腹黒御曹司の一途な求婚

十三年ぶりの

「…………」

 父を目の前にして、私は氷漬けにでもされてしまったかのように硬直していた。

 心臓が痛いほど脈を打っている。
 覚悟していたこととはいえ、いざその時になると頭は真っ白になった。

 胸に渦巻くこの感情を上手く形容することができない。
 悲しみとも怒りとも違う。出会ってはいけない人に出会ってしまった、そんな焦燥によく似ていた。

 父は大きく目を見開き、まるで幻覚でも見ているかのようにひたすらに私を凝視している。
 
 写真もなく、記憶の中の父の姿は朧げだ。あの頃に比べて父の体型は丸みを帯びたような気がするけれど、それも定かじゃない。
 それでも目の前にいるのが間違いなく自分の父親だと判るのは、やっぱり親子だから……。

「久しぶりだな……元気にしていたか……?」
「…………」
「それは……お母さんの振袖だな……。萌黄、美しくなったな……お母さんに、本当によく似ている……」

 感慨深そうに目を細めた父が、距離を詰めてくる。そこに、私がこの場にいることに対する非難は見受けられないけれども……。
 
 私は思わず後ずさった。足首を着物の裾がサッと撫でる。

(どうして……そんな……何もなかったように普通に話せるの……?)

 とっくの昔に捨てたはずの娘と――

 傍から見たら親子の感動の再会なのかもしれない。けれども私は喜ぶことなんてできなかった。
 モヤモヤが胸を覆い尽くして、ひどく息苦しくを感じる。衿合わせが乱れることも失念して胸元をギュッと押さえた。
< 117 / 163 >

この作品をシェア

pagetop