腹黒御曹司の一途な求婚
 あおうみ銀行の創業記念パーティーに出席しないか、と蒼士のお父様から打診されたのは、正式に付き合い始めてから一週間後、久高家に挨拶に行った時だった。

 久高家の訪問の目的はもちろん、結婚のご挨拶。
 具体的なことはまだ何にも決まっていないけれど、将来的に結婚するから……ということで。

 私の祖母には、付き合った翌日に会いに行っている。
 今まで色恋とは無縁だった孫が、いきなり結婚相手(しかもとんでもなくイケメンのセレブ)を連れてきたので、最初祖母はポカンと呆気にとられていた。けれど、愛想の良く微笑む蒼士をすぐに気に入り、「良かったねぇ」と祝福してくれた。

 そんなほのぼのとした祖母への挨拶から一転して、蒼士の家を訪れることになった時には、心臓が破れそうなほど緊張した。
 
 もちろん、蒼士の両親にお会いするということ自体に緊張していたのもある。
 けれどもそれ以上に、あの塀の向こう側へ再び足を踏み入れるという行為が、私にとってはかなり勇気のいることだった。

 ベリが丘の駅から久高邸までは歩いて十五分。その距離を歩くことすら不安で、わざわざ蒼士に車を出してもらったほど。

 住宅街の入口に立つ守衛さんは私のいた当時とは人が変わっているし、美濃の家は久高邸とは方角が違う。
 私のことなんて誰も認知していないだろうことは分かっている。
 
 それでも父や貴子さんに会ってしまったらと思うと、不安で胸が押し潰されそうになった。誓約書のことはもう気にする必要はないと頭で理解していても、私自身が過去を払拭できていなかったから。

 母を亡くし、父に捨てられた苦い記憶は、未だに私の中で大きな傷として残っている。
 ゲートを通り抜けて久高邸に着くまでの間、私はずっと助手席で身を縮めて俯いていた。
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