腹黒御曹司の一途な求婚
 横断歩道を渡って少し歩くと、ふ頭近くの海浜公園にたどり着いた。
 海と向かい合うように設置されたベンチに座り、ひと月前に彼と一緒に見た夜の海を、今度は陸地から眺める。

 多方面に揺さぶられて荒くれていた心が、今は逆に凪いでいた。
 夜風に当たって気が紛れたのもあるけれど、それ以上に久高くんが傍にいてくれたから。だから、心の平静を取り戻すことができた。
 
 胸裏には温かくて、それでいて少し切ない感情が満ちている。その感情の赴くまま、私はおもむろに口を開いた。

「――好きって言ってくれたのに、ずっと返事ができなくてごめんね。私……怖かったの……。久高くんのご両親から認めてもらえないんじゃって思ってたのもあるけど……それよりも、久高くんにいつか愛想を尽かされちゃうんじゃないかって考えたら、それがすごく怖くて……だから、踏み出せなかった……」

 今は好きだと言ってくれていても、その愛情が未来永劫続く保証はない。
 それこそ、父が私を見放したように――

 付き合って別れるなんて、よくあること。
 でも私はそんな風に割り切ることができなかった。必要以上に臆病になっていた自覚はある。

 自戒の意味も込めて唇を引き結ぶと、手をギュッと握りしめられた。
 真摯な双眸が私を捉えて離さない。

「俺は、中途半端な気持ちで萌黄に好きだって伝えたわけじゃない。たとえこの先どんなことがあっても、萌黄を愛すると誓う――――だから俺を信じて、萌黄……?」

 一途に愛を乞うその様は、まるで跪かれていると錯覚しそうになるほど。
 ともするとこぼれ落ちそうになる涙を堪えながら、私は何度も頷いた。

「私、久高くんが好き……本当は、ずっと好きだったの……」

 奥底にしまい込んでいた本心を吐露すると、思わず声が震えた。
 ずっと言いたくて、でも言えなかった言葉。
 声に出すとことさら強く、彼へ向ける愛情が湧き起こってくる。
 
 私たちを包み込むように照らす金色のライトが淡い輝きを放っている。
 彼の瞳には、私だけが映っていて――
 
 磁石が引かれ合うように互いの顔が近づいていく。
 目を閉じると、そっと唇が触れ合った。
< 101 / 163 >

この作品をシェア

pagetop