁ。美濃さん、優しそうで。マネージャーから仕事の鬼だって聞いてたから、めちゃくちゃ厳しい人だったらどうしよ〜って思ってたんですよぉ。顔合わせまでちょっとドキドキしてました」
「そうなの?」

 小芝さんが大袈裟な仕草で胸を撫で下ろしたので、私は苦笑を漏らした。
 
 情報源は十中八九、前の上司だと思う。流すならもっと良い噂を流してください!と抗議したいところだけれど、仕事に邁進していたのは事実なので何も言えない。

 仕事は楽しかった。
 努力した分だけ成果が出て、それが評価に繋がる。自分の存在そのものも認められたようで、それも嬉しかった。自分の居場所を築けた気がしたから。
 
 仕事にのめり込むきっかけは、社会人になってすぐに命じられた転勤だった。
 今まで一緒に住んでいた祖父母と離れて暮らさざるを得なくなって、私は自分の足元が崩れ落ちてしまいそうな不安に襲われた。
 
 子供じゃないんだからと揶揄されてもおかしくないけれど、私はどうしても孤独が怖かった。だから寂しさを埋めるように、仕事へ没頭したのだ。
 休日も勉強に費やし、ひたすら仕事、仕事、仕事の毎日。「鬼」と称されても致し方ないのかもしれない。

「あ!でも、美濃さんはフレンドリーでいい人って今日出勤してないスタッフの子にも言っとくんで、安心してください!」

 それ言わされてるんじゃ……なんてツッコミが他のスタッフから出そうな気はするが、それでも鬼の噂が蔓延するよりはマシなので、お願いしておいた。

 小芝さんは私より歳が一つ下らしい。竹を割ったような性格の彼女は話しやすく、私たちはバックヤードの狭いテーブルで顔を突き合わせて、雑談なんかも交えながらプレジールについてあれこれ説明をしてもらっていた。
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