腹黒御曹司の一途な求婚
「疲れたよな。控室に戻る?」
「ううん。でも、ちょっと座りたいかも」

 パーティーは立食形式ではあるものの、会場の隅には椅子も設置されている。
 そこでちょっと休めれば、と気安く思ったのだけれども……蒼士の表情は渋かった。

「できれば俺も一緒にいたいんだけど、まだ挨拶回りをしなきゃいけなくて……誰か付き添わせるよ。うちの秘書を呼んでくるから、ちょっと待ってて」
「えっ……い、いいよ!そんな……」

 ちょっとした休憩が何やら大事になってしまいそうで、私は慌てて蒼士を止めようとした。その時。

「お、見つけた。蒼士、萌黄ちゃん、楽しんでる?……わけないか。お疲れ様ー」

 飄然とした口調。
 軽薄に聞こえなくもないけれど、妙な安心感がある。
 
 振り返ると予想通り和泉さんが立っていた。ようやく蒼士とそのご家族以外の知り合いを見つけて、私の顔には自然と笑みが浮かぶ。

「和泉さんも来ていらしたんですね」
「幸人の弁護士事務所はうちとも関わりがあるから。もちろん身内だからっていうのもあるけど」
「そうそう。だからこんな堅苦しい会にも呼ばれちゃってさ。勘弁してほしいよ、全く」
「あはは……」
「そうだ。幸人、時間あるか?あったらちょっとの間、萌黄と一緒にいてほしいんだけど」

 肩をすくめる和泉さんに対して、これ幸いとばかりに蒼士が訊ねる。
 すると和泉さんは鷹揚として頷いた。

「了解、了解。俺もおっさん相手は飽きてきたから、むしろありがたい」
「……ごめん、萌黄。少ししたら迎えに行くから」

 眉を下げて一時の別れを惜しむように私の手を一度だけギュッと握ると、蒼士は足早に会場の中央へと消えていった。
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