腹黒御曹司の一途な求婚
 あおうみ銀行創業百二十周年パーティーは、それはそれは大規模なものだった。
 
 パーティーには、あおうみフィナンシャル・グループの各社役員の他、百社以上にわたる取引先企業の重役、そしてそのパートナーやその他関係者が招かれている。
 おかげで七百人も収容可能な巨大なバンケットホールは、人で埋め尽くされている状態だ。
 
 絢爛豪華なシャンデリアに照らされながら蒼士の隣に立って、ひっきりなしに訪れる招待客へひたすら笑顔で挨拶をする。

 会話はほとんど全て蒼士が引き受けてくれて、私は紹介を受けた時に「今後ともどうぞよろしくお願いいたします」と微笑みながらお辞儀をすればいいだけ。
 簡単な仕事ではあるのだけれど、いかんせん慣れない社交なので、立っているだけでだんだんと神経がすり減ってくる。
 
 おまけに時折、美濃の姓に反応する招待客もいて、「もしかして菊乃屋の?」なんて聞かれるものだから気が気じゃない。
 顔がひきつるのを必死に我慢しながら「関係はありません」と答えるものの、その度に心にプスプスと硝子の欠片を突き刺されているような心地がした。

 怒涛のごとく押し寄せていた挨拶の波が一旦引くと、笑顔の仮面がすぐき剥がれ落ちた。思わず深いため息が漏れ出る。
 久しぶりに着物を着たこともあって、慣れない重みで肩が痛い。

「お疲れ、萌黄」
 
 私の吐くため息があまりに消耗しきったものだったようで、それを聞いた蒼士は苦笑いを浮かべていた。
 
 ちなみに彼は、私より五倍は多く喋っているのに全く疲れを見せていない。こういった場に慣れているんだろう。さすが御曹司……。
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